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2.始まりは一ヶ月前

 一ヶ月前のちょうどその日、俺に試験の結果通知書が届いていた。

 下級警兵採用試験だ。

 いろいろ長く書かれていたけれど、短くまとめるとお前は不合格、うちにはいりませんということらしかった。


「うっわマジ? あいつまた落ちたんだ?」

「予想はしてたけどもう何回目だよ……下級くらい馬鹿でも通るっての」

「俺たちの予想なんて軽々上回るよなあの馬鹿」

「馬鹿中の馬鹿だわホント」


 部屋を出ると、廊下の向こうから声が聞こえた。

 声の主たちはすぐに角を曲がって見えなくなったから誰が言っていたのか、俺のことを言ってたのかは分かりようがない。

 この孤児院に俺の他にも試験に落ちたやつがいたのかもしれない。

 だとしたらマジもんの馬鹿だなそいつ。


「はあ……」


 かみしめた苦味をため息に混ぜて吐き出す。

 奴らが消えたのとは反対の方に歩いて孤児院の外に出る。

 見上げると憎たらしいほどの快晴で、なんだか俺は泣きたくなって壁に背中を預けた。


「くっそ……俺だって頑張ってるんだぜ?」


 これでもこつこつ対策勉強してきたし、体力テストを通るよう鍛錬だってしてきたつもりだ。

 全部ベティアに手伝ってもらってだけど……

 でも駄目だった。

 現実として、俺はまた就職に失敗したのだ。


 ここの孤児院は出ていかなきゃいけない年齢制限というのは明確には決まっていない。

 でも実際問題としてオッサンになってもい続ける奴はいないし、十五歳を境に仕事に就いて出ていくというのが普通の流れになっている。


 そしてその就職口として下級衛兵という道は割とポピュラーな選択肢だ。

 とはいってもどこにも行き場がない無能たちにとっての、ということだけど。


「そこに受からねえんだもん。どうすっべ。マジで」


 どうしようもない。

 俺ってばマジで馬鹿だしな。


 まあ馬鹿なら仕方ないよな。

 馬鹿にも馬鹿なりにいいところくらいあるだろ。

 馬鹿だから馬鹿にされてることなんか気づかないし、気づいても痛くもなんともないし、そういう叩かれ役も世の中には必要なのだ。必要馬鹿だ。

 なんだ馬鹿ってば最高じゃん。

 ははははは。


「……はあ」


 その時唐突に声がした。


「なによ。元気ないわね」


 振り向くとそこに少女が立っている。

 俺と同じくらい歳の、つややかな金髪を後ろでまとめた子だ。

 身に着けた地味な色のエプロンのポケットに手を突っ込んで、じっとこちらを眺めていた。


「ベティア」


 そう、この少女が俺の就職対策を手伝ってくれたベティアだ。

 名門のレトゥナ魔法学園に受かりながらも孤児院に残ってかいがいしくみんなの世話を焼いてる、才女にして慈母。

 孤児院のみんなが彼女を頼りにしてる。

 そんなベティアにどうやら見られていたっぽい。

 俺は照れ隠しに顔をしかめてみせた。


「別に何でもねえけど?」

「そう? ならいいけど」


 と言いつつベティアはそこを去ろうとはしない。

 しばらくこっちに探るような目を向けて、それから言った。


「採用試験落ちたんだって?」

「いや? 誰から聞いたん?」


 とっさにして的確な隠蔽工作をくらえ。


「みんな知ってるわ」


 げっ。隠蔽失敗。

 俺の憂鬱度がまた上乗せされる。

 あーあ、やっぱみんなが馬鹿にしてるんだろうな。

 やだな。


「やだなはこっちよ。なんであんな簡単な試験落ちるの」

「俺が知りたいよ」

「試験官になんか変なこと言ったんじゃないでしょうね」

「言うかよ……多分」

「どうかしら。あなたって変なことしか言わないじゃない」

「ひでえ。普通のことだって普通に言うわ」

「勉強手伝って損したわ」


 ぐっ、と俺は言葉に詰まった。


「それは……ごめん。悪かった。ベティアの苦労を無駄にして……」

「まったく」


 ベティアはため息をつくと、俺の隣まで来て同じように壁に背中を預けた。


「天気いいわね」

「うん……」


 しばらく並んで空を見上げた。

 日差しはあまり強くもない。

 流れる雲の速度もゆっくりだ。

 時折かすかな風が思い出したように頬を撫でた。


「ベティアくらいだよ。俺の相手してくれるのなんて」


 何となくそう言うと、ベティアは嫌そうに手を振った。


「なによ。本気でへこんでるの? らしくもない」

「いやマジな話。他の奴らは馬鹿にするばっかりで相手してくれないし。ありがたいなって」

「馬鹿が神妙にしてると気味が悪いわ。ちゃんと馬鹿らしくしてなさいよ」

「ホントにへこむぞ。へこんだ俺は面倒くさいぞ」

「そういうことなら手遅れね。今もう面倒くさい」


 俺は少しずついつもの調子が戻ってくるのを感じた。

 いつもそうだ。

 ベティアは俺が迷子になるといつだって連れ戻してくれるのだ。

 馬鹿な俺が転んでもちゃんと起きられるのは、ベティアがそこにいてくれるからだった。


「サンキューベティア。もう大丈夫」

「そう。よかった」


 ベティアが小さく微笑んだ。

 一緒に歩き出しながら、俺は頭の後ろで手を組んだ。


「それにしてもどうすっべかなマジで。就職先がねえんだけど」

「どこかの職人さんの弟子にでもなったら?」

「馬鹿をそんなに買いかぶるなよ。普通に不器用だぞ」

「自慢しないでよみっともない」


 エプロンから出した手で髪をいじりながらベティアはつぶやいた。


「……もっとしっかりしなさいよ。わたしだってずっとそばにいられるわけじゃないんだし」

「いやいやずっとそばにいてもらうぜ? じゃないと馬鹿はすぐのたれ死ぬしな」


 ベティアはその青い瞳を俺に向けて何かを言おうとして、やめたようだった。

 その時は俺も特に気にもしなかった。

 また何かたしなめるようなことを言おうとしただけなんだと思った。

 だけどその数日後に、その言葉がマジだったんだと思い知ることになる。

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