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22.ミーシャの立場

 ミーシャの地獄の特訓は、日が経つにつれてますます激しくなっていった。


「攻撃のタイミングをもっとビシッと合わせろ! 一瞬たりとも気を抜くな! もう一回!」


 とか、


「反応が鈍い! 敵が攻め込んできた想定だぞ! サッと切り替えろ! もう一回!」


 とか、


「ゼン、貴様お荷物すぎるぞ! もういい死ね!」


 とか。


 くそ、調子に乗りやがって。

 死ねじゃねえよお前が死ね。


 言投げの魔法が使えない俺は、とにかく何度も走らされた。

 走ったって魔法が身につくわけねえのに。

 それでもしつこくしつこく何周も走らされた。


「はあ、ひい……」


 ダメだ、もうダメだ。

 喉がつっかえてなんかひゅうひゅういっている。

 汗が目に入って前が見えない。

 無理、もう限界!


 ……ん?


「……なんだ?」


 俺はふと視界の隅に何かが引っかかった気がして立ち止まった。

 噴き出す汗をぬぐいながら見回す。

 でも何もない。

 木々が風に揺られてざわざわ言っているだけだ。

 おかしいな。誰かこっちを覗いてたように思ったんだけど。


「ゼン!」


 すぐ後ろから声がして、俺は思わず飛びあがった。

 振り返るとすぐ目の前にミーシャの怒り狂った顔がある。


「お前何度言えば分かる? 死ぬ気でやれ。集中しろ!」

「いや、なんか今あっちに」

「言い訳はいらん! さっさと走れ! でなきゃ滅べ愚図が!」

「いや、だから」

「早く行け!」

「……お前なあ」


 俺はゆっくりと拳を固めた。

 疲れもイライラもとっくに限界を越えて頭がカッカしていた。


「いい加減にしろ! 人がおとなしくしてりゃつけあがりやがって!」


 ミーシャは俺の剣幕にびっくりしたようだった。


「お前馬鹿か! 俺より馬鹿か! 走って魔法が身につくなら苦労せんわ! っていうかお前がそんなんだから俺もポテンシャル発揮できねえわ! ダメ教官が!」


 目を丸くしていたミーシャは、それを聞いてすっと視線を鋭くした。


「……わたしに逆らうのか?」

「たりめーだスカタン! むしろ今まで従ってた自分に若干引くわ!」

「ほう……」


 ミーシャの眼差しがまた一つ温度を下げた。


「では反逆か。覚悟はいいな?」

「テメエこそ覚悟しやがれ調子乗りの勘違い女、絶対土下座させてやる」

「だーかーらー、なんでもうちょっと仲良くできないの!」


 そう言って間に入ったのは例のごとくベティアだった。

 見るとサリアンも遅れてやってきて、俺をミーシャから引き離そうとする。


「はなせよサリアン! 俺はこいつをぶっ飛ばさねーと気が済まねー!」

「奇遇だな! わたしもお前の顔面を深めに陥没させるまでは気が済まん!」

「やらせてあげたいのはやまやまなんだけどね」


 サリアンが困った顔でぼやく。


「一応先生も見てるし生徒同士のガチはマズいよ」

「……っ」


 それを聞いて一瞬ミーシャの顔にためらいが走ったのを俺は見逃さなかった。


「おっと、優等生さんはセンコーの顔色がそんなに気になりますかぁ?」

「なんだと!?」

「生徒の将来を占うイベントだかなんだか知らねえけど、ガラにもなく張り切りやがってよ。人をこき使っていい点取ることがそんなに重要かよ。お前なんてリーダーの器じゃねえくせに」

「ちょっとゼン!」


 俺も完全に頭に血が上っていた。

 ベティアの制止もほとんど聞こえていなかった。


「そうだろ? 人望もねえ、人を使う頭もねえ、成績だってもう俺とどっこいどっこいだろうが」

「……っ!」


 ミーシャの顔色が変わった。


 そう。

 俺の成績は最近急に上がっている。

 座学は相変わらず弱いけど、実技を中心にぐんぐんアップしてきていて、今じゃトップを争うベティアとミーシャに追いついてきているのだ。


 何も言えなくなったミーシャに、俺はとどめを刺した。


「少しは身の程を知りやがれ。勘違い女」

「…………」


 勝った。

 俺は満足して鼻をこすった。


「あ」


 多分それはサリアンの声だったと思う。

 同時にスコン、と鼻に衝撃が抜けた。

 のけ反った視界の中、飛び散る自分の鼻血が見えた。

 目で追っているうちに背中にもどんと衝撃が走って、痛みはその時に一気に押し寄せてきた。


「下種め」


 鼻を押さえて体を起こすと、ちょうどミーシャがこっちに背中を向けたところだった。

 そのままずんずんと去っていく。


「……結局暴力頼みじゃねーか」


 俺は見送りながら毒づいた。

 血がぼたぼたと垂れる。

 サリアンが心配そうに言う。


「大丈夫?」

「当然。あんなへなちょこパンチ」


 めっちゃ痛いけど強がった。

 これぐらいで怯むやつは男じゃねえ。泣いてねーし……いやマジで。

 と。ふと見ると、すぐそばにアルハが寄ってきていた。

 思い当たって訊く。


「……治してくれんの?」

「うん」


 小さくうなずくアルハにそれじゃあとお願いする。

 アルハの得意分野は『治癒・修復』だ。

 魔法のどこか温かい感触が鼻を包むのを感じながら俺は半眼でぼやいた。


「ホント思い上がりすぎなんだよあの馬鹿は」

「それはお前もだな。ゼン・タロン」

「え?」


 振り返るとエティサルがいた。

 ごつい顔に似合わない長髪をさらさらと風になびかせて、腕を組みして立っていた。

 俺は顔をしかめて言う。


「なんすか。珍しく顔出したと思ったらつまんねえこと言っちゃって」

「まあお前にとってはそうだろうよ」


 言って、フン、と鼻を鳴らす。

 なんだよいけすかねえ。

 思わず顔をしかめる俺に構わずエティサルは先を続けた。


「彼女は学長の孫だ」

「知ってるっすけど……」

「そうか。だがそれが本当に意味することは知っているか?」

「はい?」

「責務の話だ。この学園は代々レトゥナの一族が学長職を引き継いでいる。ミーシャマール・レトゥナもまた、学長職を継ぐことになるだろう。しかも前代未聞の若さで。本来次期学長となるはずの彼女の父親は早くに亡くなっているからな」

「え……」


 思わず何も言えなくなった。


「だが彼女の力を疑問視する派閥は多い。彼らに認められなければ安定した運営は難しい。模擬試合大会は彼女が自身の力を証明するための試練の一つだ。とはいえ一つにすぎん。学長職を継ぐまで、いや継いだ後も終わりはない。彼女の力不足はお前の言う通りだろう。だが必要な努力はしている」


 俺はミーシャの背中を探した。

 だけどもう彼女の姿はなかった。


「……」

「ではな。くれぐれも彼女を困らせんように。わたしの出世に関わる」

「それ、言わない方が良かったっすよ。絶対」


 俺はぼやいたが、とにかくエティサルは去っていった。

 アルハの手当てを受けながら、気まずく黙り込む。


「わたし、ちょっとミーシャマールさんと話してくる」


 ベティアは走って行ってしまった。

 俺は引き留めることもできないままその背中を見送った。

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