一話 勇者は今日も剣を振るう(野菜に)
今日も今日とていつもの通りに、魔王自らに声を掛けられた勇者は野菜を刻んでいた。
「ハッ」
勇者にしか使いこなせないと言われている『なんでも斬れる剣』を使い、斬り刻むのは魔物ではなくて野菜。
たまに肉とか魚とかも切るけれど、主に野菜や果物に発揮されている。
「アリア―」
「はーい?」
採ってきた野菜をすべて刻んだらザルに入れて、よいしょと持ち上げたら母親に声を掛けられた。
「なに、おかーさん」
「なんかねえ、あんたを探している人がいるらしいんだよ」
「わたし?」
一時期は毎日のように、夜になったら響いていた男の人の声は最近めっきりしていない。
だから自分が誰に探されているのかもすっかり忘れていた勇者と呼ばれた少女は、両親とともに首を傾げた。
「街に出たら、お城からの通達だっていう紙が貼ってあってね。姿はわからないみたいなんだけど、歳と名前がアリアと同じだから気になって……」
そう言って父親が話してくれた内容はまさに自分のことだったけれど、「だから?」としか思えない。
「アリアという名前の十四歳の女の子って、この国に何人いると思う?」
「だよねえ」
「……じゃあこの話はナシね」
「はーい」
いつものように母親がパンッと手を叩いたら、話はそこで終わるのだ。
それが我が家のルール。
ちょっと心配そうにしていた父親も、アッサリと頷いたらまた畑に戻って行く。
けれど少し神妙な顔で考え込んでいた母親が呼び止め、めずらしくまた椅子に座り直すことになった。
「幸い、近所の人も少ない土地だけど万が一ってことがあるからね」
「?」
なんだかとっても深刻な顔の母親がアリアに向き直って、とっても変なことを提案してきた。
「あんた、今日からアレクって名前にしな」
「えぇ!?」
「ああ、それなら安心だ」
「ちょっとぉ!」
「決定ね」という我が家の絶対王政の一言で、十四歳という花真っ盛りの少女は男の子になってしまった。
「髪は男の子でも長い子もいるから、そのままでいいか」
「……問題はコレだよ」
「サラシでも巻いとけ」
「えぇー」
年の割に発達し過ぎている胸部を見れば、いくら男の子の名前で呼んでも意味がない。
「これで少しは安心だね」
「ブーブー!」
「アリア……アレクがいなくなったら大変だからね」
信じてはいないけれど、魔王に言われたという言葉を母親はずっと気にしていたみたいだ。
やっと父親も小さくホッと安堵の溜息を吐いた。
「ここら辺には誰もいないんだから、サラシとか意味ないと思うのに心配性ー」
「当たり前だろう。あんたがいなくなったら誰が骨ごと斬り刻むんだい」
「……おかーさんて、おかーさんだよね」
やれやれと呆れた息を吐きつつも、家族会議で決まったんだから仕方がない。
髪をまとめてサラシを巻いて、こうしてアレクは誕生した。
「あ、アリア。あの飛んでる鳥、かなり大きいね」
「遠目でも身が締まっているように見えるから美味しいかな?どう思う、アリア?」
「……アレクって呼ばなきゃ意味ないじゃん」
「誰も聞いてないからいいんだよ。ほら、早く仕留めて!」
「はーい」
『なんでも斬れる剣』は、なんでも斬れるところも素晴らしく優秀だと思っているけれど。
それよりもどこに飛ばしても絶対に自分の手元に帰ってくることがすごいと思っている。
―――それも全部、自分が勇者だからと気付くのはもう少し先。