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其のトゥース

「森乃さん、おつかれ様です。ようやく本作品の前半ハイライトに入りますね」


「ええ。連載開始当初はまさかここまで夜もヒッパレになろうとは…」


「今回、森乃さんは入社5日目にして『ゲーム会社』にクビになるわけですが、その原因は何だったんでしょうか」


「結論から言いますと、理由は明かされなかったので分かりません。ただ思い当たるフシはあります」


「それは何でしょうか」


「雇用契約書でモメたんですね」


「雇用契約書?」


「ええ。労働の条件、つまり給与の額、有給日数、福利厚生とか、そんなことが書かれたものです。ふつーは入社前に交わすものですが、死の奴隷商人ハイエナさんの会社と、この『ゲーム会社』はいくぶんハゲ、いや、ズレておりまして、入社後に交わすことになったんです」


「では、その雇用契約書の内容でモメたということですか…」


「ええ」


「具体的には?」


「それはけっこう込み入った話になります。なので読者さんには申し訳ないんですが、まあがんばって説明しましょう」


登場する人物・団体


ハイエナさん…死の奴隷商人。クマさんを「ゲーム会社」にねじ込んでくれた立役者。法律に詳しく弁も立つが、クマさんのイメージ的には、こざかしい悪代官。


ワニさん…クマさんの上司。香港人。日本語・英語・中国語(普通話・広東話)ペラペラ。面接時はハードコアゲーマーの設定だったが、一緒に仕事をしていくと何も分かってないことが判明。かなりの美人。キレると一方的にまくし立てる。


ラマさん…クマさんの同僚。香港人。ワニさん同様いろんな言葉が喋れる。日本語はクマさんより上手い。ゲームのパブリッシングの経験が豊富にある、という設定だったが、今はもうよく分からない。「10分後に会議があるので、今少しなら大丈夫です」と電話口で言うが、そんな会議はない。小動物みたいでカワイイ。


ハゲタカさん…クマさんが「入社」した「ゲーム会社」と提携している商社(版権あーだこーだで知られるアノゲーム会社の系列)の御仁。マシンガントーク。電話に出ればいつも言質を取られ、よくわからん約束をさせられるのでクマさんは苦手。


四日目


いったい雇用契約書はいつになるんだと思っていたところ、ようやくできたので確認してほしいとの一報が届く。


ようやく来たかとクマさんは思った。普通なら入社前に交わすものだが、まあいい。同僚はみんないい人だし、音の攻撃さえなければ、居心地のよい場所だ。


そうしてクマさんは雇用契約書を確認すべく、ワニさん・ラマさんとの面談に臨んだのであった。


ワニさん「クマさん、英文契約書できたので、ちょっち確認してくれるかしら?」


クマさん「あ、ありがとうございまーす。でわでわ、拝見しますね」


30秒後。クマさんの夢心地がガラガラと崩れ落ちる。なんじゃこりゃあああああああああ!!!!!


説明しよう!


コレを契約書とおっしゃる。マジクマ?ココまでデタラメな契約書、クマさん初めて見ましたよ。「ボーナスは会社がつぶれた翌年に支給される(ほぼ原文のまま)」会社がつぶれたらどうやってボーナス支給するんでしょうか。「本ポジションは新作ゲームの立ち上げからプロダクトサイクルの終わりまで監督し、なんたらかんたらのなんたらかんたらで、翻訳についても全責任を持ち、LQAもやり、あれもこれも…(ほぼ原文のまま)」よくもそんだけ書いたものよ。話が違うクマ。それ一人分の仕事量かい。


この他にも遅刻したら罰金ねイッシュな条項とか、大量の文法ミスとかもあって、一瞬クマさんはパニックになったのであった。


クマさん「あのう、ワニさん。この契約書ってどなたが作成したものなのでしょうか」


ワニさん「(ドヤ顔で)弁護士です(キリッ!)」


クマさん「(ウソこけ。弁護士がこんなデタラメ書くわけないだろ)はあー。なるほどですねー」


クマさんは思い悩んでいた。素人目にも分かる数々の瑕疵(別名:欠陥)をいちいち指摘してよいものだろうか。ここは礼節を重んじる日本人、あまり相手のメンツをつぶしたくないのも正直なところではあった。だが、こんな幼稚園児の落書きみたいなものに署名したら、あとが怖い。勇気を奮い起こしておかしな点を逐一指摘していった。


クマさん「あのーう、ワニさん。この契約書ちょっと変じゃないでしょうか(この言い方、クマさんの涙ぐましい配慮をフルに感じ取ってほしい)。例えばここ「ボーナスは会社がつぶれた翌年に支給される」って書いてありマスヨ…」


ラマさん「ああ、それは私ラマさんから説明しましょう。そのボーナスというのは支給されるものであってですねー、そのー、翌年にですねえ、払われるんですねえ。毎年一回払われるんですよねえ」


クマさん「でも、会社がつぶれた翌年に支給されるって意味不明じゃないですか」


ラマさん「あーそれはですねえ、そのう、会社の”会計年度”が終わったあとに払われるという意味でしてねえ」


このときクマさんは言いようのない違和感を覚えていた。ラマさんの”会計年度が終わったあとに払われる”という言葉は正しい。本来ならそうだ。つまり、契約書には”Final Year((会社の)最後の年)の翌年” とあったが、正しくは”Financial Year(会計年度)の翌年”と書かれてなければならない。端的に言うなら、”Financial Year”とあるべきところが”Final Year”となっていたのである。


その何がヘンかって?ただの誤記ではないか?いやいや違うんです。不自然な点はですね、多言語ペラペラで、契約書も難なく読めるはずであろうラマさんの、日本語での説明は正しいのにも関わらず、なぜか英文契約書の問題点を指摘できないところ、なのです。


もっと言うと、日本語では正しく「会計年度」だと言えているにも関わらず、いつまでたっても、契約書に書かれた”Final Year”は”Financial Year”の誤りであると指摘できない点。


クマさんに見えるものが、ラマさんには見えてない。


「森乃さん、ストップ」


「何でしょうか」


「ちょっと話が難しくて、よく理解できないのですが…」


「でしょうね。こうやって書いている私にもいまだ理解できません。私はただ起きたことをありのままに描写しているだけです」


「……」


「英語ペラペラのはずが、英文契約書にある明らかなミス(「ボーナスは会社がつぶれた翌年に支給される」)を具体的に指摘できない。なのに、日本語で説明するときにはスジが通った説明になる、というところがクマさんにとっては意味不明なんですよね。なぜ「Final」を「Financial」にさっさと直さないのか、いや直せないのか…」


「なぜだと思います?」


「キーワードは『何を言っているのか分からない』かもしれません」


「その文章の主語は『あなた』ですか?」


「いいえ。まったくの逆です。『自分が何を言っているのか分からない、理解できてない、だけど喋れる』そんな感じです」


「うーん。難しいですねえ」


「つまり、私の仮説によるとですね、ラマさんは多言語を喋れるんだけれど、実際、自分の喋っていることの意味はまったく理解していない。声優を例にして説明しましょう。声優はセリフをしゃべれる。しかし必ずしもセリフの意味まで理解しているとは限らない」


「もう少し分かりやすく教えてください」


「では編集さん、『ネバー、エバー、エバー、エバー、サゥレンダー』とおっしゃってください」


「ネバー、エバー、エバー、エバー、サゥレンダー」


「今編集さんは確かに『ネバー、エバー、エバー、エバー、サゥレンダー』と発声できましたよね。でもその意味はお分かりですか?」


「いえ、英語はあまり得意ではないもので」


「これが『発声できるんだけれど、意味は分からない』ということです」


「でも、ふつう自分で理解できない言葉を流暢にしゃべりますか?」


「まさにそこなんです。私にはその仕組みがまったく分かりません。もしかするとラマさんは高性能コンタクトレンズを着用していて、そのコンタクトレンズにセリフが表示される。ラマさんはそのセリフをあたかも自分の言葉のように喋るが、その実、自分では理解できないセリフを読んでいるにすぎない、なんてのが当たらずとも遠からず、ではないかと私は考えています」


「もう一気にサイエンス・フィクションの世界ですね。つまり、外部から送信されてくるセリフを読んでいるだけだと。ではラマさんは、多言語を発声できるが理解はできない声優、ということになりますね」


「ええ、そんなところです。内容は理解できないが音だけは発せる。だとすれば、簡単な英文契約書の誤りを指摘できないのも合点がいきますよ。文字を読んで理解することができない、と仮定すればね」


「つまりは操り人形、ということですか」


「まさしく。最近はそういう不自然な人たち(もしかしたら人間でない高性能ロボット?)によく会うんで、名前を付けました。ブラッディー・パペット(Bloody Puppet)です」


「ブラッディー・パペットですか、なんかカッコいいですね」


「いえいえ、あえて日本語に訳せば『デクノボウ』といったところなんで、あまりキレイな言葉ではありません」


「話を戻しますが、要はクマさんがラマさんと話すとき、少なくとも3人いるということですね」


「はい。一人目はクマさん。二人目(または高性能ロボット)はリアルタイム伝令のラマさん。三人目はそのラマさんを影で操る悪代官。その悪代官はおそらく人事の経験が豊富で日本語は上手だが英語はあまり上手でないと推察します」


「なるほど」


とそんなこんなでクマさんはちまちま契約書の欠点を指摘していった。給与の一部に「出社ボーナス(Attendance Bonus)」が組み込まれていたが、そんなの聞いてない。名前はボーナスだが、実際には遅刻したらもらえる給与が減るんだから、ボーナスじゃなくて罰金じゃないか。基本給に条件を付けるんじゃない。労働者の権利を侵害するような罰金システムなど到底許されない。百歩譲って法的にはアリでも、そんな後出しジャンケンクマさん認めない。


しかもこの職務内容は何か。てんこ盛りのモリモリではないか。ラーメン二郎もびっくりのモリモリである。クマさん過労死コースかこれは。


という感じでオラオラオラオラとツッコミを入れていたら、さすがにワニさんもまずいと思ったのか、じゃっ、この契約書はなしってことで、とビリビリ紙を目の前で破いていくではないか。「弁護士が作成した契約書」ならば費用もそれなりにかかっているだろうに。そんな「高価な物」を目の前で破くなんて、なかなか肝が据わっているワニだ、とクマさんは思ったのであーった。


そしてついに運命の5日目…


「はーいタンマ―、クマさん活動限界でギブアーップ!」


「今日は珍しくがんばって書きましたね。続きは次回でいいでしょう。ちなみに森乃さん、この『専門家のフリをするが実際には何も理解していない伝令ロボットクン』理論は、いつごろ構築されたんですか。最近?」


「これはですね、人生の節目節目で感じていたことなんです。相当な確信に変わったのは……AlphaGo(アルファ碁)の実況を観ていたときでしょうか。まあ詳しくは語りませんが、その実況中にとっても不可解な現象が観られましてね。詳しくは語りませんがね」


「(語りたいけど書くのメンドイから省略するパターンだなこれは)」


「読者のみんな、いつも読んでくれてありがとうな。じゃ、次回をお楽しみに!」


〈つづく♪〉


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