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夏の成長と夏の後悔

作者: 春蘭まる

影が短くなる季節

チリチリと響き続ける短い声


僕の大好きな季節

だけど嫌いでもある季節

毎年この時期に思い出す



ごく平凡な野球少年

4人家族で2人兄弟


父親が僕らに与えてくれた

バットとグローブとボール


それだけで毎日遊びまわっていた


実力は全然無い

ただただ好きで毎日野球をしていた


疲れて帰ると風呂の取り合い

とにかく直ぐに洗いたい


弟を何度も泣かせた

1番風呂を勝ち取り続けた


母親の料理を頬張って

学校からの宿題をして

テレビを見たら眠りにつく


側から見ても良い家族

自慢の家族だった


高校に入ると

いつでも家に父親がいるようになった

テスト期間中で早く帰っても家にいた

何も言わないので聞かなかったがずっと不思議に感じてた

というよりは何となく察しはついていた


ある日父親から報告があった

会社を辞めてやった!!

豪快に笑いながらいかにも関西人の親父っぽく言われた

全員察したクビになったな


母親の体はあまり強くなかった

皆でどうすんねんっ!と笑って突っ込みながら

高校生の僕はシッカリしないとと思い始めた


母親がパートを始めた

僕もバイトを始めた

弟は中学生 自由に毎日楽しそうだった

父親は家にいる

何をしてるのは分からなかった


テスト期間中早く帰った自分に父親が言った

久しぶりにキャッチボールをしよう

テスト勉強もあり渋ったが

親父とキャッチボールに出かけた


夕方の夏手前の時期

そんなに久しぶりな気もしなかったけど

父親のボールの力に何か思うことがあった

当然もう僕の方がボールは早い


父親が帰り道話をしてくれた

親父の会社は消費者金融業で

貸金業の改正で難しくなったと

なので退職金を貰って撤退したと


初めて聞いた

もう大人なんだからなと

頼られてる気がした


家に残されたローンや

これから親父が仕事をどうするか

やりたい事はあるのかとか

何気ない会話かもしれないが、

ハッキリと大人を意識した事を覚えてる


体の弱い母親が働き

親父はしばらく休むと何もせず家にいるだけだった

代わりに僕がバイトをしながらたまに

兄弟で家事を手伝った


大人の意識を持ってから

家で何もしない父親に腹が立つようになってきた

テスト期間で早く帰った際また言われた

キャッチボールでもするか!


思春期真っ只中 

意味も無いイライラも重なり

やる訳無いやろと強く当たった

そんな僕をみて弟も同じ態度をとるようになった


母親はずっと我慢してたのだと思う


ある日母親が倒れた

朝方朝食を作ってる最中に倒れた


側にいた弟の泣き声で目覚めた


学校を休み病院で汗だくになりながら

親父と弟と覚悟を決めようと話してた



それから親父の態度が変わった

家事をするようになり

コンビニでバイトを始めた

母親は退院後またすぐに

パートに行くようになった


どこかで母親が倒れたのは

父親のせいだと思ってた



ある日父親に内緒で母親が犬を飼ってきた

パートの無い日、父親と家に2人でいるのが

ストレスに感じてたのだろう


母親に癒しができた

父親にも癒しだった

名前は「らん」と「りん」

2匹ともロングコートチワワ


大人しい「らん」と活発な「りん」


何気なく雰囲気の悪かった家庭が明るくなった


僕は東京に就職し

弟は実家に残って就職をした


ある日無理がたたったのか母親が倒れたと連絡があった


不謹慎だけど、もう慣れっこだ

父親も態度を改め母親を助けていたし

弟も泣く事なく支えていたし

僕だけが金銭面の援助しかできなかった

しばらく会いに行けてないのがもどかしかった


よく母親と電話をするようになった

また、弟と父親がたまにキャッチボールしてるよと

東京での就職を選んだのは自分で

今の仕事も充実している

けど、少し何かがずっと引っかかってた


仕事が落ち着きやっと夏季休暇で

実家に帰る事ができた

母親はあからさまにやせ細り

親父は白髪まみれになっていた


自分はどれだけ帰って来てなかったんだろう

実際は3年ほどだったと思うけど

もっと長く感じた


夏といえばキャッチボール

半ば強引に誘い父親とキャッチボールをした

もうボールに力なんて無い

塁間ほどぼ距離でゆっくりと投げ合う程度


その夜一緒にお酒を飲んだ

自分が料理を作り振る舞った

誰よりも体が弱ってる母親

白髪まみれの親父からは

東京で元気にやってるか?

自分の心配の言葉ばかり


みんなが寝てからも少し一人で飲んでた時

親父が戻って来た

親父に今までの思いを始めて打ち明けた


東京に行かない方が良かったか

母親の体調は大丈夫か

無理はしてないか

自分が東京に出たのは間違ってたのか・・・



親父も思う事があったのだろう

しばらくの沈黙の後、酔い覚ましように水をコップ1杯分一気に飲み干して

いつもとは違う真面目な表情で話し始めた



俺は一生懸命働いて家族を養ってきた。

時にはしんどいことや逃げたことも多々あった。

でも、続けて頑張れてこれたのはお前が生まれてくれたから、

頑張らないと立派に育ててあげたいと、

幸せになってほしいと心の底から願っていたからこそ

頑張ってこれた時期がある。


お前に迷惑をかけてる自覚もあるが、

イチ人間として、いろんな夢があった。

逞しい男の子を授かってキャッチボールするのが夢だったし

息子と酒を交わしたりするのが夢だったんだ。


お前はその夢を叶えてくれた。

子供は親の夢を叶えてくれた。


今まで母ちゃんと色々相談したりぶつかったりしながら必死に育てきた。

立派に元気に育ってくれた。

それが間違ってたとは一切思わない。

お前がその道を選んだのであれば、それは正解なんだ。

どの道を行ったとしてもお前が申し訳ないと思わなくていい。

これが正解なんだ。俺たち夫婦がちゃんと育ててちゃんと選んだ道なら正しい道なんだよ。

親不孝な息子なんて一切思わなくていい。俺たち夫婦は心の底から息子の幸せだけを願ってる。



涙が止まらなかった



どこかで、

母親に迷惑をかけた父親

いつもチャランポランの父親と思ってたのかもしれない


普段の態度で自分が愛されてることは気づいてた

大人なってから気づいた父親は偉大だった


眠りにつこうと寝室に移動した

片付け忘れたのか母親の日記が部屋に置いてあった

たまにしかしない電話の日には必ずその事が書いてあった

何も無い日は日々の不満

電話があった日は字だけでも分かるほど

幸せな感情で溢れてた


両親から貰った愛情を

周りの人にも分けていこう

仕事を頑張ろうと思えた日だった



休暇が終わり東京に帰ってすぐ



父親が倒れたと連絡があった


母親は家庭の事もありパートを休めず

弟が付き添っていた


大事には至らなかったが

またすぐに母親が倒れた

母親は胃がんと肝硬変を患っており

もう長く無いとはっきり言われた


自分にはわからない我慢があったのだろう

初めて弟から泣きながら連絡があった


母親から味覚がなくなっていたらしい


自分の母親は料理が得意でよく同級生を連れて来ていた

周りからも評判で自慢だった


そんな母親の料理が不味くなり

親父も弟も気を使って美味しいと言いながら食べていた

そんな日々苦痛が溜まりに溜まり連絡して来た


何もしてあげれなかった

世の中はコ感染症で帰省ができない状況だった

何もできず不甲斐なかった


感染症の時期に母親が亡くなった


毎年この暑い季節になると思い出す

何気ないキャッチボールの日々

母親も暑い夏の日に亡くなった


夏の思い出が成長させてくれた

夏の思い出が後悔をくれた


影が短くなる季節

チリチリと響き続ける短い声


今でも一番好きな季節


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