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今日から学校と仕事、始まります。②莞

かんなりはんなり

作者: 孤独

【かんなりはんなり】

【かんなりはんなり】


「……………」


床に置いた白い紙の前で、筆を構え、頭に浮かんだ8文字ほどの呪文を書いていく。


【かんなりはんなり】

【かんなりはんなり】


最初に呟いた呪文はとても言い辛く、上手くは続かなかった。だが、何度も嫌がらずにそれを口ずさんでいけば、良いリズムが出てきてくる。そのリズムに合わせて、筆で書いていく。

丁寧に呪文を1文字ずつ記入していく。

呪文はもう一定のリズムに乗って口ずさめるのに、筆で描いた字の形は安定しない。ひらがなというのは案外難しい字だ。


「うむ」


しかし、習字というのは集中が合って、初めてできる事。

字の乱れは精神の乱れ、震えと言ったところだろうか。まだまだ、この老体も修練が足りていないという事だ。


「駄作だ」


そんな呪文を書いていた鮫川隆三は、紙に書いた事実を大切に保管している。習字をするとき、決まったテーマは特に設けず。いかに浮かんだ文字を正確に書けるかを考えているだけだった。

鮫川のそんな趣味というか、一種の精神チェックが妙な事件を生んでしまった。



◇         ◇



「鮫川組長が遺書を書いている……だと?」


ここは鵜飼組。平たく言えば、日本のヤクザの一派といった組織。武力勢力でもあり、日本だけでなく、世界でも有数の武力を持った集団だった。

鮫川隆三はそこの組長であった。


「そうみたいですよ、光一さん」

「あの爺は体をサイボーグ化させてまで、生きようとする爺だぞ。遺書なんて書くかよ」


部下であり、鵜飼組の幹部でもある。山寺光一と伊賀吉峰にとっては、あの鮫川が死ぬという現実が浮かんで来なかった。だから、遺書を書く姿が想像できない。


「ぜってー、遺産とか権利を渡さねぇタイプだぞ。あのクソ爺」

「そーですよね。鮫川組長に限って、死ぬはないでしょ」

「死期が仮に近くても、遺書なんか書くわけねぇ」


かなり話しは冗談に進んでいたのだが、話は徐々に尾ひれがつく。鵜飼組の内部では結構なネタにもなった。


「鮫川組長、隠し財産はヤバイらしいぜ」

「次期組長は鮫川組長のお気に入りの天草らしいぞ」

「山寺光一は嫌われてるから冷遇だろうな」


未来を見据えて、後継に託す準備がある。

死が先に来るより引退だろうと、部下達の中では話題になったが。当の本人にその話しが行くと


「そんなわけあるか。儂は死ぬまで現役じゃ」


尾ひれのついた噂話が広まるなど、なんとも情けないことだと思っていた。

とはいえ、噂話に事実もある。


「でも、なんか真剣に筆使って紙に書く姿を見られてますよ。遺言ですか?」

「そんなもん、儂が書くわけないじゃろうが!天草!儂が死ぬと思っとるんか?」

「いや、そーいうつもりは……」

「……光一達を集めろ。ちゃっちゃと収拾つけるわい」


隠したってしょうがないから部下達に自分がやっていた事を伝える事にした。

それはもうシンプルに


「儂はただ習字をしとるだけじゃ!まったく、勘違いしおって!」

「それならいいがよ。爺だから、ちょっと信じてたぞ」

「でしたら、作品を見せてもらってもいいですか?ただの興味ですけど」

「構わんぞい。伊賀」


恥ずかしい作品という気持ちはなく、自分としては精神管理を行なうための習字だった。終わってしまった事に意味はないため、部下達の前で鮫川はおよそ100枚くらいの作品を配って、見せるのだった。


「なんじゃこりゃ、意味分からん」


色んな文字が乱雑に書かれているだけが多く。読む事もできないものばかりに、光一は本人の前で平然と感想を言う。あくまで習字。意味よりも字の1つ1つの完成度が大切だと、鮫川は考えている。精神状態が良いときは、どの字も形が綺麗に整っている。


「上手いですね、鮫川組長」

「さすが鮫川組長」

「過去を褒めても意味はないぞ。見つめるのは今じゃ」


そーいう自論。綺麗に話しが纏まったかと思ったら、その作品の中に出てきた。

ちょっと文字のバランスが悪く



【光一生意気死ね】

【伊賀胡散臭い】

【天草もっと勉強しろ】



今じゃあ、ツイッターだのSNSだので、その手の文句や落書きは当たり前。だが、こうして習字という作品の形で、部下共の悪口を書いていたのはあまりいないだろう。どんな手段でも捌け口は必要で、スカッとすれば頭を切り替えられる。

とはいえ、本人達にこうして見られるとなると、気まずいものだ。


「まぁ、儂の作品に意味はなかろう。保管箱に戻すぞい」

「おい、クソ爺。一戦やるか?陰気臭いことしやがって」

「まぁまぁ、光一さん。抑えてくださいよ。あなただって普段から、鮫川組長の悪口を言ってるんですから。文字にしてただけ、マシじゃないですか」

「でも、文句にしている字も上手いっすね」


字の形でその時の精神が分かるが、その時の字の意味で、感情が分かってしまうのだった。


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