大蛇
月曜日、出社早々上司や同僚に声を掛けられる。
「良かった、無事だったのだな」
「あの時間に退社したから心配していたんだ、無事で良かった」
「心配お掛けしました」
上司や同僚が言っているのは私が通勤に利用している駅で起こった、大惨事の事。
ホームで電車を待っていた人たちが突然、示し合わせたように電車の前に飛び込むという前代未聞の出来事があったのだ。
テレビや新聞ではコメンテーターや解説者等が、集団ヒステリーではないかと憶測を交じえて語っていた。
事故が起きる寸前まであのホームにいた私はあの事故が集団ヒステリーなんかでは無い事を知っている。
だけど見た事を正直に話しても誰にも信じて貰えないだろう。
寧ろ、頭がおかしくなったのかと言われる可能性の方が高い。
だから絶対人には喋らないが、独り言なら良いだろう。
金曜日の昼間、お得意様の接待ゴルフの日程を決める為、共に接待に赴く常務取締役のところに行った帰り、秘書課に在籍している妻の幼馴染みで私の大学時代の後輩に出会った。
以前より顔色が悪いので聞いたら、夏バテになり食欲不振で体調が優れないと言う。
私と妻が結婚する前は妻のアパートに入り浸り食事をご馳走になっていたので夏バテに縁が無かったらしいが、私と結婚したのでお邪魔するのを遠慮した結果夏バテになったとの事。
それを聞いて私は家にご飯を食べに来るようにと誘う。
家は大家族で偶に家族の誰かが友人等を連れて帰る事もあり、何時も数人分余計に料理を作っているので彼女を連れて帰っても何ら問題は無い。
帰りに待ち合わせ彼女と共に駅に向かう。
駅に着き改札口を通り階段を下りホームへ、階段を下り切る前にホーム下の線路を見た彼女が、「ヒィ!」と悲鳴を上げ私にしがみついた。
「どうしたんだ?」と彼女に聞きながら彼女の肩を掴み引き剥がそうとしたら、彼女は腕を伸ばし「あれが見えないのですか?」と言う。
指し示した場所に目を向けると、透明な大蛇がいた。
彼女は霊感があったので大蛇が見え、私は彼女に抱きつかれた事で同じように大蛇が見えたのだと思う。
大蛇は爛々と光る目で周りを見渡しホームにいる人の身体を咥え、身体から透明な何かを引きずり出し飲み込む。
多分あれは人の魂なのだと思う。
何故かと言えば、透明な物を身体から引きずり出された人の目から光が消え濁った目になり、感情の無い人形のようになっていたから。
大蛇を見て私は彼女を引き剥がすのを止め、逆に抱き締めた。
大蛇の爛々と光る目が私達を捉える。
私は無我夢中で彼女の腕を掴み、上下線共にホームの前に入って来た電車の前に次々と身を投げる人たちの衝撃音を聞きながら、階段を駆け上がった。
これも多分だが、大蛇が魂を抜いた人たちの身体を粉々にして証拠の隠滅を図ったのだと思う。
私は彼女の手を掴んだままラブホテル街を突っ切り私鉄の駅に向けて走った。
これが私が体験した金曜日の出来事なのだ。
ま、信じる信じないは貴方次第ってところかな。