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18.協力の末

 急いで屋上に戻ると、状況はかなり深刻になっていた。


「ぐぅ……!」


 びたんびたんと暴れる禍神の前で、それを魔法で抑え込むベティアが膝をついている。

 そのさらに後ろでサポートをしているアルハは、一見平気そうだけど足が疲れで震えているようだった。


「ゼン! よかった、戻ったんだね!」


 サリアンが駆け寄ってくるが、俺は首を振った。

 手の中の割れた石板を見せる。


「これは……」


 サリアンの声がしぼむ。

 が、もう本当に時間がないと思い直したんだろう、すぐに言った。


「次の手を考えよう」


 あるか? 次の手……

 俺はそろそろ本当に焦っていた。

 何をしても決め手が潰される。

 このままじゃマジでタイムアップだ。

 滅ぼすのも封印も駄目で他の手なんか、あるか?

 こんなに手を尽くしても阻まれてるっていうのに……


「ある」


 そう言ったのは、アルハだった。


「わたしが、石板を直す」

「……できるのかい?」


 疑わしそうにサリアンが言う。


「石板は封印魔法技術の粋を集めて作られた無茶苦茶に複雑な人工物だ。僕たち生徒レベルじゃそうそう修復なんてできるもんじゃ――」

「できる」

「え?」

「わたしにはできる」


 言い切る。

 短く、端的に。

 それだけにその言葉は妙に説得力大だった。


「……試すか」

「そうだね。賛成」


 どうせ他に手はないという諦めみたいなものも混じっていたけれど。

 最後に打つ手は決まった。


「じゃあ、アルハは石板の修復、ベティアは禍神の取り押さえ、俺はベティアの押さえ込みが失敗した時のサブ、サリアンは後ろだ」

「了解。もうマコスタ教師の結界は張られてないし、絶対にここで何とかしないとね」


 逃がせば学校外にも飛んでいって被害を広げる。

 仕留めるならこれが最後のチャンスってわけだ。


「ベティア、聞こえたか!?」

「いつでもオッケーよ!」


 よし。

 俺たちはタイミングを計った。

 呼吸を合わせ、鼓動を数え……今!


「ん!」


 アルハが、ベティアのサポートから石板の修復に移る。

 ベティアは負担が増してさらにダメージが入ったみたいだ。

 禍神が体をうねらせるたびに痛みに耐えるようにその背中が震える。

 鼻をぬぐったベティアの手の甲に血が見えた。


「ベティア!」

「集中して!」


 ……そうだ。ここで失敗するわけにはいかないんだ。

 俺も息を整えてその時に備えた。

 封印魔法で押さえている間は手を出せないけど、ベティアが力尽きて禍神が解き放たれたその時は俺の出番なんだ。


 禍神が見えない拘束から逃れようと必死にもがく。

 ベティアが震える。

 俺は目を凝らしじっと待ち構える。ただ神経だけがすり減っていく。

 アルハからの合図はまだない。


 いつの間にかびっしりと額に汗が浮かんでいた。

 俺は禍神から目を離さないようにしながらそれをぬぐって、ぎこちなく息をつく。

 くっそ、間に合うか……?


 その時だった。

 すっ……と妙な光景が目の前に浮かんだ。

 分厚い雲がたちこめる空、でこぼこと荒れ果てどこまでも続く大地。

 荒野かと思うが、えぐられた地面の傷痕はまだ新しいみたいだった。

 それから向かい合って立つ男と女の姿も見える。


 男は鎧とマントを身に着け手には剣をさげていた。

 眉間のシワが深くてなんだか迫力があるけれど、よく見ると多分そんなに年は行っていない。

 そいつが口を開く。


「すまない」


 俺ははっとした。

 とても悲しい声だったからだ。

 そして、その男の目が涙で光っているのに気づいた。


「本当に、すまない……」

「いいの、気にしないで。あなたが手を尽くしてくれたのは分かってる。それに、わたしだって覚悟ぐらいしてたもの」


 答えたのは女の声だ。

 汚れたローブを身に着けたその人は、男が見つめる先で小さく首を振った。

 短い赤毛がかすかに揺れた。


「恨みはしないわ。今までありがとう」


 彼女は笑っていた。

 明るい笑顔だった。

 頬に一筋、涙が流れるのさえ無視すればだけど……


「……そうだな、こういう時は礼を言うべきだな。俺の方こそ、今までありがとう」


 男も小さく頭を下げた。

 ――それから手に持った剣を構えた。


「楽しかったよ」


 次の瞬間俺は目を疑った。

 女の笑顔にヒビが入ったからだ。

 たとえの話じゃない。

 バキッと、音を立てて顔が割れた。


 驚く俺をよそに女の顔はどんどん形を変えていく。

 ヒビが広がり、ぶくぶくと膨らみ、破片が絡み合って巨大化していく。

 ローブが破けた。

 その下からもおぞましい姿にゆがんだ肉が姿を現す。


「……」


 男はただ黙ってそれを見上げていた。

 数歩を下がりながら、構えた剣は下ろさず、もう目には涙もなく。


 女の変化が止まった時にはもう元の姿の名残はどこにもなかった。

 柔らかい触手が四方八方に伸びる化け物だった。

 にらみつける男を見下ろし、一声だけ咆えた。


 触手の一本が男に向かって飛ぶ。

 男は小さな体捌きでそれを避ける。

 そしてそのまま化け物に向かって踏み込んでいく。

 何本も何本も触手が飛び、そのすべてを男は避ける。

 激しい動きの中でその口が呪文を唱える。

 剣全体に光が灯る。


 化け物の目の前まで接近し、そこで男は一瞬だけためらいを見せたみたいだった。

 でも、一瞬にすぎなかった。

 化け物に剣が突きこまれ、その一点から広がった光が全てを包み込んだ。


 眩しい光の中で声が聞こえる。


「許してくれ、ミゼリア」


 その瞬間ぶつん、と。

 音にならない音が聞こえた気がして俺は現実に引き戻された。


 見るとベティアがばったりと倒れ込んだところだった。

 気を失ったらしい。

 解放された禍神が、翼をひるがえして空に舞い上がる。


 俺は少しタイミングを見誤った。

 今の不思議な物思いのせいでほんの少し。

 ただしそれですべて台無しになるほんの少し。


 もちろん連続で魔法を使いまくって疲れてたせいもあるんだろうけど。

 そんなことは関係なく致命的だった。


「しまった……!」


 悔やむけれど遅い。

 嘲笑うかのように禍神が高度を上げる。


 が。

 さらにその上から――降ってきた人影があった。


「潰れろ」


 その影が叩き込んだ強烈な一撃は、剛腕金剛族にも負けない威力で禍神を屋上に叩きつけた。


「アアアアアアアアアア!」


 悲鳴を上げてもがく禍神の翼の付け根を狙って、空中に浮いたままの人影からピンポイントの熱線が降り注ぐ。

 何対もある翼だけれど、そのすべてに順番に当たって、舞い上がろうとする禍神の動きを完璧に封じこめる。


「ぼーっとするな! さっさと合わせろ!」


 俺は慌てて力を開放する。

 現れた巨人が、禍神に袈裟固め(的な何か)を極めた。

 再び動けなくなる蛇を尻目に俺は空中の人影に親指を立てた。


「ナイス! ミーシャ!」

「なれなれしく呼ぶな!」


 返ってきたのはつっけんどんな怒鳴り声だ。

 つれねえな。

 いいじゃんかテンション上がったんだし。


 と、同時にアルハが声を上げる。


「できた」


 振り向くとその手の中に修復された石板がある。

 早い……と思う間もなくアルハはそれをぽんと空中に放る。

 その瞬間飛び起きたベティアが、石板をキャッチして表面の文字を指でなぞった。


「我が名において、異界へ帰れ!」


 ビッ!

 光が瞬く。

 ベティアの手の石板から。

 一筋の強い光が禍神へと放たれ、一気にその身体を包み込んだ。


「……終わった」


 無意識に止めていた息を思い切り吐いて、俺はへたり込んだ。

 巨人の体の下から禍神の体は消えていた。


「ベティア」


 呼びかけると同時に彼女は膝から崩れ落ちて倒れた。

 また気絶しているようだ。

 あるいは気絶したまま動いていたのかもしれない。

 なんにしたってすげえガッツだ。

 ベティアらしい。


「っはぁ……」

「……」


 サリアンもアルハも緊張と力を使い果たしたようで、その場に膝をついた。

 立っているのはただ一人、ミーシャマールだけだった。


「なんだお前たち。だらしないぞ」

「うっせ。ほとんど離れてたくせに」


 きっとなんか言い返してくると思ったけど。

 俺はその前に寝転がって空を見上げた。


 こんな時にもかかわらず、どこまでも抜けるようないい天気だった。

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