赤く色づいた君よ
あたしのこと、すき?
一仕事を終えて、冷たい床に仰向けになって寝そべっていた僕に、少し離れた所でうつぶせになっていた彼女は整った顔に両手を載せて言った。
あたりは少しずつ薄暗くなっていて、窓の外から見える景色はゆっくりと陽が沈もうとしていた。そこから差すひかりが、眩しくうつる。
もうすぐ夜が来る、その前のほんのひととき。僕と彼女だけの時間。ふたりしかいない、世界。
ぼんやりとした微睡みの中にいた僕はゆっくりと彼女をみた。
真っ白な雪のような肌。腰まで伸びる長い黒髪がそれをひきたたせるようになめらかで、美しい。
蜜の様な甘い色をした瞳が、彼女の幼さを残しつつも早熟した女の果実にそっと添えられている。
小さな手も、細い足も。全部。僕だけの彼女。
( すきだよ、 )
口にしなかった言葉は彼女の優しく、やわらかい笑みを見て伝わったのだと感じた。
このまま、時間がとまってくれれば。誰も僕と彼女の世界に入ってこなければ。そうすればきっと・・・
カタカタカタ。キャハハハハハ・・・
やけに軽いテンポの足音と甲高い笑い声。ハッとして僕は体を起こした。
来た。夢の中にいた僕は一気に現実に引き戻されて固唾を飲み込んだ。頭がぐるぐるする。脳みそがジューサーでミックスされているみたいだ。
あわててジューサーのスイッチを切って、中身のジュースを冷凍庫で冷やす。
居間の引き戸のほうにそっと身をよこして耳をすませる。このキャンキャンとした五月蝿い声は間違いなくあの女だ。
ぺちゃくちゃと何やら話し声が聞こえる。ほかに誰かいるのか?じっと聞き耳を立てているが相手の声は聞こえない。
電話で話しているのかもしれない。だがもし誰かいるとするなら厄介だ。それが女ならまだしも男だったら非常に面倒だ。
引き戸に隙間を作って玄関のほうを確認するが固く閉ざされたドアからは何も見えない。
目がチカチカして点滅する。心臓はさっきからどんどん音を鳴らしている。まずい、どうする?・・・
その時、小さく暖かいぬくもりが僕の手にそっと触れた。びくっとした僕の視界に入るのは美しい黒髪。
彼女だ。いつの間にか僕のそばまで来ていたのだ。彼女は僕の手に手の平をそっと重ねてゆっくりと僕のほうをみた。
だいじょうぶ
秘め事の様に、そして静かに泣く夜の海のようにやけに切なげな声だった。だいじょうぶ、その言葉を反復しつつ僕は部屋の隅で固くなっているそれ、をちらっと見やった。
幼いころ、あるアニメーション映画を親に連れられて観に行った事がある。小さな女の子が熊と狸をくっつけた様な大きな生き物「ポンポン」に出会い、冒険の旅に出ると言う子供向けのアニメ映画。それ、はその映画に出てきた生き物ポンポンにそっくりだった。
愛嬌のある優しい顔つき、やわらかく膨らんだふくよかなお腹、まんまるの大きな体。以前その映画がテレビで放送された時、なつかしいと呟いた僕とは正反対に彼女はにっこりとした微笑みを浮かべてあたしはきらい、と呟いたのを僕は覚えていた。
それ、はかつて彼女が愛していたものだった。だけど。それ、は彼女を捨ててあの女のほうを選んだ。彼女はひとりぼっちになった。
そして、僕は。彼女のために。それ、を裁くことを選んだ。彼女を捨て、彼女の笑顔を奪ったそれ、を。
上手くやる自信はあった、だがこれは一筋縄では行かないとも思っていた。だからこんなにあっさり終わるとは思わなかった。その分持ち運びには苦労したが。
終わった後、彼女は壁にもたれ掛かってそれ、を見下ろしていた。その顔からは悲しみも、喜びも、憎しみも、怒りも感じられなかった。
彼女はあの時何を思っていたのだろうか?何の未練も持っていなかったのだろうか。でも、それももういい。
僕は自分の手に添えられた彼女の手にそっともう片方を重ねて置いた。
・・・ああ、そうだ。だいじょうぶだ。だってさっきも簡単に終わったじゃないか。だから、だいじょうぶ。だいじょうぶ・・・
しばらくして、話し声が止んだ。続いて玄関のカギを開ける音がしてパッと明るく光が灯る。
引き戸の隙間から光差す方向を覗き見る。茶髪の後ろ姿と靴を履き替える仕草。そのほかに誰もいない。よかった、どうやら一人のようだ。
少し息を吐いて、僕はすぐそばで夢をみているかの様な彼女の顔をじっと見た。彼女も僕に気づいて、僕を見つめた。
眉の所で切りそろえられた真っすぐな前髪からのぞかせる両目の硝子の結晶が、曼珠沙華の花を咲かせ妖しく色づいていく。
薄い唇も。小さく吐く息も。たまにしか見せない笑みも。僕の大好きな彼女が赤く染まってゆく。赤く色づいていく。
やがて彼女が真っ赫に塗りつぶされた時、僕は愛しい赫にそっと口づけるのだ。紅の矢を携えた、縞模様の大きな弓銃を手にして。
初めまして九家薊と申します。今回なろうではじめて小説を投稿させて頂きました。
私自身は小説をずっと昔に書いていたのですがそれから遠く離れ、友人達の言葉もあり再び執筆する事になりました。
私を再び執筆活動に引き戻す機会をくれた友人達には感謝しております。
このお話はライトノベル作法研究所にて投稿した物を加筆&修正したものです。(https://ranove.sakura.ne.jp/3story_system/public_story/13253.shtml)
久しぶりに書くのだから悪女の話が書きたい!と思って作ったお話で、モチーフは伊藤潤二先生原作「富江」の映画「富江 最終章―禁断の果実―」を参考にさせて頂きました。
キーワードになっている「赤」は主人公の富江が劇中で赤い服を着て現れる所から来ています。
冒頭の台詞も劇中の富江の台詞より拝借致しております。
とても難しくて、まずは書いてしまおうと思い何度も何度も書き直してようやく投稿することができました。
こうして小説を投稿することができてとても嬉しく思います。
これからもたくさんのお話を作っていきたいと思っていますのでどうかよろしくお願い致します。