第九話 闇に消える街─2
『わぁ~っ、きれーい!』
目をキラキラと輝かせ、そんな声をあげたミラ。
その手に握られた銀のネックレスがぼんやりとした紫色の光を纏っている。
ここは街の広場に面した小さな装飾品の店。
たしか、店の外にはそれなりに年季の入ったボロい看板がぶら下がっていたはずだ。
あれから、私達は街の探索へと出ていた。
エリンと名乗った少女が去った後、蝋燭の火を灯しに来たウェイトレスの少女が、買い物等は今の時間帯に済ませておいた方が良いと奨めてきたのだ。
何でも、基本的に夜は外に出てはいけないのだと。
やけに輝いている赤の炎が煌々と燃え盛る松明のようなモノを片手に少女は言っていた。
そんなわけで現在いる装飾品屋に先ほど訪れた私達なのだが、ここでは装飾品の製作が体験できるらしく、ミラがせがんできたのでなぜか私が作る事になった。
普通は『作ってみたい』とせがむものではないだろうか。
なぜ私がとは思ったものだが、製作自体は案外すぐに終わった。
代金を支払い、用意された素材は魔銀と呼ばれる微妙に黒い金属。店主曰く魔力を通せば簡単に加工ができ、付呪や魔法による強化に優れた硬い金属なのだと。それなりに高価なモノらしい。
魔力と言うモノはおそらくMPの事を指しているようだが、『魔力を通す』の意味がわからない。『通す』とはなんなのか。
とりあえずエフェクトを手に纏って魔銀に触れた所、正解だったらしく、うねうねと動き出した魔銀がイメージ通りにネックレスへと変化した。
それが、今現在ミラの手にあるモノだ。
『ステータス三倍』の特殊効果が付いているみたいだが、元々魔銀に付与されていたのだろうか。
「……これは、私達が貰っても構わないのだったな?」
「え、ええ。代金は既に頂いておりますので……」
椅子に座りカウンターから私達の様子を見ていた老人、この店の店主へと問いかけると、しわがれた声でそんな返事が返ってきた。
その言葉を聞いたミラが、何かを求めるような目でこちらを見つめてきたので頷いてやると、嬉々としてそのネックレスを自身の首へとかけた。
元々せがまれて作ったのだ、今さら確認を取るまでもないだろうに。
『嬉しいなっ! おねーさんからのプレゼントだぁ!』
吸血鬼が銀に弱いと言うのは嘘だったか。
そもそも銀と言えるのかもわからない魔銀という物質ではあるが、一応銀と呼ばれている素材のネックレスを首に付けた状態ではしゃいでいるミラを見た私はそう思った。
『本日の消失刻まで後少しとなりました。係の方は広場へと集まって下さい』
そんな、スピーカーから流れ出したような声が聞こえた。
消失刻と言う物が何なのかはわからないが、今の時間は大体夕暮れ時だ。
店にある小さな窓からは、オレンジ色の光が射し込んでいる。
よくわからんが、消失と言うくらいだ。何かが起こるのだろう。
と、なれば見に行く他あるまい。
「……行くぞ、ミラ」
ミラの手を引き店を出ると、先ほどまでは閑散としていた広場の中央に炎が燃え盛る銀製の巨大な聖杯が設置されており、何人もの人が集まっていた。
巨大な炎はここまで届くほどの熱を持っているわけでもないように見える。
おそらく、熱いだとかの理由ではないだろうが、ミラが炎との間に私を挟むような位置にジリジリと移動していく。どうも、炎から離れたいようだ。
よく見れば、宿にあった火と同じような気配を感じられる。
「──あら。まだ居たのね、貴女達」
例の炎から離れる為に路地裏へと移動したのだが、そこでまたミラの姉であるエリンと遭遇することとなった。
特に用があるわけでもないので、こちらから話しかけたわけではない。が、勝手に向こうから話を始めた。
エリンが言うには、あの炎は『聖火』と言うモノらしい。
よくわからんが吸血鬼はアレが嫌いなのだと。
なぜそんな説明を始めたのかは知らんが、ありがたく受け取っておくとしよう。
「──まったく、忌々しい。それでも、この街には滞在する価値があるのよ」
くるくると自身の白金色の髪を弄り、様子を窺うように聖火へと視線を向けたエリンは、吐き捨てるようにそう言った。
どうやら、まだ話は続きそうだ。
しかし、なんだこいつは。
構ってほしいのか?
「──この街には私達吸血鬼の力を増幅させる何かがある。まあ、貴女のような羽虫にはわからないでしょうけど」
両手を後ろで組み、私達の周囲をちょろちょろと歩きながら話していたかと思えばいきなり目の前で立ち止まり、決めポーズのような格好でミラを指差してそう言った。
指を差されたことにより肩を震わせたミラは、より一層と私の腕を強く抱きしめた。
そんな様子を見たエリンが眉をつり上げて、ムッとした表情を浮かべる。
「──ちょっと。聞いているのかしら?」
ずいっ、とこちらへ顔を寄せてそう言ったエリンはどこか怒っているように見受けられる。
射ぬくように向けられた視線は、鋭いと言うよりはジト目のように感じられた。
「おーい! あんたら、旅の人か? 悪いことは言わねぇ。完全に夜になる前に宿に戻った方が良い」
広場の方から駆け寄ってきた、いかにも町人と言った風体の男は慌てたような様子で言う。
何かあるのかと問いかけてはみたものの、はっきりとした答えは返って来なかった。
詳しい事は何ひとつ聞けやしなかったが「闇に近付くな」と念を押すように何度も言っていた。
それから別の町人にもいくつか話を聞いてみたが、大した情報を得る事は出来なかった。
皆、一様として口にする言葉は「闇に近付くな」だ。
◇
少しの時間が経ち、闇が世界を覆い尽くす時が訪れる。
あれから何度か街の住民に声をかけられ、私達はとりあえず宿へと戻っていた。
二階の窓から見下ろせる街の景色には松明のようなモノを持った人が一定の間隔で立っており、夜の街が一点の影も無いほどに照らされている。
どうも、この街の住民らは異常なまでに闇を恐れているらしい。
この街へくる発端となった、ある商人が言っていたある言葉を思い出す。
闇の無い街。
それはおそらくこの状況の事を示しているのだろうが、私個人としては『闇に恐れる街』等にした方が正しいと思うのだがな。
「──そもそも、私達真祖吸血鬼が他の下位種族を側に置いてあげることなんてまず無いことなの。わかるかしら? って、ちょっと! やめなさい!」
何故かそのまま私達に着いてきた少女エリン。
部屋に着くなりベッドの枕下にある火の灯された小さな蝋燭を見て、飛び跳ねるように私にしがみつき、その後も何事も無かったかのように私の膝の上に座り話を続けていた。
最初はエリンに対して怯えていたミラであったが次第に慣れていったのか、私が居る以上は大丈夫だと判断したのか、今では特に問題もなく過ごしている。
時折、蝋燭が立てられた銀の燭台をエリンに近付けて遊ぶほどに余裕が見られた。
先ほどから見ていて分かったことなのだが、火に対してはエリンの方が弱いらしい。
らしい、と言うのも。見た限りミラはちょっと嫌と言う程度に見えるが、エリンは過剰なほどに反応するからだ。
それに何度か恐る恐る消そうとしている姿は見られたが、前にミラが消した時と違って蝋燭の小さな火はびくともしない。
レベル差はこう言う弱点に対する抵抗等にも出るものなのだな。
「……ミラ、やめてやれ」
ミラが燭台に手をかけるフリをする度に、びくっと肩を震わせるエリンの姿に見かねた私はそう言った。
ミラは名残惜しそうではあるが意外にも素直に返事をし、燭台を元の場所に戻した。
そして私の空いている方の膝にじゃれつくように顔を擦り寄せてくる。
「──まったく。私にこんなことをして……ひっ! わかったから! ごめんなさい!」
文句を言おうとしたエリンに再度、蝋燭を近付けるミラ。
まあ、反応が面白いのはわかるが。
「──ふぇ、もうやだ……。いじめてたのは他の姉達なのに……」
燭台を持って追いかけるミラより逃げるために私の膝の上から飛び降り、どたばたとそんなに広くない部屋中を走り回っていたエリンだったが、徐々にその歩みは遅くなっていき。
終いには立ち止まって涙を流し始めた。
何だか憐れに思えてきたので、ベッドに座った状態のまま少女を抱き寄せて膝の上に乗せると、その白みがかった金色の髪を撫でてやった。
ミラは既に捕まえており、ベッドの上に寝転がせて左手で頭を撫で回してやると、猫のようにころころと転がる。
結果的に私は吸血鬼姉妹の二人共を撫でているわけだが。
なんだこいつらは。
子供か?
子供か。
さて、と。
『闇の無い街』の真相が知れた以上、この街への興味は既に失われた。
と、なれば。
「行くぞ、ミラ。ここにもう用はない」
『うぃうぃ~。りょーかいだよ、おねーさん』
ベッドの上で転がっていたミラは私の発言をある程度予測していたのか、すんなりと立ち上がると壁際に掛けていた私のマントを持ってきた。
私は膝の上にいるエリンを降ろしてそれを受け取り装着すると、ベッドを乗り越えて窓枠に足をかける。
その時、何かにマントの端を引っ張られた。
「──その……。姉様、私も連れていって」
振り返ると昨日のように自信に満ちたような表情とは打って変わって、しおらしい様子のエリンがぼそぼそと呟いた。
「姉様」と言うのは私の事だろうか。
まあ特に断る必要もない。
これが私のロールプレイなのだから。
「……好きにすると良い」
そして聖火に焼けた紅い闇夜の空を切り裂くように、私は追従する二つの影と共に天高く羽ばたいた。
『……む、帰ったか。っと、なんじゃお主。帰る度にちっこいのが増えとるのぅ?』
「……お前もそのちっこいの、の内のひとつだろう」
『ぬぅ……。それを言われては何も言えぬ……』