二十五話 魔導士は食べ過ぎた
「わぁ……あれなんだろう!?」
家族以外が近くにいたことがなかった勇者はおのぼりさん丸出しで、道行く人をキョロキョロと眺めてなんにでも興味津々だった。
「これをもらおう」
「ジェイン、買い食いはほどほどに!」
そんな勇者から目を離さないようにしつつ、ぼったくられないように屋台を次々と制覇し出した魔導士の首根っこをつかむ団長。
「あー……久しぶりのまともな食事」
「また肉ばかり食べて……」
「安全な牛豚鶏を選んで何が悪い」
もはやオカンな団長の呆れた言葉に肉を口いっぱいにほおばる魔導士が言外に「魔物は食べ物じゃない」と言っていくが無視だ。
食べられない魔物もマズイヤツももちろんいるけれど。
歯応えのあるところも、調理次第でトロッと濃厚になるところもある魔物は美味しいんだから仕方がない。
「……あれ、アリア?」
「ん?ほうひは?」
元から俊敏な勇者は初めての大きな街に浮かれて二人と見事にはぐれてしまっていた。
のんきな勇者は自分がはぐれたことにも気付かず、それぞれに与えられたちょっとのお小遣いで何を買おうかと迷っていた。
「さっきから見てたが初めてなのかい、お嬢ちゃん?」
「え?あ、わたしか。はい、見所がたくさんありすぎて目移りしますね」
急に人に話し掛けられてもまったく疑わない勇者は振り返り、「良かったら案内をしよう」と笑顔で言う男にそのままついていった。
「まだ撤収命令出してないはずなんだけど、魔物がいねぇな」
ムシャムシャと買い食いしながら屋台を堪能していた魔王は、それでもどこかにいるはずの魔物を探すために裏路地に入った。
「どこに行ったんでしょうか、アリアは……」
こんな人混みの中ではぐれてしまうとは、「もしかしたら二度と会えないのでは!?」と心配する団長の横で何かを睨んでいた魔導士がこめかみを揉みほぐしながら呟いた。
「んー……杖がないと正確じゃないが、けっこう離れたみたいだな」
「わかるんですか!?」
「迷子になりそうな気がしたし、宿まで帰れなかったら迎えにいかないといけないだろ、団長が」
「その場から動かれたら私では追い付けませんよ。その時はジェインが迎えに行ってください。あと、ザイルです」
街の外には出てないし速度からして自分の足で歩いてるっぽいからと、二人は勇者をしばらく放っておくことにした。
キョロキョロと興味津々な金の瞳を輝かせている勇者から、なんとかぼったくろうと近付いた男は困惑していた。
のんびりとした雰囲気でおのぼりさん丸出しだから、さらに人の多いところへ行ったら簡単に籠を奪えると思っていたのに隙がない。
ついでにひょいひょいと人混みを優雅とも言える足取りで進んでいくので必然的に置いていかれることになってしまった。
「あれ、オジサン?」
途中まで「あの屋台はオススメ」だとか「土産を買うならあの店」とか声を掛けてくれていたのに、今は聞こえないどころか姿も見えなくなってしまった。
「まあいっか」
気にしない勇者はそのままドンドンと人混みに紛れていった。
「いねぇな……。オレが来るってわかって帰ったかな?」
魔導士への定期報告は明日だから、まだ魔王は勇者がこの近くの村を助け終わったことも今現在同じ街に来ていることも知らない。
いないなら仕方がないかと諦めて、それでも暴れたっぽい跡を見つけたので満足そうに頷いて屋台のある場所へ戻ろうと踵を返した。
「あー……食い過ぎた」
「あんたバカでしょう」
城から出て四日目、ようやくまともな食事が手に入って調子に乗った魔導士は食い過ぎて動けなくなっていた。
「宿に帰りますか?」
「うん。ベッドの上で寝たい」
「暗くなってもアリアが帰ってこなかったら迎えに行ってくださいよ」
それなら抱えて戻ってやると、魔導士の扱いに関してたくましくなった団長が手を伸ばした。
途中で叩き起こされそうだと気付いたが、地面の上で寝るのはもう勘弁な魔導士は手を取った。
「お嬢ちゃん。こっちにイイ店があるんだ、案内してやろう」
「わぁ、ありがとう!」
そろそろ何か食べてみようかと、相変わらずキョロキョロしていた勇者はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた男たちに声を掛けられていた。
その笑いに含まれる意味も裏路地に案内をされた意味もわからない勇者は「親切な人が多いんだなあ」とアッサリついていった。
ガタイのいい男たちは、自分たちで楽しんだあとに何も知らない少女を売ろうと考えて、思わず口元が歪んでいった。
何も知らなそうな少女が腰に差しているものの正体と、誰に声を掛けてしまったのかはすぐに気付くこととなった。
「ヒッ!?」
自分が背にしたはずの壁がパラパラと細切れになって足元に落ちていく。
「イイ店ってどこにあるの?」
「落ち、落ち着いてくれ……」
目の前には仲間たちが呻きながら倒れている。
裏路地に連れ込んですぐに手を伸ばした男たちを素手で倒し、さらに腰に差さった剣で動けなくした少女の雰囲気は先ほどとは違う。
「ねぇ、もしかして騙したの?」
「ッ……」
日が射さない裏路地で光る金の瞳、壁であろうが人であろうが一振りでなんでも斬ってしまう剣とそれを普通に使いこなしている少女。
男の形に沿って斬られた壁が崩れていって、ようやく自分たちの手に負えない相手だということに気が付いた。
ひたっと見つめる金の瞳と、壁でも人でも『なんでも斬れる剣』。
最初に国中にお触れが出回った時の内容を覚えていた男は、とんでもないものに手を出してしまったことを知るがもう遅い。




