七話 勇者一家の家族会議
「うーん……はっ!?」
「あ、起きた」
ゴブリンを食べさせられてから寝込んで四日目、魔導士はやっと目覚めた。
「うぉぉぉえええ……」
「起きて早々、うるさい人だね」
「はい、水どうぞ」
「……」
水が入ったコップを渡されるけど、これも普通の水なのか怪しくて飲み干せない。
「ウチには普通の物しかないよ」
「……」
出汁を取ってた骨の正体はゴブリンだって教えたはずなのに、それが魔物だとは知らないらしい。
マジか、どうしよう。
とりあえずこれでも国一番の大魔導士と呼ばれているので、腰につけているカップを取り出して魔法で水を入れていった。
「わあ、魔法って便利だねー!」
「へえ……」
「手をかざすだけで水が出るなんて、さすがだね」
誉められれば嬉しいのが人の性。
自分の周りにいる人たちはこんなことくらい慣れっこなので、この家族みたいに手を叩いたりキラキラと尊敬の光を輝かせた瞳をいまさら向けてくれたりなんかしない。
むしろ普通のかなり初歩の魔法だと思うのに、それでもとても驚いて喜んでくれる。
なんていい反応をしてくれるんだ……!
「ははは。これくらいは朝飯前だよ」
調子に乗った魔導士は、そのまま初歩だと言いながら中級クラスの魔法を次々と見せていった。
「わぁー!スゴイスゴイ!」
娘は手を叩いて万歳までして身体いっぱいを使って驚いてくれた。
「へぇぇ……長ったらしい言葉を言わなくても使えるんだぁ」
父親は感心するように頷いて詠唱を唱えない魔導士を誉めていく。
「じゃあこの頭、なんかいいカンジに焼いてくれないかい?」
母親はさっきのトンコツ風スープの元となったゴブリンの頭をつかんでにこやかに魔導士の前にずいっと掲げた。
「ゴブリン!!」
「あ、倒れた」
「え、大丈夫か?」
「チッ……魔導士ってのは肝っ玉の小さいヤツだね」
「食料を見て倒れるなんて大丈夫かい」と呆れた母親の声を遠くで聞きながらレインは思った。
これがこの親子の日常なのか……と。
「焼けないなら仕方がない。アリア、いつものように斬り刻んどいて」
「はーい」
「いい出汁が取れそうだねぇ」
次は鍋に使おうかとウキウキしながら、倒れた魔導士を放って親子はいつも通りに過ごしていった。
「うーん……うーん……」
魔物を食料だと認識している少女と一緒に魔王のいる城へ行かないといけないなんて。
しかし魔王のいる城へ飛ぶわけにはいかない。
だってきっとあの勇者のことだから、守るように立ちはだかる魔物を見て「ご飯!」とか言いそうだし。
飛べたら楽だけど移動魔法は使った距離に比例して腹がものすごく減る。
つまり腹が減った自分のためにと、勇者が目の前の魔物を見てすることは一つだ。
「ご飯が手に入って良かったねぇ。さあ食べて食べて!」
「……」
ニコニコと微笑みながら、さっきまで魔物だったものを美味しく調理して勧める勇者が簡単に想像できて顔が引きつった。
そもそも倒されたいって言うなら魔王からこっちに来いよ。
そんなことを思いながらもう一晩寝込んだ魔導士は、漂ってくるいい香りにうなされながら魔王に愚痴った。
魔導士が倒れている間、勇者として何をすればいいのかと家族会議を開いていた。
「とりあえず魔王を退治すればいいんだろ?」
「城にいるんだっけ」
「うーん、たぶん……」
そもそもいつも一方的だし、内容はなんか事務的なものだし。
二百年以上、この国を支配してきた魔王は命令するばかりで会話というものを勇者と繋がれるまでしたことがなかった。
「ってゆーかさあ、あの魔導士と一緒に魔王を倒しに行くんだよね?」
チラッと隣りで寝込んでいる魔導士のいる壁を見た父親が呟いた。
「十代ってことは、わたしとそう年が変わらないってことかあ」
見えないねと娘が天井を見ながら呟いていく。
「そっちも心配だけど食料を見て倒れる軟弱な男に娘をホイホイ預けられるかい」
「食料じゃなくて魔物だって」と突っ込む人はいないから、母親の言い分を誰も否定しない。
「魔法は人並み以上に使えてるみたいだけど最悪、担がないといけないとかヤだなあ」
「それこそ魔王のいる城に飛べないのかね?」
「移動の魔法は腹が減るって言ってただろ?つまり着いた途端に魔物に囲まれて死ぬんじゃないかい?」
それなら正規ルートで旅をしないとダメかあと、やっぱり戻ってくるまでにも年単位が掛かりそうだなと娘は溜息をついた。
「わたしが旅に出た時の保証についても細かく計画立ててたみたいだから、魔王の城へ行く計画ももう立ってるんじゃない?」
装備とかもお金出してくれるなら、旅に出て魔王を倒すのが自分のやることだ。
「他に仲間はいないのかな?それこそウチを守るために騎士団を何人かつけてくれるとか言ってたけど、魔王退治の旅のほうが危険でしょ?」
「勇者と魔導士がいればいい、みたいなことは言われたけど……」
それは気になっていたことだ。
だって魔王にも最初は「勇者一人だけでいんじゃね?」とか気楽なことを言われたけど、どう考えてもあの魔導士とじゃどっちみち途中で死ぬだろう。
「食料を見て倒れる根性なしなところも不安だけどね。それより旅なんてきちんとした寝床で腹一杯のご飯が食べられるとは決まってないだろう?」
母親によって補償金を釣り上げられても気付かずに「一人娘を借りるんですから妥当でしょうか」とか言ってたくらいの坊ちゃんだ。
「起きたら訊いてみるか」
「「賛成ー!」」
とりあえず明日に投げることにして、今日も迷い込んできたヘンテコな動物を倒してたらふく食った親子は寝ることにした。
「おやすみなさーい」
「おやすみ」
やっぱり面倒な客だったと、宿泊代も請求しなきゃと思いながら、母親は頭の中でソロバンを軽快に弾いていった。