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第八章僕がすべきこと。

 正確には、僕らは裕に二度会わなくちゃいけなくなった。こんな言い方をするのは、それが僕らの望む形ではなかったからだ。一度目は病室だった。

 三人で撮った「入学式」の写真だけが置かれた病室で、裕は眠っていた。これまでとほとんど何も変わらない親友の姿。ただ、鼓動がないだけ。その一つの変化が、彼をこんなにも遠くにやってしまうなんて。涙なんて、出なかった。苦しい。ただ、苦しかった。僕の心は、誰かに握りつぶされてしまったみたいだ。

 柚は、静かに涙を流した。僕は、潰れた自分の心と、崩れそうになった彼女の肩を支えるだけで精一杯だった。

 彼女は、僕に小さく「大丈夫…」と言い、この世で一番愛する人に近づいた。そして、裕の顔を見て少し微笑み、優しく、静かにキスをした。彼の頬に、柚の愛が落ちていた。僕は、父が母にキスをした光景を思い出して、同じように、世界で一番美しい光景だと思った。


 二度目は葬儀だ。この時は、友人も多く参列したから、あんまりあいつの傍にはいれなかった。葬儀が始まり、司会の女性から僕の名前が呼ばれた。僕は、立ち上がり、ジャケットを正す。次に着るのは就活の時だと思っていたリクルートスーツを、こんな形で着ることになるなんて思わなかった。

彼の父親から、「嫌じゃなければ」と頼まれたスピーチ。断る理由なんて、どこにもなかった。僕意外にやらせるわけにも、いかなかった。


「スピーチ?」

「そう。裕のお父さんから頼まれて、お葬式で話すことになったんだ。」

「そう。」

「柚。」

「ん?」

「ごめん。これだけは譲れないから。」

彼女は、困ったように、優しく笑った。

「悪くないのにごめんって言うとこ、裕に似てきたね。」

それは、いつか僕が彼女に言った台詞だった。

「そうかもね。」

僕も困ったように笑った。


 スピーチを始める前、僕は彼の両親や親戚に頭を下げた。そして、弔辞と書かれた紙を開いた。スピーチは、当たり障りのない言葉をわざと選んだ。それでも、涙をすする音は聞こえてくる。参列者全員の涙の音が聞こえてくる。こんな場所に、彼女を立たせるわけにはいかないんだ。


 スピーチを読んでいる最中、僕は裕にスピーチとは全然違う事を話していた。実際には、「話していた」とかそんな器用な事じゃないんだけど、確かに僕らは話してたんだ。


「ごめんな。」


急に、裕の声が聴こえた気がした。僕は、スピーチを止めて彼の写真を見た。写真の中のあいつは、何も変わってない。気のせいだ。僕はスピーチの続きを読もうと、もう一度弔辞に目を落とした。その時、柚と目が合った。僕らは同じ顔をしていたと思う。「聲」は彼女にも聴こえていたんだ。

「………っ」

涙は自然と流れていた。柚は、涙を流しながら優しく僕に微笑んだ。

「頑張れ。」

誰かが小さく言った。「言わずにはいられない」そんな気持ちのこもった声だった。


 何とか弔辞を読み終えた僕に、裕の両親は、声にならない声で、僕に「ありがとう」と言った。泣き腫らした両親の顔を見て、僕はもう一度、引き受けたのが自分でよかったと思った。こんな思い、彼女には味わわせたくない。最愛の人への最後の言葉は、彼女の胸に留めておいて欲しい。こんな悲しい場所で、こんなにも大勢の前で言われるなんて、きっとあいつは嫌だろうから。

 火葬場には行かなかった。きっと僕らは、裕を「過去」にする事なんてできないから。


また、春がやって来る。裕だけがいない、僕らの春が。


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