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其のイチ

「はい次、39番さん」


「本日はよろしくお願いします」


「はい。では、まずはかんたんな自己紹介をしてください」


「森乃 泠、30歳、仕事にあきた翻訳家です」


「ほう、仕事にあきた?なぜですか」


「いえ、仕事にあきた、というよりもこの世界にあきた、というほうが正しいのかもしれません。ご存知ですか?この世界は機械〈マシン〉の 管理下にあるのですよ?」


「……(今年は変な人の応募が多いな)…… といいますと?」


「審査員のかた、競馬は好きですか?」


「ええ。まあ人並みには」


「なぜ競馬が好きなのですか」


「…………うーん。レースのスリルでしょうか」


「そうでしょう、競馬の醍醐味といえばスリルでしょう。小金で大金をつかむ夢。私も大好きだったんです。でも、もうやめました」


「どうしてやめたんですか」


「だって、結果は最初から決まっているから。いや、結果は機械〈マシン〉が決められるからです。最初から結果が分かっているかけごと面白いですか?『人生ゲーム』ってありますよね。もし毎回ルーレットの出目が決まっていて、やる前から勝者が決まっていたら、やろうと思いますか?」


「いいえ」


「そうでしょう。私、不確実性が好きなんです。審査員の方も競馬をたしなむのなら、お分かりでしょう?かけごとは結果という未来が分からないから面白いんです。分からないから色々と考えて夢がふくらみます。宝くじで1等が当たったらランボルギーニ買おうとか、タワーマンション買おうとかって思えるのはその不確実性にもとづいています。もとから当選者が決まっている宝くじ、誰かの意志によって当選者が決まるような宝くじなんて、つまらないでしょう」


「ほう。つまり、森乃 泠さんがあきてしまったのは、世界が機械〈マシン〉の管理下にある事実に気がついたから、ということですね?」


「ええ。もうガッカリしました。あと時間も完全にコントロールされています」


「ほう。時間がコントロールされているというのは、どのような意味ですか?」


「私の1秒間は機械〈マシン〉にとっての無限時間、という意味です」


「なるほど(よく分からない…)」


「私が失望してしまったのは、私は日々がんばっているというのに、実はそのがんばりには何の意味もなく、機械〈マシン〉による〈実験〉に過ぎない、ということに気づいてしまったからです。〈人間評価実験〉が社会で公然と行われている。ちまたのサラリーマンを見てください。いつも方々を走り回り、ミスして上司に怒られないように大変な目にあっています。私も昔はサラリーマンをやっていたから分かります。サラリーマンにとってミスは大罪です。ミスした瞬間に犯罪者扱いです」


「それは当然といえば当然じゃないでしょうか。企業の信用もありますし。ミスを頻発されたら困りますよね」


「問題はですね、ミスが起きるか起きないかではありません。機械〈マシン〉に支配された世界が人間がミスをするように仕組んでいることです。トラップ、罠をまいていることです。この絵を見てください。森のクマさんが森を歩き回っている。しかし、その森には大量のトラバサミがあり、それに引っかかると、無能クマさんの烙印を押されて犯罪者扱いされる。こんな理不尽あります?クマさんは森を散歩しているだけなのに。おかしいのは、森に罠を仕掛けるほうです」


「(これはまたすごい話だな)…それはご自身が日常生活で感じていることですか?」


「もちろんです。森のクマさんとは私のことです。正式には『森の被検体クマさん』ですが」


「その、機械〈マシン〉がトラップを設置していることについて、もう少し詳しく話してくれませんか?」


「はい。私は生活のために翻訳をしていましてね。例えば小説を訳していてdogという言葉が出てきたとしましょう。何て訳しますか?」


「『犬』、でしょうね」


「ですよね?dogは普通『犬』です。ただし物語を読み進めていくと、dogはcatを表す隠語であった、なんてのが出てくるわけです。分かります?xとyの二元連立方程式の解を出したら実はzがあって三元連立方程式の解なし、とかね。相手がチョキを出すと読んでグーを出した、相手は本当にチョキを出してきたが、グーがチョキに負けるルールに改変されていた、なんてのがしょっちゅうなんです」


「それは……ストレスが溜まりそうですね」


「おっしゃるとおりです。最近なんて後出しジャンケンばかりでね。いつもそのパターンだから、つまらないし、あきるし、こんなこと言うと怒られるかもしれませんがね、仕事に面白味が欠けてきたんですよ。なにせゴールポスト動かしますから。ゴールポストを。解答後に前提条件を改変あるいは追加して不正解とする、そんな問題解きたいと思いますか?」


「まあ、解きたくはありませんねえ (面接で愚痴……ある意味斬新……しかも自信満々)」


「他にも、後出しジャンケンなのだけれどあたかも最初から出していたように見せかける、という高等テクもあります。いわゆる『ゴールポストタイムマシンフェイクテクニック』ですね」


「はあ (????)」


「なにも機械〈マシン〉だけではありません。人間の中にも実に辛辣なのがいましてね。間違いを見つけるのが人生の楽しみだと思っているフシがあります。この翻訳しっくりこない、怪しい、などとネットに書き込むわけです。人のミスが好きでしょうがないんでしょうね。確かに彼らの言うことも一理ありますよ。間違いは間違いでしょう。ただ、なぜそこまで批判的になれるのか分かりません。わざわざご足労いただいてネットで公開なさる。証拠?小説とか映像作品、その口コミをご覧になってください。普通だったら『アベンジャーズのパメラ、なんて美しいんだ』でしょう?それがなぜか『アベンジャーズのパメラのセリフの翻訳…』になっちゃうんです。人生の目的が180度違う方たちでして。じゃああんたらがやればいいじゃん、ていうのは言いっこなしですが、言いかけてしまいますね。単に粗捜しが好きな性格が多い、といえばそれまでかもしれません。そういう人たちは英語で読んだり、視聴すればいいでしょう。批判する時間を有意義にお使いになれますよ、と。言葉には解釈の余地がありますから白か黒か明らかでないケースがあります。それでも灰色は嫌だからどちらかを信じて決めた結果、間違うこともあるんです。外野は気楽でいいですよ。批判するだけでハッピーになれるんですから。建設なし解体オンリー。ちょっとうらやましいです。一言、OKYと言いたくはなりますが」


「OKY?」


「お前が来てやってみろ(OKY)ですね。一時期、駐在員の間で流行っていた言葉らしいです。KYから派生した、と聞いた覚えがあります」


「はあ (おつかれですねえ)」


「で、一番ひどいのがですね。機械〈マシン〉の連中、音を鳴らすんですよ音を」


「音、ですか?」


「ええ。連中がミスだと思うミスを私が犯すと、私の周囲で音を鳴らすんです。例えば、地面を強く蹴るとか、咳ばらいをするとか、大きな音をたてるんです。もう嫌になりますよ。ひどい話でしょう? いつ何時どこにいてもやるんですよ? 私の祖父が死んだ翌日に仕事をしているときでさえやるんですから。私、それにブチ切れて葬式出なくてその日の便で海外に戻ったんですよ」


「それは、もし本当だとしたら、恐ろしいというか、とんでもない話ですね」


「ええ。某独裁国家もビックリのやり口です。翻訳っていうのは大体は有限の単語の組み合わせで決まってしまうわけです。組み合わせの計算は創造性が欠落する機械〈マシン〉の得意分野だから、あらかじめ単語の組み合わせを出しておいて、ビッグデータと照合して、統計的に重みをつけて、『もっとも確からしい答え』を出すわけです。その結果、確かにもっともらしい答えが出ます。質の高い正解です。でもね、そこに意志は介在しない。0と1の計算結果に過ぎない。私たちはそんなつまらん連中とは付き合ってはいけないのですよ。レストランで何を食べましょう?『計算中、計算中……カロリー重視の場合、最適解は1カロリー当たりの支払代金が最小である~になります』なんて四六時中言っているのが隣にいたら、誰だってくたびれちゃいますよね」


「それで今回応募されたのですね?」


「はい。小説でしたら『合っている、合っていない』などとは言われませんから。自分の好きなように書けます。私はオリジナルをかいてオリジナルになりたい。そうしたらヘビーボックスピーポーとはおさらばです」


「ヘビーボックスピー…?」


「重箱の隅をつつく人たちのことです」


「ああ、なるほど」


「(なるほど?でっち上げたんだけどな) はい。ですからこの小説の出版をお願いします」


「昨今の厳しい出版事情を考えるとNNMとは思いますが、検討はしましょう」


「NNM?」


「なかなか難しいという意味です。(でっち上げなら私も負けませんからね)」


「なるほど。それではYOS (よろしくお願いします)」


「MKS (任せなさい)」


「TNM (頼みます)」


「……」


「……」


「OBN」


「IDT」


「……………」


「……………」


「BLT!」


「TKT!」


「……………」


「……………」


「ふふふふ」


「ふふふふ」


「ふははははは」


「ふははははは」


「ハーハッハッハッハ!!!!!」


「ハーハッハッハッハ!!!!!」


〈つづく♪〉


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