7.ギリ変態
授業が終わってエティサルが出ていくと、俺はさっそくベティアの席に突撃した。
「ベティア!」
「あなたなんでこんなとこいるの!」
ベティアの声はなんでだろう、どことなく悲鳴に似ていた。
ひどくない? 人がせっかく追ってきたのに。
「そうじゃなくてどうやってここに来たのか聞いてるのよ!」
「歩いて」
「違う!」
「入学して」
「あり得ない!」
「うーんそんなこと言われても……」
入学したものは入学したししょうがない。
特例だかなんだからしいけど、合格したことは事実だ。
「俺、めちゃくちゃ頑張った」
「そんなんで受かるわけないじゃない!」
「紙とか石とか食いまくった」
「それ努力!? っていうかなにそれお腹壊すからやめなさい! 大丈夫だった!?」
なにげに心配してくれるのはベティアの美点だと思いますマジで。
「大丈夫大丈夫。おかげでこっちのミゼリアって奴と契約して魔法も使えるようになったし」
「ハァイ」
俺の横に現れたミゼリアがひらひらと手を振る。
「ミゼリ……? 誰? っていうか本当に大丈夫?」
俺が示したあたりに目をさまよわせてベティアが顔をしかめる。
あれ? なんか反応がおかしいぞ?
「だってわたしの姿はあなたにしか見えないもの。多分あなた今最高にイっちゃってる人に見えてるわよ」
「げ。マジで?」
ミゼリアの言葉に焦る。
早く言ってよそういうのは。
ただでさえ俺の信用度は瀕死状態なのに。
「ゼン、なんだか分からないけど、無理しちゃだめよ? わたしを追ってきてくれたのは……まあうれしいけどここはあなたのくるところじゃないの。ズルしたならちゃんと申し出て帰りなさい」
「……む。それはちょっと言い過ぎじゃねえ? 心配してくれるのはありがたいけどさ」
「いいえそんなことないわ。これはあなたのためを思って言ってるの。分からないなら考えて」
それじゃわたしは用事があるから。
そう言ってベティアは教室から出て行ってしまった。
残された俺は呆然とそこに立ち尽くした。
俺はズルなんてしてないぞ……
「ドンマイね。大丈夫あなた強い子だから。馬鹿だけど」
「うるせー!」
ミゼリアに怒鳴ると彼女はホホホと笑い声だけを残して消えてしまった。
くっそ、馬鹿にしやがって!
確かに馬鹿だけど!
ぎょろりと教室を見回すと目が合った順に向こうから視線をそらしていった。
そのうち一人だけ視線が合ったまま外れなかった。
俺と一緒に入ってきたさっきの男子だ。
眼鏡をかけた涼やかな目元の少年だった。
今はその顔に面白がるような笑みを浮かべて腕を組んでいる。
やがてやけにひょろりとした感じのする手を上げてこちらを手招きした。
「なんだよ」
近づいてすごむと、
「いやごめんごめん。なんかすごく面白くて」
そして席を立って、教室の外を示した。
「とりあえず出よう。ゆっくり話がしたい」
◆◇◆
俺たちは教室を出てついでに校舎も出て、グラウンドに続く道の途中で足を止めた。
ちょうど使用している生徒もいなくて無人だ。
なんでこんなとこに連れ出すんだ。
告白か。そっちの趣味はないんだけどどう断ればいいんだよ。
「僕もそっち系ではないかなあ」
「じゃあ何の用だよ」
さっきのこともあってイライラしながら聞くと、そいつはにこにこと腕を組んだ。
「さっき言った通りさ。面白そうな人だから話がしてみたくて」
「俺、面白そうか?」
「うん。すごく」
「照れるな。誇っていいか?」
「そういうとこだね。かなりいいと思うんだ」
くすくすと笑いながら言う。
なんだ? 俺としてはちょっと本気だぞ。
「孤児院の幼馴染を追ってこの名門学園を受験までしたんだろ? 格好いいじゃないか」
「やっぱりそう思うか?」
「なかなかできることじゃないよ。よっぽど惚れ込んでいるんだね」
「まあベティアより頭よくてかわいくて優しい奴はいないしな。ところで……」
俺は首をかしげながら続けた。
「なんで俺たちが孤児院出身って知ってるんだ?」
「お。気づいてくれた? スルーされたらどうしようって思ったよ」
そいつ――確か、サリアン?――はにやりと笑みを浮かべた。
「他にもいろいろ知ってるよ。彼女の誕生日、孤児院に入った日、ここに入学した日に今までの成績と、あと希望進路も一応知ってる」
「変態か」
「スリーサイズの情報はないね」
「ギリ変態か」
「この学園でデータとして蓄積されてることなら大体頭に入ってるんだよ。別にベティア・スネイズに限ったことじゃない。この学園の生徒の情報は大体網羅してる。もちろん君のも」
「俺もターゲットか……」
「あはは。もうそういうことでいいよ」
無駄に爽やかに笑いやがって。
こっちは悪寒で背筋がやばいぞ。
「一体何が目的だ?」
「そう警戒しないでよ。別に大したことじゃないさ。言った通り君と仲良くなりたくて」
「ひえっ……」
俺は思わず飛び退る。
こいつやべえ。
今すぐ逃げないとやべえ。
食われる。何がとは言わねえけど……!
一目散に駆け出そうとした俺は、サリアンの次の一言に足を止めた。
「君の恋路も応援するよ。僕が持ってるベティア・スネイズの全情報を君に提供しよう」
「……」
俺は沈黙したまま少しの間考え込んだ。
「……それ、どんな情報?」
「彼女の好きな食べ物や場所、本の種類、好みの男性タイプぐらいなら役に立てる」
俺は悩んだ。
俺の中の良心と相談した。
でも不在だったから仕方なく、マジで仕方なくこう言った。
「乗った」
「よし」
サリアンの差し出してきた手を握る。
微妙にひんやりと湿っぽい。
それが何となく気持ち悪かった。




