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第三章少し前の話。

 僕は花が好きだ。正確には花言葉が好きなんだけど、花言葉は花がないと存在できないから、結果、花が好きという事になる。品種や色によって変わる花言葉は魅力的だ。

 世の中には、百本の薔薇の花束でプロポーズする男はキザだとか、寒いとか言う人が大勢いるが、僕はもちろん賛成派だ。告白には一輪の真っ赤な薔薇をそえたいし、恋人でいる間には白い薔薇を贈りたい。


 昔、裕に話したら笑われたけど、それは決して馬鹿にされたわけじゃなく、僕がそれをするところを想像したからだったみたいだ。

「普段、理論的なことばっか言ってる奴が?一輪の薔薇だぁー?やめろよ…面白すぎる。」

馬鹿にされたわけじゃなくても腹を抱えて笑い死にそうになる彼を見て、二度と話してやるものかと思った。それ以来、誰にもこの話はしないと決めた。


 高校時代、初めて三人で裕の家に集まった時、テレビでは寒緋桜の開花が告げられていた。「寒緋桜」は、暖地性の桜で、日本では暖かい沖縄や鹿児島でしか咲かない。そして他の桜とは違って、一月の下旬から二月上旬に咲く、冬の桜だ。

「寒緋桜って何?初めて聞いた。」

裕がトイレに行っている間に彼女が言った。

「冬の桜のことだよ。」

「きれいね。」

「うん。」

「私、花好きなんだよね。春になったらお花見とか、植物園とか行きたいんだけど…。裕は花とかあんまり興味ないからなぁ…」

普段は少し気が強くて、なんでもはっきり言うくせに、裕との事になると彼女は途端にそうじゃなくなる。僕はそんな柚が、年上だって言うのに「妹」みたいでたまらなく可愛かった。あくまで、「妹」みたいで…。

「そんなことないと思うよ。柚と一緒なら裕はどこでも楽しいよ。」

「そういうものでもないでしょ。私だったら、裕から山登りに誘われたら楽しめる自信ないもん。」

でも、その場しのぎの僕の言葉をいつも一刀両断してしまう。こういうところは本当の「妹」みたいで可愛くない。妹なんていないけど。

「山登りって。裕はアウトドア派だけどそこまでじゃないよ。」

「わかってるけど、極端な話そういうことでしょう?私は根っからのインドア派だし。」

「まぁ、極端すぎるけどね。でも、インドア派でも、『花好き』の君が山登りを楽しめないわけでもないよ。」

「どいうこと。」

「山には四季折々の花が咲いてるんだ。」

山に咲いてる花の種類を説明しようと思ったら、急に彼女が飲んでいたブラックコーヒーを吹き出しそうになって笑った。

「え、どうしたの?」

「ごめんっ!飛び散ってないよね?」

柚は、自分がコーヒーを吹き出したかもしれないところを手で拭き、まだ笑いそうになっているのを堪えて続ける。

「でも…四季折々って…山登りのガイドブックじゃないんだから…」

笑うのを我慢しているせいか、口元がへにゃへにゃだ。

「あぁ…」

僕はそんな柚を見て、もしコーヒーが飛び散っていても、手で拭いたところで綺麗にはならないだろ…と思いながら続ける。

「でも他に言い方が思いつかなくて。」

「いいのよ、いいんだけど、なんかすごくおかしくって…今時…そんな言い方しないから…」

裕と彼女は笑いのツボが似ている。それが僕には微妙に分からないから少し悔しい。

「花好きなの?」

笑いが治ってから彼女はいつもの笑顔で言った。僕は予想外の質問に少し、驚いてしまった。

「だって、『四季折々』の山にどんな花が咲くかも知ってるんでしょう?」

「知ってるけど…」

「話の腰折っちゃった私が言うのもなんだけど、好きじゃなきゃ知らないでしょう?」

「まぁ、小学校の頃から中庭に咲いてる花をしゃがみ込んでずっと見てたくらいにはね。」「それって、すっごく変な子供よね。」

「そうかもね。」

「っていうか、それってすごい好きじゃない。」

「そうかな。でも、花というより、花言葉が好きなんだ。」

これまで裕以外に言った事のない言葉は自然に出た。

「花言葉?」

「そう。花言葉は同じ種類の花でも色によって違ったりするから面白いんだ。」

「そうなの?知らなかったなぁ…。じゃあ、このなんとか桜も花言葉があるの?」

「寒緋桜?あるよ。寒緋桜の花言葉は『あなたに微笑む』。それと『気まぐれ』。」

「あなたに微笑むと気まぐれか、なんだかすごい色っぽいね。」


 寒緋桜を「色っぽい」と言った彼女の言葉選びが、なんだかすごく好きだと思った。この日僕は、思いがけず自分の好きなものを初めて裕以外に話した。

三章はこの一話で完結です!

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