プチロボ使いの無血戦争
小野田 侑士は重い足を引き摺るように歩いて居た。
目的地であるアデルフィアの平原まではまだ2、3日は掛かると言った所か? そもそも現代人で典型的なモヤシッ子である侑士では徒歩での旅はきつ過ぎたのだ。
「……尻や腰が痛くなるとか、わがまま言わないで馬車に乗っけて貰えば良かった……」
馬車で4日、歩きで有れば1週間程だと聞いた時、侑士は以前に馬車へと乗せられた時の事を思い出し、それを断った。
それどころか、お供と成る人間の同行すらも“煩わしい”と言う理由で拒否したのである。言わば今の状況は、完全な自業自得だろう。
とは言え、侑士にも言い分はある。馬車でなければ歩きと成る旅。おおよそ1週間にもなるその間、親しくも無い人間や、威圧感の有る護衛と顔を突き合わせ続けるなど、やや対人恐怖症気味である彼には、ストレスがマッハで胃に穴が開く未来しか思い浮かべる事が出来なかったのだ。
そもそも、自衛であれば彼一人でも出来たと言う事もその考えを後押ししていた。
しかし、侑士はこの世界で一人旅をすると言う事を完全に甘く見ていた。
1週間の旅と言う事は、その間の野営も食事も自分で行わなければならないと言う事になる。それに、不測の事態に備えてポーション等も必要と成るのだ。
つまりはその分の食料や夜営道具も一人で背負わなければならないと言う事でもある。
今、その現実が、彼の両肩にずっしりとのし掛かっていたのだ。
「ヒッチハイク……とか、無理だよなぁ」
朝から歩いていて、一台の馬車どころか旅人にすら出会う事のない街道に、思わず愚痴がでる。
未だたどり着ける目処さえつかない道行きに、侑士は大きく溜め息を吐いた。
******
「勇者殿はまだ着かんのか!?」
部下にそう言い放ち、ルドルフ将軍は焦りの為に眉根を寄せる。
この世界で戦争と言う物が形骸化してから随分と経つ。
国同士の全ての争い事は、各国の代表が一騎討ちにて決着をつける事が、他ならぬ“神”によって世界共通のルールとされたからだ。
そして今日も、このアデルフィア平原での一騎討ちが行われる予定だったのだが……
話を聞きつけた野次馬の観戦者や各国の視察団。彼等に対して商売をする商人達が集まり、平原はちょっとしたお祭り騒ぎと成って居た。
だが、相手国の代表が草原の中心でストレッチを始める時間に成っても、自国の代表者である勇者はまだ到着していないのだ。
「とっくに着いて良い筈の時間で有るのに!! ああ! やはり、一人でなど行かせるべきではなかった!!」
頭を抱え嘆くルドルフに、相手国の代表が声を掛ける。
「おっさん!! まだそっちの代表こねぇの? びびって逃げちゃったんじゃね~のぉ?!」
「ぬ! 勇者殿はそのような御仁では無い!!」
彼の言葉を鼻で笑って、相手の代表は足元を杖で突く。すると、煌きを伴って彼の前方に魔法陣が展開し、恐怖の権現が化現した。
面長の顔に凶悪な暴威を感じさせる瞳。頭部からは枝分かれした角がそそり立ち、鬣が靡く。並んだ牙と四肢から生える鉤は、見ただけでも鋭さを感じさせるに充分だった。
下級龍……下級とは言えど、そこは龍種である。全身から発するオーラだけでも、ルドルフは一歩も動けなくなった。
周囲で見ている群衆も、顔を青醒めさせ、中には泡を吹いて倒れる者すらいる。
当たり前だろう。男がその気になれば、この平原にいる者達など、簡単に皆殺しに出来るのだから。
男は、そんな周囲の様子に気を良くし、ニヤニヤとした笑みを浮かべ口を開く。
「っつても来てね~じゃん!! オタクの所の臆病勇者様はよぉ!!」
「くっ!!」
この世界に彼が呼び出されてからの付き合いであるルドルフには、侑士が臆病風に吹かれる人間では無い事は良く分かって居た。
しかし、もうすぐ一騎打ちの時間である。そして、侑士が現れないのも確かだ。
立会人である第3国の騎士が、『どうするか』と、視線で訊ねてくる。
逃亡による不戦敗よりも、名誉ある敗北の方が国としての面子は保てる。ルドルフが震える体に“活”を入れ、『いっそ私が!!』と思った瞬間。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」
凄い雄叫びと共に、何かがまるで、放り投げられたかの様に一騎打ちの場に飛び込んで来た。
「勇者殿!!」
「セ、セーフ!? 間に合った?」
キョロキョロと周囲を見回す侑士。周囲の人々も突然空から降ってきた彼に呆然としている。
「あ! ルドルフさん! まだ始まって無いよね?」
「え? えぇ、これから開始です。ですが勇者殿、一体何を成されて……」
「ゴメン、通りがかった村がオーガの群れに襲われててさ」
「オ、オーガの群れ?!」
オーガと言えば、頭に角を持ち、筋力の発達した2m強の人食いのモンスターで、人里に現れるモノの中では最凶と思われる獰猛な怪物である。それが群れ成して現れたのだと言う。それが本当なら……
「き、騎士団に応援を……」
「大丈夫! 一匹残らず倒して来た!!」
「な!!」
例え精強な騎士団が来たのだとしても、相当な被害を出す事に成るであろうモンスターをあっさりと倒して来たと言う侑士の様子に、ルドルフは驚愕の視線を向けた。
確かに彼は多人数との戦闘と相性が良くはあるが、それでも一人で殲滅したと言うのは、流石に驚嘆に価するものだったからだ。
「うおぉい! オレを無視するなや!! コロスぞ?」
「……アレが対戦者?」
「う、うむ」
粗雑な態度の男と、その前に鎮座する下級龍を視界に納め、侑士はそう訊ねた。
そしてルドルフの返事を聞き、獰猛な笑みを浮かべる。
「ルドルフさん、ギリギリだった事は謝るよ。だけど、オーガの経験値を得られた事で良いことが有った」
下級龍を目の前にして、それでも余裕の態度を崩さない侑士に、相手国の代表は相当イラッと来たのだろう。
「うぉい、相手は来たんだ、始めろや!」
「いや、まだ、向の準備が……」
「良いから、始めろっつってんだろうが!」
下級龍がギロリと睨む。
「ヒッ」
立会人を威圧した彼は、無理やり言わせた「試合開始」の言葉を聞くが早いか、即座に下級龍をけしかけてきた。
だが、それでも余裕の笑みを浮かべる侑士の言葉に、ルドルフが更に目を見開く。
「新しいメニューが開いたんだ!!」
そう言って合掌した侑士が両腕を広げる。と、空中にズラッとウィンドウが浮かび、彼はコンソールを叩くが如くそれを操作し始めた。
「さぁ来い! 僕のプチロボ軍団!!」
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召喚された勇者である侑士。彼の異世界への渡界で得たチート能力は【プチロボ操作】だった。
それはレベルに応じた数のプチロボを呼び出し扱えると言う物であり、召喚された当初は、たった1機のプチロボしか扱えなかった。
その為、彼は『役立たず』『ダメ勇者』と言うレッテルを張られ、冷遇されて来たのである。
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大きく息を吸う下級龍は、先手必勝とばかりにアシッドブレスを吐く。強酸の霧と化したブレスが眼前に迫る。
しかし、にも拘らず、侑士はその場から微動だにせず指を動かし、そしてそのまま霧に包まれた。
「ぎゃははははははははは!! 一発で死亡確定ってか? 弱すぎんだろうが『勇者』さまぁ?」
酸の霧と成っていたブレスが晴れ、侑士の影が見える。グズグズの肉塊へと変貌を果たしているだろう彼を予想し、男がグニャリと歪な笑みを浮かべる。
「ま、下級龍ならこんなもんか」
「なぁ!!」
だからこそ、全くの無傷で現れた侑士の姿に、驚愕で目を見開いたのだ。
「な、何なんだよ!! ソイツはぁ!!!!」
男が叫ぶ。完全に姿を現した侑士の周囲を三角錐状に淡い光りが覆っている。そして、その頂点に当たる場所には20cm程の羽根の生えた球形のモノが浮かんでいた。
「防壁ロボ、防御用のプチロボさ」
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そんな境遇に置かれようとも、しかし彼は腐らなかった。確かに生来の呑気さと言う物もあっただろう。
だが、召喚されてから、ずっと彼に味方してくれていたルドルフや、末の王女であるエルメシア姫等の応援も有り、地道な修練を続けレベルを上げる事で、2機、3機と使用出来るプチロボの数や種類が増えて行った。
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防御ロボ4機だけでは無かった。草原の草陰から、見物人の足元から、ワラワラと侑士の周りに集結するプチロボ達。キャタピラ型やバギー型、二足歩行から四足歩行まで。そのコアと成って居るのはディフォルメの効いた、どちらかと言えばマスコットキャラとも思えるプチロボ達である。
だが、その数はなんと1000機。
集結して来たその軍団は、さしもの男も顔が引き攣っていた。
「数が多い位でぇ!! 勝ち誇ってんじゃねえぞおおおおぉぉぉぉ!!!!」
男の命令で下級龍が躍り出る。ブレスを防がれたが、しかし20mはあるであろう龍種である。その巨体は十分な脅威であった。
男も、プチロボ達のサイズであれば、その巨体があれば蹂躙できると思ったのだろう。今度こそはと厭らしく笑みを浮かべる。
確かに、そのサイズ差は脅威であろう。だが、今日。侑士は新たなる力を得ていたのである。
コンソールをさらに叩き、侑士はニヤリと笑みを浮かべた。
「プ、チ、ロ、ボォ!! 合ッ! 体ィィ!!」
1000機のプチロボは、それぞれが展開し変形し合体する。そして1000機もの機体が束ねられ、たった一体の巨人と成る。
それは侑士にとっては既知の、この世界の人達にとっては未知の姿であり、眼前の下級龍種等、及びもつかない程の巨体を誇っていた。
「か、神」
突如現れた白金の巨体に、野次馬の一人がそう呟き、恐怖の化現である下級龍が、本能的に一歩、二歩と後ずさる。
「な、何なんだよ、お前のソレはぁ!!」
ソレが現れるまで、自身の絶対有利を信じて疑わなかった彼は半ば狂乱して、そう喚く。
「スーパーロボットさ」
巨神が振りかぶり、その腕が唸りを上げて回転する。そして侑士の記憶に残っているテレビアニメのシーンが再現されたが如く、回転する拳は射出され……
「ピギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
下級龍は一撃の元に粉砕されたのだった。
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「今日はハラハラしましたぞ? 勇者殿」
「あ、うん。ごめん」
自分に非がある自覚の有る侑士は素直にあやまった。
“ハラハラした”と言うのは当然戦い方の事では無い。侑士の我儘で断行された一人旅で、結果、遅刻寸前だった事に対する物だ。
当然、侑士の方にも言い訳はある。
慣れない一人旅の為、歩みが遅くなった事も有るし、盗賊に襲われていた商人を助けた事でその歓待を受けてしまっていたと言う理由もある。
その上、街のスラム近くで領主の御令嬢を誘拐犯から助けたり、誘拐事件の黒幕だった貴族の依頼を受けた暗殺者ギルドからの暗殺を返り討ちにした為、その報復の為に更に襲撃され、仕方なく壊滅させたりもした。
しかし、黒幕だった貴族が秘匿していたアイアンゴーレムとの大立ち回りまで行う事に成ったのは、流石に予想外だったのだが。
そして極め決けがオーガの襲来で有る。
しかし、そのおかげで【プチロボ操作】のレベルが上がり、上位スキルである【デウス・エクス・マキナ】の制限解除条件が揃った事は幸いだったと言えよう。
この〈シュラノ世界〉に於いて最強と言える力を有するはずの侑士が、必死にルドルフに言い訳を重ねる。
事によっては、力だけで全てを従える事すら可能な彼が、自分に対し“暴力だけの威圧”を使わない事に、その、この世界に召喚された時と変わらない甘さを持ったままの心の在り方に、将軍はふと笑みを漏らす。
この優しい少年が、いつまでもそのままで居られる様にと祈りながら、最大の理解者である将軍は、黙って彼の言い訳を聞き続けたのだった。