十一話 勇者は城で勉強中
―――世界は混乱に満ちていた。
思いがけないところに現れる魔物。
様々に形を変えて冒険家たちを惑わせる迷宮。
少しずつ国の様子も変わり始めていた―――
「へー、あれって魔物だったんだぁ」
まだその時ではないということと、装備がそろってないからという理由で城に留まっていた勇者は魔導士に与えられた魔物図鑑を読み込んでいた。
魔導士が立てたスケジュールを真面目にこなしているけれど、それでもこれを与えられた本当の意味を理解していない勇者は首を傾げる。
「特徴とか絵で描いてあるのは便利だけど、大事な情報が書いてないなあ」
そう言ってペンを手に取った勇者は図鑑に書き込んでいくことにした。
「これは意外と内蔵が美味しいんだよね。特に煮込みはサイコーだった」
「……おい」
「あ、コイツはハズレもハズレ、大ハズレ。斬ったらすぐに腐っちゃって、剣にこびりついて落とすの大変だったんだから」
「おい」
「んー……これはまあまあかな、50点!生はマズかったけど一ヶ月漬け込んだらトロットロになってくれたんだよねぇ」
「また食べたいなあ」とうっとりしながらヨダレを垂らしながら魔物図鑑をめくっていく勇者。
「……」
途中からその様子を見ていた魔導士は痛み出したこめかみをもみほぐした。
第一声は「魔物は食べ物じゃありません!」がいいか、「特徴と弱点を覚えて実戦で使えるようになれ」がいいかと考えて、全然違うことを言うことにした魔導士は図鑑に書き込んでいる勇者に声を掛けた。
「アレク。剣の稽古の時間だって」
「あ、レイン。はーい」
「コイツは確か分裂しやがったから、食べられるとこがないくせに手間取ったなあ……マイナス三十点!」とか言いながら書き込んだ勇者は大人しく本を閉じて立ち上がった。
「スライムまで食おうとしたのか」
「え、何?」
「……なんでもない」
変なモノを食べさせられないようにと図鑑を与えたはずなのに、一通り食べたことがあった勇者には意味がなかったようだ。
城の中での魔導士は、非常に魔導士らしい格好をしていた。
長ったらしいローブを着てゴツイ杖を持ち、豪奢な飾りのついた服は歩くたびにシャラシャラと装飾が揺れて涼しげな音を響かせる。
両手の指には指輪をたくさんつけているが、これもすべて魔導具だということに気付いている者は少ない。
対する勇者は軽装だ。
さすがに城の中を勇者としてうろつくには家で着ていた服では貧相すぎたので、それなりの格好をさせられてはいる。
それでも少し上等な布で作られ、防御の魔法が掛かっていることくらいしか前と大差ないシンプルな上下のツナギのみ。
腰には勇者の証である、『なんでも斬れる』という伝説の剣が二本。
二人の並んでいる姿を見れば、勇者は飾らなさすぎて魔導士は飾りすぎていた。
「そういや、その『なんでも斬れる剣』てのも違う名前が欲しいよなあ」
「その呼び方しか伝わってないなら、今から名前をつけたらむしろ偽物が出てくるんじゃない?」
「それもそうか」
これから旅に出るのだから、下準備はできるだけやってとっとと帰ってきたい魔導士は、名前をつけたほうが面倒くさいと気が付いてすぐに却下した。
「あとさあ……呼ばれといてなんだけど、もっと骨のある人はいないの?」
『なんでも斬れる剣』で稽古をするわけにはいかないので使っていないが、それでも実戦で使えるもので毎日のように騎士団の人たちと打ち合いをしていた勇者が呟いた。
「団長は?」
「何度も向かってくるのはいいけど、わたしって今まで骨ごと細切れにしてたでしょ?それに魔物に対して寸止めとか意味ない気がしない?」
「ふむ……」
何度も立ち向かってくる団長は歯応えがあってまだいいのだが、いかんせん魔物だと知らずに瞬殺してきた勇者には、普通の剣の稽古では物足りなく感じているということらしい。
確かに魔物相手に寸止めは、今まで骨ごと斬ってきた勇者にしてみれば生ぬるく思えることだろう。
それでも人間相手に手加減しなくていいと言うことは、伝説の剣を使わなくても危険すぎることに変わりはない。
「基礎は大事だが、行く前に腕がなまるのは困るな。それなら中クラスくらいの魔物に城を襲わせるように、魔王にちょっと頼んでみようか」
「そっちのが実戦としては助かるし、いいと思う」
「賛成ー」と手を挙げた勇者に魔導士は頷いて、次の定期報告の時に頼もうと新しく脳内スケジュールを組み直していった。




