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第二の人生 ~女アバターで異世界ロールプレイ~  作者: 暗鬱な曇天
第一章 穢れた祭壇
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第七話 帝国の剣も地に折れる

 光が遮られ、風が吹き荒れる広き大地を騎馬が踏み鳴らす。

 天を貫くが如く掲げられた紅きシンボルが、大きくはためていた。


 その日は気分が暗くなるような暗鬱とした雲が、青い空を覆い隠していた。


 帝国領と王国領の狭間に位置する広大な平野。

 そこを横断するのは五千ほどの黒き軍勢、帝国軍である。


 彼らが向かう先は王国領最前線の都市、不落都市フォートレスガーデン。別名、壁の無い要塞。

 およそ三百年もの間不落を貫き通したその都市に、街を守る外壁は存在しない。しかしその東西南北には王国に十三人しか存在しない最高戦力、十三聖騎士の内四人を立てており。街の戦力で言うなれば、王の居城がある王都に次ぐ。

 それはつまり、王国側が都市フォートレスガーデンを重要視していることに他ならない。


 さて、では何故そのような場所をわざわざ帝国は狙うのか。

 そのような声が行軍を行う帝国兵の中に時折挙がるものの、しかして彼らは敗北を喫するつもりはない。

 絶対的な自信と高い士気を持つ彼らの礎となっているのは二つ。

 一つはその中央を歩く帝国側の最高戦力、帝国六皇旗の三人であった。

 言い伝えでしか聞かぬ聖騎士と、自身らが日々その強さを目の当たりにする帝国六皇旗。どちらかを比べれば聞いた事しかないモノより、目の前の一番現実に近い非現実へと傾くのが人の心と言うものだ。

 何せ、実感する機会があるのだから。


 そして、その士気を最大まで高める最もの理由は事前に皇帝より直々に知らされた一つの事実。


 帝国最強の存在、六皇旗筆頭も共に行くと。


 皇帝以外にその顔を知る者はいないが、しかしその武力は大陸全土に響き渡るほどの、帝国側の英雄。

 そんな存在が、自分達と共に在るのだ。これほど心強いことはない。そしてその英雄譚の一部となれるのだと、帝国軍全てが歓喜に包まれる。

 彼らの中には相手となる王国側へ憐れみを覚える者もいるほど。



 彼らの歩みは、およそ一週間にも及ぶ行軍の疲れなどまるで感じさせないほどに軽く。王国領フォートレスガーデンまで、残すところ後二日の距離。

 そんな時だった。本隊の少し前を行く哨戒部隊が後ろに引き返して、本隊と合流したのは。


 彼ら哨戒部隊が話すには、前方に街があり、それを迂回した方が良いとの事であった。

 「迂回しろ」と壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返す彼らの中に、部隊をまとめる隊長の姿が見えなかった。何かがあったのは間違いないだろう。


 今回の行軍の全体指揮を皇帝より一任されたのは六皇旗の一人、轟炎剣のゼルディアス。

 彼は顔を真っ青に染めた哨戒部隊の者達を目にし、少し悩んだものの、このまま直進することを決断した。


 平野に面する帝国領の都市から真っ直ぐに目的地へ向かうと、途中で神装騎士を抱える聖都と衝突する。聖騎士と戦う前に無駄な消耗は避けるべきであるため、元より最短ルートを少し外れているのだ。

 ならばこそ、聖都以外の矮小な都市など物の数にはならず。

 行軍前の軍議にて、『全て蹂躙して直進せよ』と皇帝より承った命を元に彼は判断した。


 街の発見を本国に知らせるための伝令兵を五人ほど送り出し、帝国軍は行軍を再開した。



 少しして、彼らの視界に街を守る外壁のようなものがぼんやりと映り込む。

 その頃には先ほどまで空を覆っていた雲に切れ目が生まれ、その隙間から漏れた太陽の光が大地を照らしていた。


「──何だ貴様らは。侵略にでも来たのか?」


 世界と共に少しばかり晴れやかな気分で足取りが軽くなった彼らの前に、突如として奇怪な格好をした女が現れた。

 目を布で隠した不気味な女の出現に、帝国軍の歩みは一度止まる。


「……邪魔者を即刻切り捨てよ」


 しかし止まったのはほんの一瞬であり、前線部隊百名ほどを率いる部隊長が騎馬の上から誰へでもなく命令を下す。

 すると最前列の帝国兵の中から一名が前へと進んでいった。


 「それなりに良い身体をしていた」などと惜しむような声をふざけ半分に誰かが言い、少しの笑いが前線部隊の中に沸き起こる。

 そして『断末魔を待つまでもない』と、前線部隊の者達は行軍を再開し、それと同時に剣が振り下ろされた。


 パキン。


 そんな音が響き渡り、彼らの歩みは止まった。

 目前には依然として立っている女と、刀身を失った剣を振り下ろしたままのポーズで固まる兵士。

 唖然とした顔で立ち尽くす前線部隊の彼らには、起きた出来事が理解できなかった。


 半ば恐慌状態に陥った数名が剣を構えて、弾き出されるように女へ向かって飛びかかった。


「──これは侵略行為として捉えておこう」


 女はそう言うと、手を下から上へと軽い動作で振り上げる。


 すると、前線部隊の帝国兵およそ百人ほどが宙を舞った。




「何だアレは……」


 目の前で繰り広げられる、理不尽のような光景にゼルディアスは呟いた。

 突如として進路上に現れた謎の女。

 最初はただの気狂いかと思い、とるに足らない事象と気にも止めていなかった。すぐに解決する、障害にもならないモノだと。

 しかし、それはすぐに改められる事となった。

 何せ、女が身振り手振りをする度に人が飛ぶのだ。宙を舞う塵が如く。


「……行け。お前がアレを止めろ」


 おそらく、いや確実に。自身ではあの暴威の化身とも呼べるような女を止めることは出来ないと、そう理解したゼルディアスの判断は早く、彼は傍らで帝国の象徴である紋章が描かれた紅き旗を掲げる男へと命じた。


 今回の総指揮を任された彼のみは皇帝陛下より、帝国最高戦力の正体を聞かされていたのだ。有事の際は上手く使え、と。


「……それは、皇帝陛下のご命令か」


 ゼルディアスの言葉にそう応えたのは旗持ちをしていた、冴えない顔の男。

 彼が皇帝の懐刀、六皇旗筆頭である。


 「噂通り面倒な男だ」と心の中で悪態を吐きつつも、ゼルディアスは彼に対して頷いて見せた。こうしなければ、彼は動かない。


「……では、参るとしよう」


 六皇旗筆頭の彼はそう言うと巨大なシンボルを掲げたまま、暴風が吹き荒れる地点へと歩いて行った。


 正直な所、ゼルディアスは皇帝陛下の言葉と言えど少しばかり疑っていた。

 良く言えば普通。悪く言えば冴えない、と言葉で表せるようなあまりにも覇気を感じられない彼の顔を見れば、誰だってそう思うだろう。

 しかし皇帝の言葉に縋るしかない現状に、ゼルディアスは歯噛みしつつも、全軍に一時後退の指示を伝えた。




 さて、負傷したものも数多く見受けられる帝国軍が少し離れた位置で見守る中、向かい合う二人がいた。

 片方は黒き鋼の鎧に身を包んだ男、紅き旗を掲げる彼は帝国六皇旗筆頭、クライス=アクト。

 その向かいに立つのは奇怪な格好をした女、アルティエタを守護する熾天使、シエル=ヴィオレーテ。


「──我は一振りの剣。皇帝に仇なす者全てを斬り伏せる、忠実なる刃」


 先に口を開いたのはクライスであった。

 並べられた言葉はまるで詠唱のように続けられ、彼は一歩、シエルに近付く。


「──我が背負うは紅き旗。皇帝の威厳を示す、象徴なり」


 彼は自身が掲げていた巨大な旗を地面に突き刺した。大地に深々と突き刺さった旗は、風に煽られはためくも倒れる様子はない。

 そして彼は腰に差してある剣を鞘から引き抜き、また一歩。


「──この身に敗北は許されず。ただ、栄光ある勝利を皇帝の前へ献上するのみ」


 また一歩を踏み出し、彼とシエルとの距離は残すところ後数歩。


「────我は六皇旗筆頭、クライス=アクト! 皇帝の敵を討ち滅ぼす者なり!!」









「馬鹿な……」


 帝都の中心に位置する巨大な城の一室。

 部屋一面に敷かれた、金糸による刺繍が施された赤の長いカーペットの上。

 部屋の入り口である大きな木製の扉から真っ直ぐ行った位置に置かれた椅子。金の装飾や、散りばめられた宝石はこの椅子が玉座であることを指し示している。

 そこに腰かけた、幼さの残っている顔立ちに似合わぬ覇気を持つ少年は驚嘆の声をあげた。

 彼こそは、十三歳という若さで皇帝の座に君臨するシャルル・セザール・ラ・シャトー。至高帝その人である。


 さて、そんな彼の手元には一枚の書状。

 ──そこには彼の懐刀、クライス=アクトの敗北が記されていた。





 今からおよそ五年ほど前のこと。

 当時シャルルは八歳、若いと言うよりは幼いと言った方が正しいような齢であった。


 彼の父、先代皇帝が未だ健在であった頃の帝国は崩壊寸前と言う言葉が正しいような状況に置かれていた。と言うのも、国の上層部に君臨する皇族、貴族、上級騎士。それら全てがその権力を笠に、政治とも言えないような悪政を強いていたのだ。

 到底払えないような税を押し付けるのは当たり前。平民以下は全て奴隷のような扱いを受け。騎士とは名ばかりのお飾りで、近隣に凶暴なモンスターが現れれば農民らに討伐隊を組ませて向かわせる。

 そんな政治に国民達は疲弊し、国外へ逃亡する者も多数現れた。


 物心がついた頃より、シャルルは自身の父である先代皇帝と兄弟ら。そしてその周りの臣下共の腐った思考に呆れ果てていた。

 彼はこのままでは帝国の未来は無いと理解し、どうすれば良いかの答えも知っていた。


 準備は既に出来ている。

 彼は六本の旗を背に、信頼できる懐刀を手に動き出した。


「今こそ、帝国に光を灯せ」


 その日、帝国が変わることとなる。


 先代皇帝を殺した彼は次に自身以外の王位継承権を持つ者、かつて兄弟であった者共を全て殺し、逆らう貴族共は一族郎党全てを処刑した。

 圧倒的な武力を背景にした革命であった。

 僅か一日という短い時間で成されたその偉業に、貴族達は畏怖の念を込めて彼をこう呼んだ。


 ──至高帝、と。


「……おい貴様ら。仲間だろう、持って帰ってやれ」



「……フン。愚かなものだな、人間は」


「──はっ! 私は……生きている……?」


「起きたか。ならとっとと帰れ、皇帝とやらの下にな」

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