20.犬猿のバカ
教室対抗模擬試合大会のルールはこうだ。
まず学園のいろんな場所に、参加チーム分の木箱を設置する。
自分のチームに割り当てられた木箱を壊されればそのチームは脱落。
いかに自分たちの木箱を守って敵の木箱を壊すかを競う試合っつーわけだ。
「この学校は『戦闘』、『封印』、『治癒・修復』の三分野の魔法の専門家を育てる学校だってことは前に言ったね」
数日前に試合についてよく知らなかったんでサリアンに聞いたら(もちろん気は進まなかった)、あいつは喜々として説明を始めた。
「この大会は生徒たちの三分野の習熟度を試すのにちょうどいいイベントなのさ」
「……っつーと?」
「敵の木箱の破壊及び敵員との戦闘に『戦闘』用の魔法、自分たちの木箱の防衛に『封印』と『治癒・修復』の魔法。そのほか応用しようと思えばいくらでも。とにかく総合力を問うのに都合がいいんだ」
「そうか?」
「少なくとも偉い人たちはそう思ってるみたいだね」
「ふーん」
この大会を戦い抜くのに必要なことがいくつかある。らしい。
もちろん『戦闘』『封印』『治癒・修復』の魔法を高いレベルで操れることが一つ。
その力を的確に運用できることが一つ。
仲間との連携をしっかりとれることが一つ。
中でも重要なのが最後の、仲間との連携だ。
いくら一人一人が強力でも、一人だけでは自軍の木箱を守るのと敵軍の木箱を破壊を同時にこなせない以上、力を合わせられなければ無意味になる。
個々人の力を組織の中でどう生かすか、それが何より問われる場なのだ。
……とまあ以上、聞きかじった感じそういうことらしいんだけど。
「全っ然! なってない!」
ある日のグラウンドでの練習中、ミーシャの雷が落ちた。
「貴様ら、やる気はあるのか!? 勝つ気はあるのか!? 本当に死ぬ気でやってるか!?」
んなワケないだろかったるい。
そう思ったけれどそれをそのまま口に出さない程度には空気を読んだ。
「なんか文句あんならもっと具体的に言えよ。分かんねえよ」
「分かれ、察しろ! お前たちはガッタガタすぎるんだ!」
「それのどこが具体的?」
「だから察しろと言っている!」
ミーシャの顔はすでに激怒で真っ赤っかだ。
俺の目の前まで詰め寄ってきて、鋭い目つきでこちらの顔を覗き込む。
「お前だって本当は分かっているだろう?」
まあもちろん分かってた。
だから肩をすくめて答えた。
「いや、全然」
ミーシャの顔の赤みがまた増した。
さて、今日も俺たちは模擬試合大会の練習をしていた。
地獄の体力強化週間が終わり、今日からは戦術訓練とやらが始まっていた。
さっきも言った通り模擬試合では仲間との連携が何より重要だ。
戦術を磨くには、その基礎部分を磨くことが必要だった。
そして、俺たちはその一歩目でさっそくつまづいた。
「なんでわたしの呼びかけに応答しない?」
ミーシャが俺の胸倉をつかみ上げながら言う。
「だって何も聞こえねんだもん」
俺はとぼけ顔で返す。
「聞こえないものを聞けとか言わねえよな? 精神論は勘弁だぞ」
「精神論なものか! 魔法だ! つまり技術だ! 聞こえないのはお前にやる気がないからだろう!」
ミーシャが言っているのは言投げの魔法のことだ。
離れた相手と、声ではなく思念の言葉でやり取りする。
割と基礎的な魔法だけど心を一致させなければうまく成立させることはできない。
そしてこれができなければ大会を戦うのは無理だ。
だから、ミーシャが焦るのも分からないでもない。
けどまあそれはそれとして、
「やっぱ精神論じゃん」
「殺されたいのか!?」
つかまれたままギリギリと持ち上げられて苦しくはあったけど、こいつのマジギレを見ていると気分が少しスカッとした。
「で、ミーシャパイセン? 次は何をやればよろしいんで?」
「いいだろう……そっちがその気なら地獄に落ちてもらうぞ……っ!」
「ちょ、ちょっと! 二人とも落ち着いて!」
さすがに見かねたベティアが割って入る。
数分ぶりに地面に下りて、俺は大きく息をついた。
「止めるなベティア・スネイズ。お前もミンチになりたいか」
「してもいいですけど練習になりませんよね。大会、出ないんですか?」
ぐ、とミーシャが言葉に詰まるのが分かる。
「それでもいいなら心おきなくどうぞ。でもわたしは練習を続けたいです」
「………………もう一度配置につけ」
長い渋面を経てミーシャが言った。
へっ、いいザマだ。
「ゼン」
はい。ごめんよベティア。
ちょっと調子に乗りすぎました。
その様子を面白そうに見ていたサリアンと相変わらず何考えてるか分からない無表情のアルハを加えて俺たちは再度グラウンドに散った。
位置につき、耳を澄まして、呼吸を合わせ……
「始め!」
ミーシャの合図とともに俺たちはいっせいに動き出した。
アルハとサリアンは木箱に見立てた石の近くに寄って身構える。
ミーシャとベティアは素早く飛び出して攻撃魔法を展開する。
そして俺は――
「おーすげー!」
敵の木箱に見立てた石が、魔法の炎に燃え上がるのを見て拍手した。
「…………」
ミーシャが立ち尽くしたまま拳を震わせている。
「ブラボー! サイコー! これで優勝間違いなしだな! よしもう上がろうぜ、疲れた体は休めねえと。あ、ベティア、これから俺とデートしない? 学食にすんげえうまいケーキがうおっ!?」
身をよじった俺の鼻先を鋭い気配がかすっていった。
見るとミーシャがこっちに人差し指を突きつけている。
その背中にゆらりと殺気が立ち上るのが見えた。
「いい反応だ。次は外さない」
ミーシャが淡々と言う。
声に感情がなくなった分、あ、ヤベえな感は増した。
ベティアがその後ろでため息をついた。
もうかばえないっつーことらしい。
俺も観念して深く頭を下げた。
「マジ、サーセンした」
「誠意が足りない」
爆発に吹き飛ばされて、俺は宙を舞った。




