1話 家族の食事
従者物語①に出てくるエルミーの過去話となります。
かつて『強欲』と呼ばれた伝説の斥候がいた。
街のスリから勇者の従者になりあがり、勇者とともに魔王を倒した。
富、美女、名声。彼が欲しいと望んだものは全てその手に入り、いつしか『強欲』と呼ばれるようになった。
また毒や目つぶし、閃光弾、爆薬、あるいは回復薬など、状況に応じて適したものを瞬時に
スリングで投げつけて戦況を一変させる彼は、『魔弾』とも呼ばれ恐れられた。
彼は従者を引退後、今まで冒険者のパーティの中で分担がはっきりしていなかった
索敵や地図作り、追跡、罠の発見や解除、情報収集、アイテムの鑑定などを一手に引き受ける新しいジョブ
『斥候』を定義付け、また初めて設立されたスカウトギルドの頭領になった。
エルミーはそんな父親と、父親が目を付けたエルフの美姫との間に生まれたハーフエルフであった。
「ただいま」
「お帰りなさい坊ちゃん。また大きくなられましたね」
エルミーが学園から帰郷し家に着くと、ゴトリーが出迎えてくれた。
ゴトリーはエルミーの父である『強欲』キールの右腕で、スカウトギルドの副ギルドマスターだ。
スカウトにも関わらずお人よしの善人で涙もろい。だがキールに心酔しており、キールに死ねと言われれば即座に死ぬであろうほどの絶対的忠誠を誓っていた。その忠誠はキールの息子であるエルミーにも及ぶ。
敬語はいらないと何度言っても直さないため、エルミーはもはや諦めている。
「親父は?」
「例の件の情報集めで少し出ています。本日はミザウェル様が来られて、三人で一緒に夕食を取ろうとのことですよ」
ミザウェルはエルミーの母、キールの元妻だ。エルミーを産んですぐ離婚したがエルミーのことは溺愛しており、時々キールの家やスカウトギルドに顔を出す。
「他に何か御用はありませんか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
エルミーの出迎えが済んだゴトリーはスカウトギルドへ戻っていった。
エルミーは自室で荷物を置き、ベッドに横になり天井に向かい呟く。
「魔王が復活したというのは本当なのか・・」
夕方になり、エルミーの親二人が一緒に戻ってくる。キールはまだミザウェルに未練があるようだが、ミザウェルはキールを嫌っており、必要な時以外に一緒にいるのは珍しい。
「親父、帰ったよ」
「お久しぶりです、お母様」
エルミーは両親に挨拶する。二人の教育方針が全く違い互いに譲らないため、父と母への言葉使いも別々になってしまった。はたから見れば奇妙な光景だが、エルミーはもう慣れていた。
「おうお帰り」
「ああ、私のかわいいエルミー、元気でしたか?」
父親は軽く手を挙げる程度の挨拶。母親はエルミーをハグしてなかなか離さない。
「私は大丈夫です。お母様こそ大事ありませんか?」
「心配してくれてありがとう。久しぶりにエルミーの顔が見れて元気いっぱいですよ」
「早いとこ食事にしようぜ。この後用事もあるんだ」
キールは空気を読まずに言い放ち、ミザウェルに睨まれる。
「北から複数の報告があった。魔王が復活したのは間違いないようだな」
食事が始まってからしばらくして、キールが切り出す。
「やはり・・」
エルミーの通う学園も理由を言わず突然休校を発表したため、帰郷してきたのだ。
「今回復活したのは、親父が戦ったのと同じ魔王なのか?」
「いや違う。北は長いこと眠ったままだった。前の討伐の記録も残っていない」
「勇者様の召喚は?」
「今回はバーガラ王国の持ち回りだ。魔王城と隣接してるからまず呼び出されるだろう」
「新しい勇者召喚か・・」
エルミーは胸を弾ませる。
「それにケンジの奴もやる気になっている」
「え? ケンジ様が?」
ケンジはキールが従者として仕えたかつての勇者だ。
「勇者様の力は時間で失われてしまうんじゃ?」
「そうだ。勇者の力は失われている。だが、ケンジが作った装備は残っている」
先々代の勇者であるケンジのユニークスキルは『クラフトマン』というもので、
強力な武器や防具、装備や道具を作りだす能力であった。
本人のスキルが使えなくなっても、作った装備や道具は力を失わず今も残されている。
「けどケンジ様は親父より年上だろ?」
「ケンジは歳を取らない。勇者召喚のときのギフトでな。人付き合いが面倒だと隠れて暮らしていたが、それも飽きたんだろう」
「そうだったのか・・じゃ俺もケンジ様に仕えられるんだな」
「お前じゃまだ未熟だ」
「そんなことはない! 俺だって勇者様の従者になる。そのために努力してきたんだ」
ムキになって反論するエルミーと
「あなたがエルミーと同じ年齢だった頃はただのスリでした。エルミーの方が能力は断然上です」
ミザウェルもエルミーをかばう。
「ちっ、二対一じゃかなわんな」
その後の食事は静かなままで終わった。