24.恋愛指南
次の日もミーシャは授業に来なかった。
その次の日もだ。
エティサルは権力に弱いからそれについては特に触れなかったし、俺たちもあえて何か言いはしなかったけど。
それでも場に漂う空気は少し複雑だった。
ベティアは一度も俺と目を合わせてくれない。
二限目が終わったとき、俺は席を立った。
「どこ行くの?」
「トイレ」
サリアンに短く答えて廊下に出る。
戸を閉めて大きく息を吸う。
ポケットの中身を確かめる。
それから足をふみ出した方向は、トイレとは反対方向だった。
廊下の角を曲がって校舎を出る。
少し歩いて寮の建物にたどり着く。
さらにしばらく歩いて、あるドアの前で足を止めた。
札があってこう書かれている。
『ミーシャマール・レトゥナ』
ドアをノックした。
「…………」
返事はなかった。
もう二回ノックしたが同じだった。
そのまま立ち去ろうかとも考えたが、もしかしたら居留守かもしれない。
俺はドアに身を寄せて、口を開いた。
「ミーシャ、いるか?」
やっぱり返事はないが。
「一応いるかもしれないからそういうつもりで話す。いきなり休むな。ビビるから。それから練習来いよ。なんだかんだお前がいないと意味ないし。それから……」
少し、ためらってから言う。
「俺はさ、俺が悪いとは思わないぞ。だってお前横暴すぎたし。少しは加減を考えろよな。すごい頑張ってるのは分かったけど、やっぱり無理やりは良くないし。でも……本気なのは分かったからさ。なんていうかその……」
カッコイイこと言おうとして結局言えないまま、耳を澄ます。
ドアの向こうからは相変わらず返事はない。
俺はため息をついて、ポケットからそれを取り出した。
ドアの下から滑り込ませて、
「じゃあな」
それから振り返った。
目の前に無感動な瞳があった。
「うお!?」
思わず飛びのいてドアにぶつかる。
びっくりした。
よく見るとアルハだった。
「お、お前、いつの間に……」
全然気付かなかった。
教室からずっとついてきてたってことなんだろうけど、気配を感じなかった。
何も言えなくなっている俺と後ろのドアを見比べて、アルハは首を傾げた。
俺は顔をしかめる。
「……なんだよ」
「何をしてるの?」
「別になんも」
「しゃがんで何かしてた」
見られてたみたいだ。
でも俺はあくまでシラを切り通すことにした。
「気のせいだろ」
「管理人に報告する」
「待て」
それはマズい。
女子の部屋の前で不審な行動とか普通に人聞きが悪い。
結局アルハの視線に負けて教えることになった。
「いや、中にな、ちょっと差し入れをな」
「差し入れ?」
「まあなんていうか、腕章なんだけど。模擬試合大会用の」
手作りの腕章だ。
チームのリーダーを示すために作ってみたもので、別に本来大会に必要ってわけじゃない。
「でもあいつそういうの好きそうだろ?」
アルハの無表情は同意してくれたかわかんないけど。
まあそれはそれとしてアルハは別のところに反応した。
「手作りなの?」
「あ? ああ、まあ。手持ちの余ってた布と糸で」
「すごい」
その瞳の奥が、かすかにだけど輝いた。気がした。
「大したことねえよ。雑だし」
「きっと喜ぶ」
「そんなことねえと思うけどなあ……」
言いながらも俺は、喜んでもらえるといいなと、確かに思っていた。
ちょっとだけ。ほんの少しだけな。
「戻ろうぜ」
とっくに三限の授業は始まっていた。
俺たちは並んで寮の建物を出た。
校舎に入る前にアルハがふいに言った。
「女を落とす方法、知りたい?」
「え。なんだよ急に」
面食らう俺を無視してアルハは繰り返す。
「知りたい?」
俺は少し考えてからうなずいた。
考えたのは三日前のことだ。
ベティアに嫌いと言われ、好きだと伝えられなかったあの晩だ。
思い出すと気分が沈む。
あの時、どうしたら俺は言えたんだろう。
ベティアのことが好きだって。
アルハは廊下を進みながら指を立てた。
「大事なことはたった一つ。思いを伝える。これだけ」
「それができりゃ苦労しねーよ」
役に立たねえ。
かぶりを振る。
だけどアルハはさらに続けた。
「思いの伝え方は言葉に限らない。言葉を持たない時代でも人は思いを伝えてきた」
「……馬鹿だから分かんねえよ」
「そう。なら馬鹿なりに数に頼ればいい」
「数?」
アルハはうなずいた。
「ただ好きと言う。物量で」
「アホなのか?」
半眼で言う俺に対してアルハはあくまでクールだった。
「わたしはそれで落ちた」
「マジで!?」
思わず足を止めて、数歩置いて行かれて。
振り返ったアルハの顔を見て気づいた。
なんかよく分かんねえけど、こいつなりに俺を心配してくれてるんだな。
なんだか妙にうれしくなって俺は鼻をこすった。
「じゃあお前彼氏いるの?」
「いない」
「落ちたんじゃねえのかよ」
「もういない」
「よくわかんね」
並んでエティサル教室の扉を開けた。




