4.食本暗記法
さっそく開けた鞄の中身は分厚い本が三冊、それからなんだか怪しげな石板が一枚だった。
「ふうむ……」
本は多少古げだが普通の本だ。
だけど石板の方は少し雰囲気が違った。
大きさは三冊の本の表紙と同じくらい。
厚さはごく薄くて指先の幅くらい。
ただその表面にはなんだか滅茶苦茶細かい字や模様がところせましと刻みつけてあって、正直不気味だった。
「なんなんだこれ……」
孤児院の自分の部屋で腕を組む。
本の方も分からないが、石板はもっと分からない。
恐る恐る文字に指で触れてなぞってみるが、特にこれといった発見はない。
「これでどうやって学園に合格しろっつーんだ?」
頭をかいてうめく。
どう見てもそういうものには思えねえけど……
俺は騙されたのだろうか。
でも別に金をとられたわけでもないし……
とりあえず本をめくる。
途端に目にアホみたいに大量の文字が飛び込んできてすぐに叩き閉じた。
「やっべー……」
なんだこりゃ、情報の暴力だろこれ!
眼球いってーよ!
「追い詰められた……」
脂汗が頬を流れる。
くっそ、どうしようもないぞこんなの。
希望を持たせといてこれか。
あんまりじゃねーのかちくしょう!
頭を抱えて机に突っ伏す。
これで終わりか?
ベティアに会えずに一生を終えるのか?
そんなのは嫌だ。
俺は顔を上げて部屋の壁をにらむ。
ただの白い壁だがその方向には道があって坂があって、その先は魔法学園に続いている。
「俺は負けねえぞ。絶対に!」
本の一冊を手に取ってページを開く。
やっぱり一文も分からない。
次のページも、その次のページも一緒だ。
でも構わない。形を配列をそのまま丸ごと頭に叩き込む!
「う、お、お、お……!」
脳が焼けるような錯覚が走る。
目が高速で行を撫でる。
手が次々とページをめくる。
「お、あ、あ、あ……!」
だが足りない。
丸暗記には遠く及ばない!
このままじゃただ目で字を追っているだけだ。
それに気づいた俺は無意識にページを手で破り裂いていた。
そしてそれを! 一気に口に放り込んで! 飲みこむ!
「ぐむ! ぐむむむ!」
噛んで噛んで噛んで飲み下す。
どんどんどんどん飲み下していく。
よくは分からないけど、この方が頭に入りやすいような気がする。
いや間違いない! 絶対入ってる! 多分!
受験日までの数日間、俺は部屋にこもってずっと本のページを飲みこみ続けた。
三冊の本はどれも分厚すぎるほど分厚かったからどんなに急いでも急ぎすぎということはなかった。
そして最後の日、ついに全ページを飲み下しきった俺は、ついに石板に手をかけた。
もちろんそのままでは口に入らない。
だから裏の物置小屋から小走りで金づちを持ってきて、一気に石板に振り下ろした。
「……硬っ!?」
しかも傷一つついていない。
何度も振り下ろしてもそれは同じだった。
「くっ、負けるかあああああああああああ!」
俺は諦めなかった。
さらに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も石板を打ちすえて――
ついにヒビの入る音を聞いた。
「よっしゃ!」
一度傷が入れば楽だった。
金づちを叩きつけるたびに石板は割れて粉々になっていって、俺はそれをかき集めて……
飲んだ。
「んぐ……!」
その瞬間、体に雷が落ちたような衝撃を受けて、俺は一気に気を失った。
◆◇◆
「いつまで寝てるの? 早く目覚めなさい」
俺はがばっと跳ね起きた。
周りを見回す。
何の変哲もない俺の狭い部屋だ。
窓を見ると、いつの間にか朝のようだった。
昨日はいつ寝たんだっけ?
なんだか記憶があいまいで、全然何も思い出せなかった。
視線を机の上に移すと、そこには表紙部分だけ残った本(の残骸)があった。
石板の破片もあるかと思ったけれど、それは影も形もなくなっていた。
俺は床に寝ていたようだ。
というか倒れていたのか?
うーんそれも分からない。
とりあえずベッドに移って寝直そう。
「いいの? 受験当日だけど」
あ、そだっけ。
時計を見る。
途端に俺の心臓は跳ね上がった。
やっべ! 大遅刻じゃん!
慌てて身支度して部屋を飛び出して。
……それからようやくに気が付いた。
さっき聞こえた声は一体誰の声だったんだ?
振り向いた孤児院の部屋の中はもう見えなかったけれど、誰もいなかったのは確かだった。