15.忍び寄る
「マコスタ教室。封印魔法専門クラス。生徒は六人。エティサル教室ほどではないにしろエリート性は強い。特に教師のマコスタ・エランは戦闘技能にも長じる強力な魔法使い」
サリアンの解説を聞き流しながら三階の奥の教室を目指す。
さっきの生徒たちからさらに聞いたところ、どうやらマコスタはまだ教室にいるらしい。
「取り押さえて、さらに自供を得るにはかなり苦労すると思われる。……勝算はあるの?」
「わかんね。とりあえず行く」
行かないと分からないことは行かないことには分からない。
馬鹿でも分かる道理だ。
「よく分からんがぶっ飛ばしに行くのか?」
「いや、ゼンだってそんな荒事はしませんよ……多分」
不安そうに言うミーシャマールとベティア。
俺は頭をかいて考える。
「別に暴力に訴えるつもりはねえけど、相手の出方次第だな。素直に認めるならよし、認めないならぶっちめる」
「その、お爺様に……学長に言えばいいんじゃないか?」
「それだとどういうつもりでやったのかうやむやにされそうな気がして。そこは直接押さえておきたい。なんか腑に落ちないんだよな。生徒をハメるのにこんなことするか普通?」
「それは……確かに」
俺のことがなぜか気に入らなかったんだとしても、教師ならもっとやりようはあったはずだ。
それを知りたくてマコスタ教室へと向かっている。
……もちろん溜まった鬱憤をぶつけてやりたいという気持ちもないわけじゃないけど。
それはともかくとして。
「あれ?」
俺は歩いていく先に意外な人物を見つけて足を止めた。
「……アルハ?」
ちまっと背の低い銀髪頭。
目当てのマコスタ教室の前にいたのは、アルハ・マグラットだった。
ぼーっとした顔で教室のプレートを見上げていて、呼びかけた俺の声にもすぐには反応しなかった。
「何やってんだこんなところで」
「別に」
どこかイントネーションの狂った声で答えてくる。
それからようやくこちらを向いて、なぜかちょこちょこと一団に加わってきた。
「?」
他三人の顔にも疑問符が浮かぶ。
なんかよく分かんねえけど……
よく分かんねえままエティサル教室生が全員集合してしまった。
まあ別にそれで困ることがあるわけでもないからいいんだけどな。
それよりも早くマコスタに話を聞く必要がある。
俺は疑問を後回しにしたまま教室の戸をノックした。
「もしもし? マコスタ先生。エティサル教室のゼンっす。ちょっと話を聞きたくて来たんすけど」
返事はない。
おかしいな。
試しに戸を開けようとしてみるも鍵でもかかっているかのようにびくともしない。
でも教室の戸に鍵なんてついてないから妙な話だ。
俺はなおもノックする。
「マコスタ先生?」
「ねえ、ゼン……」
声に振り向くと、ベティアが少し青ざめたような顔をしている。
「それ、多分封印魔法よ」
「え?」
同時に中からガラスの割れる音がした。
一体なんだ?
考えるよりも先に体が動いた。
「真夏の氷つぶて!」
呪文と共に戸が吹き飛ぶ。
吹き込んでいく風と一緒に中に吹き込む。
マコスタはいない。
そこにあるのは割れた窓が一つと、それから……
「なんだあれは……」
ミーシャマールが引きつった声でうめく。
確かに妙なのがそこにいた。
見た目はでかい蛇のように見えた。
ミーシャマールがビビったのは蛇嫌いとかあるのかもしれない。
まあ俺もビビった。
表面、なんかヌルヌルしてるみたいだし。
それが何対もの翼を広げて空中に浮いている。
なんだか分からないその蛇はこちらを向いた。
威嚇するように牙をむく。
そして……
「うお!?」
不可視の波動が蛇を中心にぶわりと広がった。
体の中心を不快に揺らして透過し、どこかも分からない彼方へと消えていく。
だがその一瞬が気持ち悪かっただけで、特に何かが起きたわけじゃない。
「……なんだったんだ?」
蛇から目を離さないようにうめいていると。
そう遠くないところから悲鳴が聞こえた。
思わず振り向いてしまう。
その隙をついて蛇が動いた。
ぎゅるるるるる、と音を立てて割れた窓から外へ飛び出して姿を消した。
逃げられた。
結局なんだったのかは分からないまま。
それはともかくさっきの悲鳴は一体なんだ?
俺は教室を飛び出して左右を見回す。
すると近くに女子生徒が倒れているのを見つけた。
「がっ……はっ……」
駆け寄ると、目をむいて痙攣している。
なんだか尋常な苦しみ方じゃない。
「どうした!? 一体何が……!?」
「いきなり、苦し……ぐぅっ!」
そして引きつけを起こして、そのまま意識を失った。
なんなんだ一体……
突然のことに理解が全然追いつかない。
ただ、顔を上げると事態が相当に深刻だと分かる。
「みんなやられたのか……?」
向こうにも人が倒れている。
さらにその向こうにも。
何かの攻撃……?
「……なんで俺たちは大丈夫なんだ?」
振り向くと、エティサル教室メンバーには異常はないようだ。
「わたしがあなたたちに加護を与えたからね」
「ミゼリア!」
突然の声に顔をそちらに向ける。
黒いドレスの美女は相変わらず気の入らない表情で壁にもたれていた。
「何が起こっているか知りたいでしょう? 全部さっきの浮遊蛇のせいよ。周りに病禍をまき散らす厄介な災禍魔獣なんだけど。知ってるかしら、『忍び寄る禍神』」
「忍び寄る禍神……?」
「あーっ!」
俺のつぶやきにサリアンが反応した。
「忍び寄る禍神! 知ってる! けど、さっきのがそうなのか!」
「それ、一体何なんだ?」
「近くにいる生き物を片っ端から病で殺す、むちゃくちゃたちの悪い災禍魔獣だ……伝説上の。まあ災禍魔獣なんてどれも大体たち悪いけど」
言って教室の中を指さす。
「逃げられたらマズい。なんとかしないとみんな死ぬよ」
「さすがにそっちの子は物知りね」
感心したようにミゼリアが言う。
「さて、どうするのかしらゼン? 学校のみんなを助けられるかしら?」
「……加護とやらはどれくらいもつんだ?」
「せいぜい二十分ってところかしら。でも病に倒れた子たちはそれより前には死ぬわね」
「時間がないな……」
振り向いて他の四人にそれを伝える。
ベティアは目に見えて動揺したようだった。
「そんな非常事態、わたしたちだけで何とかなるの?」
「分かんねえよ。でも迷ってる暇はないんだ」
「先生に報告したほうが……」
その時間もない。
そう言おうとしたところでさらに余計なことに考えが至った奴がいた。
「お爺様!」
ミーシャマールが一目散に駆け出す。
すさまじい速度で角を曲がって、姿を消した。
言葉から想像するに学長が心配になったんだろうけど。
思わず舌打ちしてしまう。
「時間を食った。さっさと何とかしないと」
「ごめん。わたしのせい」
ベティアがうなだれる。
本当はフォローしたかったけれど、その余裕もないことは分かっていた。
「じゃあ行くか」
残った四人で、うなずき合った。




