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坊ちゃまのメイド 出会い編  作者: くまきち
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十八話 勇者の正体

 なんだか痴話喧嘩に巻き込まれただけだったなあと、王女様の部屋から出た勇者は一緒に出た侍女の人と廊下を歩いていた。




「お訊きしても?」

「はい?」


 静かに控えているだけの侍女が勇者を部屋まで送ってくれたと思ったら、扉を閉めようとした手をつかんで尋ねてきた。

 つかんだ勇者の手のひらを広げた侍女は、そこに素早く指で文字を書いていく。


 勇者と食事をする時に魔導士が使う、部屋の中の声が外に漏れないようにする魔法はかなり高度だ。

 人並みな魔法しか使えない侍女は、こうすることで他の人に聞こえないようにするしかなかった。


「ふ、ふふ……くすぐったい」

「……どうなのですか?」


 すらすらと訊きたいことを声に出さずに書いていくのは助かるが、流れるように書くのでとてもくすぐったい。

 けれど確かめるように見つめた瞳は真剣そのものだったので、勇者はアッサリと頷いた。


「うん、そうだよ」

「やはり……」

「でも」

「ええ、わかっております」


 『あなたは女性では?』という質問にためらわずに頷いた勇者だが、誰にでも話している内容ではないことに侍女は気付いている。


 公表しない理由も思い当たることがあったのか、みなまで言わなくていいと、続けようとする勇者の口元に手のひらを掲げて次の言葉を封じ込めた。




「旅から帰ってきても知らせないほうがよろしいでしょう……が、それですとまた別な問題が起きそうですね」

「別な問題?」


 何年掛かるかわからない魔王を封印する旅に出て無事に帰ってこれたとしても、「実は勇者は女でした」ってバレたらいらぬ誤解をされる恐れがある。


 けれど二日後に迫っている凱旋パレードで、勇者たちのことを国民に知らせるのだから隠せることでもない。


「あなたが無事に帰ってきたら、自分の娘を嫁にするようにという圧力がかかるということです」

「えっ、なんで?」


 庶民の中でもド庶民な自分が、なぜにお貴族様から嫁を斡旋させられるのか。

 ポカンと口を開けて呆然とする勇者に、小さく溜息を吐いて周囲にどう見られているのか話していった。


「当たり前ではないですか。すでに先日のお城での襲撃から守りきったことで、あなたは英雄扱いになっているのです。その方と婚姻という手段を結んで自分の権力を確かなものにしようと考える浅はかな連中は、あなたが考えているよりも多いのですよ」

「面倒くさー」


 旅の仲間である大魔導士とくっつけば簡単なのだろうが、こちらはすでに王女様と非公式ながら婚約が決まっている。

 先ほどの様子では旅に行く前に確定することだろう。


 もう一人もいるが勇者よりも弱いことが知られているので、上層部の相手にはならない。


「だから旅の間にお相手を見つけることが一番ね」

「それは考えているよ。おかーさんにも連れてこいって言われたから」


 頼りがいのある婿をと言われたが、この国でこの勇者よりも強い人などそうはいないだろうなあと確信している侍女は、ちょっと遠い目をしてしまった。


 それでもどうやら母親の言うことは絶対で、さらに本人も探す気満々ならこれ以上外野がとやかく言っても無駄だろう。


「では頼みますね」

「はーい」


 誰にでも素直な勇者は手を挙げて頷いて、さらにニコニコした笑顔を向けたら手を振って王女様の部屋へ戻る侍女を見送った。




「……変な人ね」


 王女様の侍女ではあるがそれだけで、王女様本人にも周囲の人たちにもすでに空気のような扱いになっている。


 存在感を消すことが常になっている自分に、あのように接してくれる勇者。


「いい人が見つかるといいけれど」


 最低でも勇者と同程度の強さを持ち、頼りがいのある年上の男の人ならのんびりな勇者とも気が合うかしらと侍女は想像を巡らせていく。


 他の者でも納得してくれそうな勇者の結婚相手はどんな人がいいかと想像していた侍女は、長旅から帰ってきた魔導士に相手の正体を聞いて「斜め上過ぎるわ!」と突っ込むことになることをまだ知らない。




 国を二百年近く支配してきたカリスマ性と魔物を従える膨大な魔力。

 艶のあるまっすぐな黒髪に勇者と同じ金の瞳は不敵輝き、当然ながら今生きている中では最高齢の年上。


 整いすぎている容姿からも、人々のみならず魔物からも遠ざけられている原因だった。


 知識は豊富で柔軟性もあり、支配という形でも国をまとめるという意味では包容力も抜群。

 あちらも長年探していたという意味では、勇者がこの世で唯一人、特別な相手になるかもしれない。


 勇者が選んだ伴侶は侍女の想像していた理想に一番近かったが、種族というところまでは想定外だった。


 人間に近いとは言われているし見た目も人間そのものだが、いかんせん呼ばれている通り名が勇者とは真逆。


 その男は配下の魔物からも人間からも、それこそ百年以上その名で呼ばれ続けていた。


 リーデリッヒュという名前まで知っている者は少ないが、別の呼び名はみんなが知っている。


 この国を二百年近く支配してきたその人こそが、勇者が選んでしまった相手だと誰が想像できただろうか。




 魔王 リーデリッヒュ。


 それが勇者の愛した男性の名前だった。


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