三十二話 勇者は魔王に求婚をする
これで大きい街に寄るのは最後だからと、すでに慣れた調子でアリアの格好になった勇者は魔王扮する青年を呼び出した。
「久しぶりだな、アリア」
「うん。リディ、元気だった?」
約半年の旅の間に会った回数は片手ほどだけれど。
勇者はこの人しかいないと思っているし、それは魔王も感じていたことだった。
だから勇者に言われた言葉に、魔王はとても嬉しかったが同時にとても困ってしまった。
「あのね、もうすぐ旅が終わって家に帰ることになるの」
「そうか」
自分が長年支配していた一つの国のどこかに住んでいるのなら、会いに行くことは簡単だろう。
けれどもうすぐ自分が呼んだ勇者によって封印されることが決まっている魔王は今になって迷いが出ていた。
「リディにも家があるのはわかるけど」
「家か……」
いつ、誰から産まれたのかも覚えていない。
ただ周りにいる魔物たちから『魔王様』と呼ばれていただけで、あの城が家だとは思っていない。
「家族だっているでしょう?」
「いや、いないな」
姿も嗜好も人間寄りの自分の家族と呼べる者には会ったことがない。
魔物たちは配下だし、人間も同様だ。
だから勇者が言った言葉にも首を傾げるしかないのは仕方がないのだが、それでも少しの憧れがあったことを魔王は思い出した。
その想いから支配はしても壊すことには抵抗があって、こうしてたまにだが街にも降り立っていたのだ。
そんなことは知らない勇者は、それでもやっぱりこの人しかいないと思って考え抜いた言葉を伝えることに決めた。
人気があまりない丘の上で立ち止まった勇者は振り返り、魔王とは知らない青年に手を伸ばして言った。
「リディ、わたしと家族になって」
「は?」
自分と同じ金の瞳は真剣な輝きが宿っていて、それが冗談でも同情でもないことを伝えていた。
伸ばした手は少し震えているけれど、たぶん最初から決まっていたんだろうと思えるくらいに自然と魔王は手を重ねた。
「オレでいいのか?」
「リディがいい」
「……そうか」
それがどういう意味をもつのか知らないわけではないけれど。
握り返した手のひらも、引き寄せた細い肩も。
会うたびに離れたくなくなっていた気持ちに気付いた魔王は、それでもアリアとこの先も一緒にいたいと願ってしまった。
問題はあの魔導士が計画の変更を受け入れてくれるかどうかと、魔王のままでは城から出られないという自分を、どうにかしてもらう方法を考えなければいけないということだった。




