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21.ミゼリア

 その晩。


「いててて……」


 雑に手当てした顔の傷をさすって俺はうめいた。


「ったくよー、ミーシャにはぶっ飛ばされるしベティアとはデートできねえし、どうなってんだ一体……」


 今日は散々だった。

 練習は上手くいかない。ミーシャは馬鹿で、サリアンとアルハは薄情。おまけにベティアは忙しい。

 おかげで俺はいまもんもんとしながら寮の自室にいる。


「なあどーゆーことだよー。おーい!」


 誰もいない部屋の中で俺は声を張り上げる。

 もちろん答える声はない。

 普通ならそうだ。


「知らないわよぉ。わたしに当たらないでよぉ」


 中空からにじみ出るように現れ出たのは邪神の巫女、ミゼリアだ。

 ベッドに座った俺のちょうど正面、上下逆さまに彼女の顔がある。

 つまりミゼリアは天地逆さまに宙に足を組んでいるわけだ。


「お前が助けてくれれば最低でも怪我せずに済んだんだよ。給料分は働け」

「もらってないわ給料」

「俺が体で払ってるだろうが!」

「払われてないしいらないわよ。不潔」


 本気で嫌そうな顔でミゼリアが少し距離を取る。


「わたし、忙しかったの。お部屋の整理してたから。わかる?」

「お部屋? 整理?」

「あなたの深層意識の小部屋のね。狭くて居心地も悪いからせめてお掃除しとかないといけないの」

「? 俺の心に住んでるってことか?」

「そういうことになるわね。不本意だけど」

「なんだよお前が払うべきじゃん、俺に家賃」

「嫌よめんどくさい」


 逃げるようにさらに遠く距離を取ってミゼリアは顔をしかめた。


「なんでぇ役に立たねえでやんの。契約のし損じゃねーか」

「む。そんなことないわよ。わたし役に立つんだから」

「ホントにぃ……?」

「ホントよぉ試してみる?」


 ようやくふわりと天地を合わせて、ミゼリアは床に降り立つ。

 それから手近な椅子に改めて座り直して、俺を頭のてっぺんから足の先までじろじろと観察する。


「ふうむなるほどなるほど……」


 半眼の俺を前にしばらく何か考え込んだ後、ミゼリアは言った。


「あなた馬鹿ね」

「帰れ」


 適当に部屋の扉を指さす。


「やあねぇ、冗談よ冗談」


 ヒラヒラと手を振ってミゼリアは笑う。


「あなた、不吉な影に付きまとわれてるみたいよ」

「どこぞの占いババアか」

「信じてないわね?」

「そりゃな」

「意外と馬鹿じゃないのね」

「うるせえ」

「でもホントよ? 近々また忙しくなるわ」

「忙しくぅ……?」


 不信感丸出しの俺に、ミゼリアは小さく指を振った。


「綺麗なお姉さんの言うことは信じとくものよぉ?」

「綺麗なお姉さんねえ……」


 俺は腕を組んでミゼリアを観察した。

 まああながち間違っちゃいないんだけど。

 いやほぼほぼ正解で良いんだろうけど。


「言っても胡散臭いからなあ」

「誰がよぉ!」

「さてと」


 ミゼリアの抗議は聞き流して俺はベッドから立ち上がった。


「それにしても、どうしたもんかな」


 窓辺に寄って見下ろす。

 こんもりとした木々の影が見える。

 そしてその陰になって見えないが、さらにその向こうにはグラウンドがある。

 今日の昼間はそこにいた。

 力不足を責められていた。


「言投げの魔法か……」


 苦々しい思いで広げた手のひらを見下ろす。

 俺がミーシャに従わなかったのは何もあいつが嫌いだったからってわけじゃない。

 いやまあ嫌いだけど、それはそれとして俺だってちゃんと言投げの魔法を使おうとしてはいた。

 だが無理だった。

 ミーシャとだけじゃない。

 他の三人とも魔法の交信ができなかった。


「あなたの魔力は邪神様由来だもの。下賤な人間どもと波長が合わなくたって当然よぉ」

「それは俺個人の都合だ。説明するわけにもいかねえしどのみち関係ねえよ」

「そこで今度こそわたしが役に立ったりするわけなのよ」

「へえ」


 疑いの目を向けると、ミゼリアは自信たっぷりににやりとした。

 背後から何かを取り出して俺に見せつける。


「さあさ、ここに取り出しましたるは邪神様直属四十二魔族が一、その名もなんと忍び魔蟲! その可愛さに目も潰れますよ気を付けて!」

「…………」


 ミゼリアの手にはぞもぞと脚をうごめかせる歪な甲虫がいた。

 硬そうな翅が開いて薄い翅の代わりに人間の耳と眼球がにょっきりと出てきて、俺は「うえっ」と顔をしかめた。


「この忍び魔蟲の能力は情報収集、あらゆるところに忍び込み見たもの聞いたことをご主人様に届けます! あの子のお着替え、弱みに内緒話、知りたいことならなんでもこい! 透明になれるのでバレることはあり得ません! 電池交換いりません! どうです欲しくなりません!?」

「犯罪だろ」

「つまんないこと気にするわねえ」


 水を差されてミゼリアはむくれた。


「せっかく役に立とうと思ったのに。小さい男」


 完璧に機嫌を悪くして天井に浮かびあがっていくミゼリアに、俺はふと訊ねた。


「そういえばお前、髪短くしてた頃ってあった?」

「はぁ? なんの話? わたしはずっとこの姿よ」

「ふーん。そっか」


 怪訝そうな顔のミゼリアに適当に手を振って、俺はベッドに横になった。

 目を閉じると荒野の光景が瞼の裏に浮かぶ。

 向かい合う男と女の姿。

 忍び寄る禍神との戦いの最中に見た幻視だ。

 女はミゼリアと呼ばれていた。


 あれは何だったんだろう。

 とても気になっていた。

 気にはなっていたが、しばらくすると眠気がやってきて、俺は眠りに落ちた。

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