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洋菓子店 Pumpkin lake 第三話

作者: NEPENTHE@ゆりりん

ここは、町外れにある洋菓子店「Pumpkin lake」

もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。

風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には

「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な思いを聞かせてください。」と書いてあります。

その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今夜もまた一人、スーツ姿の男性がお店の扉を開きました。


いらっしゃいませ。


やあ、チョコレートケーキを頼めるかな?


初老と言うべきか、後ろへと綺麗に流された黒髪には所々白髪が混じり、かっちりと着こなされたスーツの首元にはスカーフネクタイが巻かれていました。眼鏡の奥から覗く二重の目元も優しいが、眉間に一筋残る皺からは厳格さも窺えます。

店主は彼の注文に了承してゆっくりと頭を下げると、口を開いて今回は何があったのかと伺いました。彼は見覚えがあり、既に数回、来店をしてくれていたからです。


また、何か良いことが御座いましたか?


ええ。今回は、息子がついに夢を叶えたんだ。とは言っても、出発地点に立ったと言うべきか。確か君には、息子が俳優を目指していると言っていたが…この度、やっと主演メンバーに抜擢されたんだよ。


少しだけ早口になりながら、笑顔で何度も頷き話をする彼の姿はとても嬉しそうで、眉間の皺が少しだけ薄くなった気もしました。

店主も頷きながら話を聞きます。


もう息子は36歳になってしまって、アルバイトと掛け持ちで生活をしていたから。何度も何度も、俳優業は辞めて就職しろと言っていたんだが、頑固な私の性格はきっちりと受け継いでいてね…昔は成績も良くて気遣いも出来ていい大人になると思っていたんだが、俳優の道を目指してからは口を開く度に「俺の人生なんだ、俺が主人公だから命を掛けてやりたい」って言うことを聞かなかった。

わたしや母さんの心配にもきっと気付いていて、息子なりにずっと焦っていたんだとは思うが…昨夜、報告を受けたもんで私はすっ飛んで来たよ。君にも、伝えたかったんだ。


おめでとうございます。…いつも、チョコレートケーキをご注文して下さいますよね。


ここのチョコレートケーキが、息子が一番喜ぶものでね。息子が冗談を言ったのを久しぶりに聞いたよ「親父、俺はあそこのチョコレートケーキじゃないと、お祝いされた気持ちにならいないよ」って。


そうでしたか。それでしたら…


店主はまたにっこりと笑うと箱にケーキを詰めて戸棚から小瓶を取り出し、それも手提げに入れて彼の元に歩み寄りました。

小瓶が見えるように開いて見せながら、何度か彼と視線を合わせて


覚えていますか?


これは確か、以前にも付けてくれた…


小瓶には金粉が入っています。店主はケーキの上で指先を擦り合わせるようにしながら言いました。


特別な時にケーキに掛ける、魔法。キラキラと一番綺麗に輝いてくれる筈です。確か、貴方の息子さんが入学式を迎えた時にやっていましたよね。お父様から、今回もしてあげてくださいね。


……、ありがとう。息子も喜ぶよ。


気になっていた眉間の皺は無くなり、目尻の笑い皺が浮かんでいました。

店主は、扉を開けて去っていく彼の背中へ頭を下げるといつもより声を張って言います。


またのご来店を、心より、お待ち申し上げております。と。




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