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同じようで違うこの世界でも、教職が大変だという事実は変わらない

作者: ツム太郎

ふと頭に浮かんだ内容を書いてみました。ピンときた方は、評価とかしてくれたら嬉しいです。


「ちょっと青柳先生。いい加減にして下さらないかしら?」

「いやぁ、そう言われましても……」


 夕暮れ時、具体的には17時半。

 カラスの鳴き声が響き、赤く染まる教室を見ると、どこかノスタルジックな気分になる。

 校庭では生徒たちが部活動を行い、同じ階にある音楽室の方向からは、少し音程がズれている管楽器の音が聞こえてきた。


 こんな日は仕事を早々に終えて、さっさと家に帰りたい。


 俺こと青柳忠人(あおやなぎ ただひと)(32歳)は目の前の問題を前にして、場違いにもそんなことを考えていた。

 でもそんなに簡単には帰れないわけで、特に俺のような教師は急な仕事が多い。

 しかも相手にするのは小学生だ。毎日気苦労が絶えない。


 そんな日々の中で、今回の件はウルトラCでキツイ急案件だった。


「何度も申し上げておりますが、今度の学芸会の役は公平にクジで決めておりまして……飛鳥(あすか)ちゃんだけを特別視することは、出来ないワケでして……」


 まぁ簡単に言えば、モンスターペアレントの対応である。


 モンスターペアレント、聞いたことくらいなら誰でもあるだろう。

 自分の子供の担任にクレームという形で要求を押し付け、自分の意向を学校側に強要する親。それがモンスターペアレント、略してモンペアだ。

 

 この手の親は、基本的には一切引かない。

 もとよりクレームなんてことをする奴は、我が強くて自分の意思を曲げない。こちらが妥協案を出しても、ほぼ却下される。

 自分の要求が100%、良くて90%ほどは通らないとテコでも動くとしない。本当に困った親御さんたちだと思う。

 

 聞いた話だと、学校ではなくて教育委員会や自治体といった、強い権力を持った組織に訴え、間接的に要求してくる輩もいるらしい。

 幸運にもそんなケースに直面したことはないが、私立である我が校ならいつか起こりうる話だから困る。お金持ちの親御さん、結構いるし。


 はぁ、今日はそこまで仕事残ってないし、適当に言い訳して帰るつもりだったんだがなぁ……。

 目の前にいる親御さんと生徒には気取られないよう、小さく小さくため息をつく。


「ちょぉっと先生!?私がこんなに真剣に話をしてますのに、ため息なんて失礼じゃありませんことぉッ!!?」


 うぉッ、怖いッスよお母さん!

 ていうか今の溜息感づかれたのかよ、ちょっとだけ深く息を吐いただけだぞ!?


「い、いやぁそんな。ため息なんてしてませんよお母さん。呼吸のタイミングを少し見失っただけでして……」


 とりあえず愛想笑いをして誤魔化す。

 今にも刺し貫かれそうな視線に、思わず冷や汗が流れる。

 親御さんの鋭い眼光がギラリと光り、今にも首元に噛みつきそうな勢いだ。怖い。


「ふん、口だけなら何とも言えますわ!ほら、今も呼吸が乱れてる。動揺している証拠よ。ほら、飛鳥も何か言いなさいな」


 親御さんに促され、隣にちょこんと座る女の子が俺を見た。

 この子の名前は飛鳥、俺が受け持つクラスの一員だ。

 大人しくてまじめな子だと思ってたんだけど、まさか親を使って面談要求してくるとは思わなかったなぁ……。


「先生、私可愛い役やりたいの。ダメ?」

「違うんだよ飛鳥ちゃん。皆と話し合って決めただろ?クジで公平に決めようって」

「あんなの、そもそもが不公平だよ。朱里(しゅり)ちゃんとかなら、すぐに箱の中身が分かっちゃうもん。最近先生と朱里ちゃんの仲が良いなぁって思ってたけど……まさか先生?」

「違うんだよ飛鳥ちゃん。アレは授業で分からない所があるからって言うから、放課後に教えていただけなんだよ」

「でも朱里ちゃん、この前先生と放課後二人きりだったって皆に言い触らしてたよ。すっごく楽しかったって……」


 あの子、やけにニヤニヤしてたと思ったらそんなこと言ってたのか……明日クラス会で誤解を解いとかないと。

 俺は金髪ポニーテールの小悪魔生徒を思い出しながら、そんな計画を考えていた。


 それにしても、雲行きが怪しい。なんとか方向転換しようとしても飛鳥ちゃんは一切ブれずに詰め寄ってくる。

 親御さんも視線がドンドン厳しくなってくる。目が捕食者のようにギラリと光り、見ているだけで顔が青ざめてしまう。


「フーッ……先生。いくらなんでも一人の生徒に入れ込み過ぎじゃないかしら。これじゃウチの子が不憫じゃないのよ!」

「お母さん落ち着いて……どうか羽をワサワサしないでください。教室が大変なことに……」


 あ、お母さんの風圧で机が飛んだ。床のタイル、新しいのにしないとなぁ。

 そんな事を考えて現実逃避しながら、今一度俺は目の前の親子を見た。


 お母さんは鷲のようなお顔をされていて、捕食者のような目というか、捕食者そのものの目をしていた。四足歩行である彼女は、数個の椅子の上に「お座り」の状態で器用に座っている。その背中には巨大な羽が生えており、彼女が興奮するたびにバッサバッサと羽ばたいている。




 はぁ、もういい加減、目の前の現実をしっかり見ないとな。

 そう、目の前の母親は人間では無い。俗にいうグリフォンだ。




 何を言ってんだコイツ、とお思いだろう。しかし事実なんだ。

 俺は夕暮れの教室の中、グリフォンのお母さんとその娘さんの三人で、面談を行っていたというわけで。

 ついでに言うと、娘であり生徒である飛鳥ちゃんも、見た目は普通の女の子だが、背中に立派な羽が生えている。飛ぶことももちろん可能である。


 異様な光景だろう。しかし驚くべきことに、目の前の光景はごく当たり前の光景なのだ。

 少なくとも、この世界では。










 事の発端は、現在から300年前。

 突如としてこの地球は、ファンタジーな世界と繋がってしまった、らしい。


 世界各地にブラックホールのような穴が生じ、そこから様々な人外の化け物が現れたのだ。

 空にはドラゴン、海にはマーマン、地にはゴブリン。

 ありとあらゆる種類の化け物が出てきて、地球を蹂躙していった。


 困り果てた人間たちは、侵略してきた化け物達相手に対抗するため、全ての国による連合軍を結成。この対応にあたった。

 いつもは全く協力せず、やれ制裁だのやれ関税だのと争いが絶えない各国であったが、こればかりは協力せざるを得ない。

 最高の軍備を誇る先進国が一気に集結し、化け物どもの掃討に当たった。




 そんな人間対化け物の総力戦。結果はどうだったか?

 まぁ、ボロ負けである。悲しいね。




 放たれた銃弾はゴブリンの腹で止められ、ミサイルはドラゴンのエサになり、戦艦は巨大イカの玩具となった。

 凄いぞ、ゴリゴリと鳥軟骨みたいにミサイルを食すドラゴンとか。映像を見た時は思考の一切が出来なくなったわ。


 そんなこんなで一切の攻撃が効かず、逆に弄ばれる人間たち。

 最早抵抗の余地なし。

 そう判断したお偉いさんたちは、次にどんな行動をとればいいのかで頭を悩ませた。

 このまま放って置けば被害は増すばかり、しかし人間の持つ武器はまるで意味を為さない。


「そもそもなんで人間の武器が通用すると思ったのか。相手は絵本に出て来るような本物の化け物だぞ」

「攻撃しようと言ったのはどの国だ」

「全ての責任は他の国にある」


 切羽詰まった状況の中、偉い人お得意の責任の押し付け合いが始まろうとした時、予想外の事が起きた。

 各国首脳が会議をしていた島に、例のドラゴンのうちの一体が乗り込んできたのである。

 これには首脳たちもビックリ。いつものお偉い人特有のオーラは消え、慌てふためく只の人間しかその場にはいなかった。


 アカン、死んでしまう。その場にいた人間は一目散に逃げようとした。

 そんな時だ。


「あー聞こえるかな諸君。一応この世界の言語で合っていると思うが……」


 なんとこのドラゴン、喋ってきたのである。

 しかも、この世界の人間の言葉を駆使して。とんでもない知能をお持ちである。




 そこから、人間とモンスターとの間で、戦闘ではなく会話が行われた。

 何度も会話を重ねる中で、人間は地球に来た化け物達が非常に温和な性格をしてらっしゃる事が分かった。

 どれくらい温和かというと、人間たちが仕掛けてきた攻撃を全て「もてなし」と思い込んでいたくらいには。

 その証拠に、人間の方で死者は一切出てなかったらしい。

 巨大イカに襲われた戦艦も、散々粘着液を塗ったくられただけで、最後には優しく水面に返されたそうな。すげぇ。


「ミサイルとか痛くなかったんですか?」


 そう言われると、キョトンとしたドラゴンは満面の笑みでこう言ったらしい。


「あぁ、あの美味な鉱物の塊か。驚いたぞ、あそこまで洗練されたフォルムと輝きを持ったものを食したことが無い。中身のスパイスもピリリとして非常に刺激的だった。しかもこちらの手を煩わせぬためにわざわざ飛ばして寄越してくれるとは、お気遣い痛み入る」

 

 これには首脳たちもニッコリ(狂)。

 今までの敵対意思を完全に隠し、おもてなしモードに移行したのだ。

 

 そこから人間は、モンスターを排除する考えを捨て、共存する考えに至ったそうな。

 モンスターたちもなぜ世界が繋がったかは分からないそうだが、特に人間たちと争うつもりは無い。

 むしろ弱く儚い生き物であると認識しており、保護対象になっているらしい。

 お偉い人たちは、言い様も無い罪悪感に襲われただろう。




 そこから、人間とモンスターとの本格的な共存が始まった。

 まぁ共存とはいっても、人間が一方的に彼らの力を頼る形ではあるが。

 温和なモンスター達は特に気にすることもなく、のんびりと地球という星を楽しんだそうな。

 



 そんなことが続いたある日、とある事件が起きた。

 モンスターと結婚したい、そんな事を言う女が出てきたのだ。


 キッカケは些細なことだったらしい。

 ある日、当時の彼氏にこっぴどくフラれたその女は、夜に散々酒を飲み、フラフラの状態で街を歩いていた。

 女はすぐに数名の悪漢に囲まれ、その身を汚されそうになってしまう。


 そんな時、彼女を助けたのがゴブリンだった。

 体長200mを超えるゴブリンは、悪漢どもを腹パンで眠らせると、気を失った女を抱きかかえて近くのホテルに連れて行った。


女は温かい布団の中で目を覚ましたという。

 あの優しいゴブリンは何処に行ったのか?

 そう思い部屋を歩き回った女は、風呂場で自分の体を鎖で雁字搦めにしたゴブリンを見つけたという。


 なぜそんな事をしているのか?

 そう女がゴブリンに問いかけると、ゴブリンは緑色の顔を赤くさせてこう言った。


「笑ってくれ、名も知らぬ美女よ。私は異種族でありながら、美しい貴方を目の前にしてオスとしての欲求を抑えられなかったのだ。故に己を止めるため、こうして縛っていた」


 ド紳士そのものである。

 その時、女は自分の心臓に矢がズブリと刺さったことを、確かに感じたらしい。

 昨日の悲恋など一切忘れ、元彼の顔など最早思い出すことすら出来なかった。


 そして女は速攻で職場に休みの連絡を入れると、その日ゴブリンと愛を育み続けたらしい。女の勢いって凄いね。

 あ、子供は気合で生んだらしい。気合ってなんぞよ。




 ちなみに、なぜ俺がここまで詳しく知っているかというと、この話が歴史的な出来事として教科書に載っているからだ。写真付きで。

 ゴブリンさんが作った精巧な指輪を薬指につけ、二人はとても幸せそうな顔をしていたよ。




 とまぁ、この事件が皮切りになって、世界各地からモンスターとの結婚を求める声が出た結果、ほとんどの国でモンスターとの結婚が可能になったのだ。


 そこからの結婚ラッシュの勢いはすさまじかった。

僅か数年で世界の総人口が1.5倍となり、そのほとんどが人間とモンスターのハーフ。日本でも問題だった結婚率の低さも、この件のおかげで一気に解消。


 モンスターの血が強いせいか、最初の頃生まれてくる子供は、ほぼモンスターの見た目であった。それから何回も人間とモンスターの血が交わることで人間らしい姿になり、現代では人間の姿に鱗や羽が生えてるだけの人も多い。

 こういう混血した人間を、獣人と呼んだりする。

 小説や漫画でしか見た事無い獣人、というのがこの世界では当たり前なのである。


 獣人というのは本当にスゴイ。何がすごいって、体のスペックが人間と段違い。

 ほとんど人間の姿であっても、身体能力はモンスターのソレを引き継いでいる。

 5歳にも満たない見た目の子供がマッハで走り、スーツを着たおっさんが翼を広げて出社する。そんなのが日常茶飯事だ。


 また、モンスターたちの温厚な性格受け継いでいるからか、犯罪の数も年々減っている。車を使わず、自分の足や羽で移動する者が増えたことで、交通事故も激減した。


さらに魔法を使えるモンスターもいるらしく、エネルギー供給も半分以上はソレで賄っているとか。そのおかげで無駄な有害ガスも出なくなり、環境も良くなったらしい。良い事尽くしやん。


 その上、一度でもモンスターの血を受け継いだ人間は、異常なほど長命になるらしく、そのことが人口急上昇の要因にもなっている。まぁ、それ以上に住処とかが増えたから、この件は問題なかったりする。




 ともかく、そんなとんでもない獣人が、この地球を支配しているのが現状である。

 かくいう俺も獣人……と言いたいところだが、残念ながら俺は普通の人間だ。

 ていうか、この世界の人間ですらない。

 ある日突然、もといた別の地球から飛ばされたのだ。


 獣人が当たり前となったせいで、少なくなった純人間の絶滅を危惧した怪しい団体が、秘密裏に召喚したのが俺なのである。ある日、休日に自宅でのんびりしていた俺は、光の粒子と共にこの世界に呼び出されたワケだ。

 ちなみに、この世界では無断の異世界召喚は禁止になっているらしいので、俺を呼び寄せた団体は漏れなく御用となったらしい。

 そして召喚された俺は国に保護され、住居と仕事を貰えたのである。前の世界と同じ、小学生の先生だ。


 異世界召喚、もっと中世ファンタジーなものを期待していたのだが、蓋を開けてみたら元いた世界とほぼ変わらない。

 電気は通ってるし、車もあれば飛行機もある。まぁ、車とかは必要ないような獣人が結構いるけど。






 とまぁ、ここまで説明してもう一度現実に戻る。

 目の前では猛禽類特有の鋭い視線を向ける母親グリフォンと、涙目でこちらを見る獣人の飛鳥ちゃんがいる。

 まぁ獣人は長命なので、飛鳥ちゃんも俺より年上だったりする。

 確か今年で95歳だったかな?


 あ、さっき飛鳥ちゃんが言ってた朱里ちゃんって子もただの人間ではない。小悪魔生徒と言ったけど、まぁ本当に悪魔の血を引いていたりする。透視とかできるらしい。怖い。


 モンペアの相手は前の世界でも何回かしたけど、こればっかりは本当に慣れない。モンスターみたいなペアレントじゃなくて、マジモンのモンスターなペアレントなんだもん。

 いつ食われるか分かったもんじゃないわ。


「ま、まぁこの件はもう一度こちらで再検討しまして、お母さんの納得されるような内容に致しますので、どうかご理解いただきたく……」

「……本当に頼みますわよ、先生。この子も先生に可愛い所を見せたいのですから。あと、常日頃この子の事をしっかり見て下さらないと。いい加減な対応をしたら、いくら純人間でも啄みますわよ?」

「お、お母さん。途中から余分だから……!」


 何やら顔を赤くさせ、母親の口を塞ごうとする飛鳥ちゃん。頑張ってくちばしの先を抑えているが、まるで意味が無いようにも思える。

 しかしまぁ、見た目だけならマセたお子さんだなぁと思うのだが、実年齢を知ると真顔になってしまうのが本音だったりする。

 自分の親を上回る年齢の人に、下手な真似はせぬよう戦々恐々とする毎日である。


「あら、そうだったわね。ごめんなさい先生、最後あたりはお忘れになって」

「は、はぁ……承知いたしました」

「では、そろそろ帰らさせていただきます。期待していますわよ、青柳先生。オホホホ……」


 そう笑いながら、お母さんは窓をブチ破り飛んで教室を出ていった。不良も真っ青である。

 風圧で辺りの机が再び吹き飛び、黒板とかに当たって利用不可能な状態にさせてしまう。

 この修繕、一体どこに請求したらいいモノなのか。最早考える事すら億劫であった。


「じゃあねぇ、先生」


 ガラスが割れて風通しのよくなった窓から、親の後に続くように飛鳥ちゃんが悠々と飛んでいく。怖い。


「……職員室行くか」


 そう言って、俺は両手で死守した書類を抱え、教室を後にする。窓の外は、日が沈み夜になりかけていた。







 教室に戻ると、まだ数名の教師がデスクワークをしていた。

 各々次のテストやら、授業で使うプリントやらを作成している。


「……はぁ、疲れた」


 思わずそう呟き、俺は自分の机に力なく座った。

 机の上は整頓しているが、あくまでそれは表のみ。机の中は書類やら何やらで散乱している。


「よぉ、お疲れ青柳先生。随分と大変だったみたいだな」


 そんな俺に話しかける先生が一人。

 真っ赤な髪を腰まで無造作に伸ばし、同じく真っ赤なジャージを着ている。

 コメカミの上あたりから立派な角を二本生やしている彼女は、先輩の杏里(あんり)・ヘルブラッド先生である。現代社会にはあるまじきファミリーネームだ。

 男勝りな性格の彼女は、193cmというかなりの高身長を誇っている。

 年齢は……確か270代。例のごとく長命な彼女は、見た目は20代後半の美女に見える。

 それだけじゃない。彼女の血筋は少し特別らしく、ドラゴンの中でも高いクラスのヘルブラッド・ドラゴンの血族だと聞いた。正直貧弱な我が身からしたら、クラスが高いとか言われても実感が湧かない。関係なく怖い。


「結構疲れてるみたいだな……よし、今夜一杯どうだ?」

「きょ、今日ですか先輩!?」


 突然の誘いに驚き、俺は思わず抱えていた書類を机に落としてしまう。バサリと音をたて、整えていた机の上が散らかってしまった。


「お、お気持ちは嬉しいのですが……今日はちょっと……」

「なんだ、何か用事でもあるのか。私の誘いを断るほどの」

「えぇ……いえそういうワケではないのですが……」

「なら問題ないな!いつものステーキハウスだ。お前も肉は好きだろう!?」


 腕を組み、にんまりと笑う杏里先輩。両腕で大きな胸が押しつぶされ、妙にドキリとさせてくる。

 本当なら、こんな綺麗な人との飲みを辞退する理由は無いさ。でも、この人との飲みは避けたい。いつもそうなんだけど、この人酒癖が悪いんですよ。

 悩みが無いかとか聞いてくれるのはありがたいんだけど、そこから急に彼女の有無とか聞いてくるからなぁ。彼女おらんし。


「い、今からまだ作らないといけない書類もありますし……」

「なんだ、どうせあのグリフォン一家にせがまれて作る書類だろ。そんなものどうとでもなる。いざとなれば、私があの女に上手い事言ってやるさ。知り合いだしな」


 知り合いだったんかい。なら面談の途中で助けてくれても良かったのに……。

 しかし、どうしたものか。なんとかして彼女の誘いを断りたいけど、どうにも諦める様子はないし……あれ、なんだ不安そうな顔して。


「なぁ、もしかして迷惑だったか……?」

「えっ」

「そ、そんなに嫌がるならいいぞ。また別の時に誘うからよ……」


 ……うぐ。

 この人、いざという時はこういう表情するから卑怯なんだよなぁ。こんなん断れないじゃんかよ。

 しかも演技とかじゃなくて、本気で残念そうな顔してるんだから。


「いえ、迷惑なんかじゃないですよ先輩。ちょうどご相談したいこともありましたし、こちらこそよろしくお願いします」

「ッ!! 本当か、本当なんだな!?」

「えぇ、本当ですよ」

「よ、よし。それなら仕方ないな、うん。なら、今すぐにでも行こう!」

「分かりました……あ、先にトイレに行ってきます。ちょっと待っててもらってもいいですか?」

「あぁ、行ってこい。いつまでも待つぞ……やたー」


 満面の笑みでガッツポーズをする杏里先生を背にして、俺は職員室を後にする。

 正直なところシンドイってのが本音だけど、あんな泣きそうな顔されたら断るにも断れない。

 そう思いながら、俺はトイレに行くと見せかけて階段の陰に隠れ、スマホを取り出した。そしてメール画面を開いて、ある人物にメールを送った。


『すいません亜子さん。今日は先輩に誘われたので帰宅時間が遅くなります』


 それだけ送ると、すぐに返事が返ってくる。数秒も待ってない。


『分かりました。遅くなり過ぎないよう気を付けて下さいね』


 そんな内容の文面を見て、相変わらずだと少し笑ってしまう。

メールの主は、自分のボディーガードをしてくれている国から派遣された人だ。名前は亜子さん。勿論普通の人間ではなく、サイクロプスとの獣人である。黒スーツをピッシリと着こなす単眼の彼女は、異世界から来た純人間という事で、普段は影から俺を見守ってくれている。


『それと何度も言うようですが、ハメを外しすぎないように。貴方という存在は、この世界ではとても重要です。攫われたりしないようにしてください』

『分かりました。心配して下さってありがとうございます』


 簡単なメールのやりとりをして、俺は職員室に戻る。

 真っ暗になった廊下を歩き、明かりのある職員室を目指す。


 そして職員室の前に着き、その扉に手をかけようとした時、中から声が聞こえた。


「杏里さん、今日こそ仕留めるのぉ?」

「あぁ、願わくば今日こそ決めたいものだ。戦略はばっちりだからな!」

「いいなぁ、杏里さん。青柳先生といっつも二人きりなんだもん」

「なんだお前、アイツを狙ってたのか。ダメだぞ、アレは私の得物だ。絶対に渡さない」

「えぇー今日び一夫一妻なんて古臭い……」

「古臭くても、私は自分の男を他人に渡すなんて考えられない。最近じゃ生徒たちも色付き始めてるんだ。早くモノにしないと、いつ誰に奪われるか分からん。それに、アイツは短命だからな。急がないと手遅れになりかねん……!」

「もぉ、そういう所を感づかれるからぁ、いつも避けられるんじゃないのぉ?」

「ふん、なんとでも言え、アイツは私を嫌がってなんかないからな。さっきだってそう言ってたぞ」

「さっきの青柳先生、なぁんか気を遣ってた感じがするけどなぁ」

「やかましいぞエイナ。お前はサキュバスらしく本能に従っていろ」

「えぇーサキュバスも恋愛したいんですぅー!」


 そんな会話が聞こえてきて、思わず身がブルッと震えた。

 亜子さん、すいません。なんかそんな気はしていましたが、どうやら俺、狙われているみたいッス。


 はてさて、今日はどうやって逃げたものか……。

 本来ならあんな美女に言い寄られたら、一瞬のうちに首を縦に振りたくなるものだ。

 しかし相手は獣人、しかもドラゴンとの混血。いくらこの世界に慣れ始めてきたとしても、怖いものは怖い。

 だからこそ、今日もなんとかして無事に家に帰らないといけない。


「そもそもぉ、杏里さんの戦略ってどんなものなんですかぁ?」

「ふふん、聞いて驚け!この戦略は我が血統に代々伝わる闘法からヒントを得たモノでな……」


 お、戦略とやらを言ってくれるのか。ならしっかりと聞いとかないとな。

 そう思い、俺は扉に耳を当てて言葉を聞く。

 そして今日という日を無事に終えるため、新しい逃げ方を考えるのだった……。











~出所不明、素材不明の紙に書かれた内容~


 お父さん、お母さん、お元気ですか?

 俺は元気にしてます。突然消えたりしてさぞ心配させたと思います。

 でも、俺は無事です。とにかく無事です。

 今回は許しが出たので、こうして生きていることをご連絡させていただきたいと思います。


 なぜ消えたか、正直に書いても信じてくれないと思うので、あえて書きません。

 でも、俺は元気にしていますので、心配しないでください。


 今俺は、日本っぽいんだけど、日本じゃない所にいます。

 ジャッポルンって国なんだけど、調べなくてもいいです。どうせ出てこないから。

 こっちの人たちは皆優しいです。仕事をくれたり住処をくれたりして、こんな俺を厚遇してくれます。


 本当はお父さん達が元気かどうか聞きたいけれど、そちらから手紙を送ることは出来ないみたいなので、聞かない事にします。逆に悲しくなってしまいます。


 そういえば、最近彼女が出来ました。

 美しい紅髪を持つ、心優しい人です。

 俺なんか全然釣り合わない、本当に優しい人です。

 前にちょっとした出来事があって、それから付き合い始めました。

 その後生徒が暴れたり、同僚やボディガードさんが襲って来たりしましたが、なんとか過ちは犯さないでいます。


 機会があれば紹介したいですが、難しいでしょう。

 今後、いつ再会できるか分かりませんが、どうか心配しないでください。

 では、また会いましょう。


                               青柳 忠人




 御父君、御母君、初めまして。彼の隣にいる者達の代表として、この書をしたためる。


 息子さんは頂いた。

 アイツには黙っているが、そちらに行く方法が整いつつある。なので、近いうちにご挨拶に伺うと思うので、その時はなにとぞよろしくお願いしたい。


 なお大変不本意ではあるが、彼の安全を考えて数名との愛人関係を許している。

 そちらに行くまでには、しっかりと関係を結んでいると思うので、よろしくお願いしたい。


 手紙を書くのは初めてなので、失礼な事を書いていなければいいのだが……もし気分を害すことを書いていたら、許して欲しい。

 では、その時が来るまで。


                              杏里・Hellblood


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― 新着の感想 ―
[一言] 笑いました。楽しい作品ですね。世界観が実行しているし、楽しいので、続編希望です。
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