8.変態と巨人と未来の邪神
俺はサリアンとの取引をさっそく後悔し始めていた。
「ベティア・スネイズ、十七歳。街西の孤児院出身。それ以前の情報は特になし。幼少よりきわめて卓越した魔法の才を持ち、家柄や財力といった後押しなしでレトゥナ魔法学園に合格するという馬鹿げたレベルの結果を残す。まあ君が最近それをぶっちぎったけどね」
淡々と言葉を並べ立てていくサリアン。
俺は隣で脂汗を流しながらそれを聞いている。
「得意分野は封印系統の魔法。とはいえ成績は全般的に平均のはるか上。趣味は読書に加えて最近は裁縫も。寮に入ってからは外への買い出しに行けなくなったため新しい本や裁縫の材料が手に入りにくくなったことが不満。その他趣味の範疇には含まれないものの、暇に任せて右利きから左利きに変えてみようと思い立った経験あり。なお失敗してお茶をぶちまけた模様」
「なあ」
そこまでで俺はようやくストップをかけた。
興味本位で聞き始めたが、そろそろ不気味さと後ろめたさで心がいっぱいになっている。
ごめんよベティア。なんか土足でふみ入った感。
あ、でも左利き矯正失敗談はなんかかわいいな……
「じゃなくて」
俺はあわてて首を振る。
「お前その情報の出どころはどこなんだよ」
「だから公的に集められた情報なんだって」
「信じられるか!」
「本当だよ。人生のあらゆるプライバシーは本人が思ってるよりもはるかに大量に漏洩しているものさ」
「お前が言うと胡散臭いな。まだ知り合って全然たってないけども」
「ちなみに君も例外じゃない。僕は君が思ってるよりはるかに君のことをよく知ってる」
「怖!」
サリアンはふう、と物憂げにため息をつく。
すらりと長い指で眼鏡の位置を直して、
「まあそれだけこの学園の調査力とそれにかける執念が半端じゃないってことでもある」
つまりそれは、今まで挙げた情報のほとんどすべてが学園が調べたことってわけか?
「マジかよ怖いな」
「だろ?」
「どっちかっていうとそれを単体で全部覚えてるお前が脅威」
「心外だな。脅威なら君だって同じだろ?」
「どこがだよ」
「今ここにいる全員が思ってることだと思うよ」
そう言ってサリアンはグラウンドの方を指さした。
「あれ、どうするんだい?」
「ウオオオオオ!」
雄叫びと共にズガガンと重い音を立ててグラウンドの土がえぐれて宙に舞い上がった。
その量軽く小山ができそうなぐらいある。
ていうかできた。その分大穴が地面に口を開ける。
「グオオオオオ!」
ドラミングの音が周囲に響き渡る。
巨人は、そこからさらに破壊を行うために拳を振り上げる。
うーむ。迫力がパないな。
「感心してないで何とかしろタロン! おい! ゼン・タロン! 聞こえているのか!?」
しきりに叫んでいるのはエティサルだ。
巨人が打ちおろしてきた拳を魔法の防御壁で受け止めて、その分地面にめり込まされている。
俺たちエティサル教室の生徒はそれを遠巻きに見ていた。
というのもさっきのサリアンとの取引から時間がたって今は実技の授業中だった。
だもんでグラウンドに出ていくつかの魔法の使い方を習い、さあやってみろとなっていたわけなのだが……
「いやあまた出てくるとは思わなかったよな、巨人」
しみじみと見上げる。
身の丈成人男性の三倍から四倍ほどもある巨体。
獣のような茶色の体毛に覆われ、黒い顔面には意外とつぶらな目が光っている。
「なんかの縁かもな、もしかしたら」
「かみしめてないでさっさとひっこめろ! 何度言ったら分かる! ターローン!」
と、言われても。
それができるならさっさと消してるし。
プライバシー無視のギリ変態サリアンとたらたら無駄話なんてしてないし。
それでも試しに手を掲げて意識をまとめる。
「……我が命により剛腕紅蓮獣よ、異界に帰れ!」
「キシャアアアア!」
………………うーむ。
「なんだい剛腕紅蓮獣って」
「さあ? 適当こいてみたぜ」
「タローンッ!」
ゴガ! と骨がつぶれるような音を立ててとうとうエティサルが吹っ飛ばされた。
しばらく激しめに転がってからようやく止まる。
起きてこないのでどうやら気絶したようだ。
「さあどうすっべか」
「あら? なんだかかわいいもの呼んでるじゃない」
お?
声に振り返るとそこにミゼリアが立っていた。
日の光の下、わずかに半透明で存在感が薄い。
エティサルを片付け勝利のドラミングを響かせている巨人を見上げ、腕組みする。
「邪神様直属四十二魔族が最下級、剛腕金剛族ね。力はあるけどあれで意外と紳士なところもあるいい子よ」
うーん紳士? にわかには信じられないな。
っていうか名前惜しかったな。
あ、そんなことはどうでもいいか。
「どうやったらおうちに帰せるんだ?」
「別に。適当にさよなら言えばいいだけよ。一応一言労をねぎらってあげてね」
そうかあなるほど。
じゃあ……と思って俺はさっそく巨人にお疲れさま、バイバイと言って帰ってもらった。
巨人は優雅に礼をして、それからどことなくやり遂げた顔で消えていった。
「今誰と話してたんだい?」
不思議そうな顔で聞いてくるサリアンには首を振ってごまかす。
ミゼリアはまた姿を消していた。
神出鬼没だな。いやこの場合正しいかどうかは知らんけど。
「とにかくこれで何とかなったな」
「どうかな。なんか形としては君が授業中に嫌いな教師を召喚獣でぶっ飛ばした感じになってるけど」
言われて見回すと、エティサル教室の残り三人の女子たちはこっちを警戒の目で見ているし、振り返って見上げた先の校舎の窓から何人もの生徒がこっちをうかがっているのが分かる。
えーと……
考えて胸を張って、とりあえず結論を出した。
「自分の才能が怖いぜ」
「確かにそれには同感だけどね」
サリアンに続いて、介抱のため倒れたエティサルの方へと走った。