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第二の人生 ~女アバターで異世界ロールプレイ~  作者: 暗鬱な曇天
第一章 穢れた祭壇
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第六話 例え皇でも馬は馬

「申し訳ありませんが、少しお時間よろしいでしょうか?」


 依然として私の膝に居座り続ける吸血鬼の少女ミラ。

 彼女がやたらと「あーん」とやらをせがんでくるので、フォークに刺したパンケーキを口に押し込む作業を繰り返していた所、騎士のような格好をした女に横から声をかけられた。

 声をかけてきた女と、他に二人がその背後に立っている。

 よく見れば先ほどまで大聖堂前に立っていた騎士達と同じ鎧を。いや、本人だな。わざわざこんな所まで来たらしい。


 まあ国にもよるが騎士というものは大体、治安維持や警護のような事をしている。謂わば、警察や警備員みたいなものだ。

 さて、そんな騎士達が一体何の用があると言うのか。


 ミラの闇よりも黒い髪を撫でながら、話の続きを促すように騎士達の方へ顔を向ける。当然、目隠しは外さないが。


「……っ。さ、先ほどの件についてなのですが。神託の巫女様にお会いしていただきたく、お声かけに参りました」


 先ほどの件。と言うと、あの赤い牛のことだろうか。

 なんだ。もしかして噴水を私が壊したとでも思われているのか?

 仮にそうなら問答無用で拘束してくる。と、なれば一体何の用か。

 まあ、捕まっても抜け出せば良いだけだ。基本的に檻だとか拘束具等はあってないようなものだ。


「別に構わないが。それが終わり次第、図書館に案内してもらえるか?」


 私の返答にどこか安心したような表情を浮かべた騎士達は深く頭を下げ、了承の意を示した。

 ならばよし、と。私はカップに残った少量の紅茶を飲み干し、ミラを膝から降ろして立ち上がる。

 そして騎士達に先を行くように促し、その後を追う形で歩を進める。ここの料金は先に払っているので問題はない。



 進んでいる方向からして、どうやら目的地は大聖堂ではなく、その正面にある神殿のような建物みたいだ。

 途中でかつて噴水が在った位置の近くを通るのだが、その周囲には未だに行き場を無くした妖精達がふらふらと漂っていた。


 ああ、完全に忘れていた。


 ──再現スキルEX。


 私はそちらへ歩み寄ると、指を弾いて噴水を復元させる。

 蜃気楼のようにぼんやりとした噴水の姿が浮かび上がり、やがてその像は現実へと顕現した。

 噴水の残骸がかつてのあるべき姿を取り戻したことにより、周囲から歓声が上がる。


 地面の中に水道管のようなものが通っている音が聞こえない事から、魔法を基にして水が生み出されていたのだろう。ならばこのままで特に問題はないはずだ。

 しかし、何か物足りないな。

 そう思った私はスキルを展開し、勝手に付け足すことにした。


 ──天使スキルEX。


 ──天の祝福(ヘブンズ・ギフト)


 特に外見においての変化は見当たらないが、心無しか水の輝きが増したような気がする。

 ついでに噴水の周りを浮遊する妖精達の数も増えた。


 そんな様子を呆然と見つめていた騎士達に先を促すべく声をかけた。それと同時に地面が大きく揺れる。

 すぐに揺れはなくなったため、おそらく地震ではないだろう。


 先ほどの揺れが起こった際にその場で立っていることも儘ならず、地に手をついて必死に堪えていた人々がゆっくりと、揺れがおさまったのを確認するように立ち上がった。

 と、次の瞬間。再び地面が大きく揺れ、先ほどと同じく私とミラ、そしてかろうじて立てているといった様子の騎士達以外の者が地に膝をつく。


 そんな時間が暫く続き結論としてわかった事は、揺れは一定の間隔で起こり、そして収まる気配はないという事くらいか。


『ふぇぇ~ん、怖いよ~』


 そう言い、私の腰に手を回して掴まる吸血鬼の少女ミラ。

 その顔に恐怖のようなものは全くと言って良いほどに見受けられない。それどころか口角を少し上げ、にやけているような気がする。


 いや、ああ。

 この揺れ程度ではさしたる影響を及ぼす様子が見られないこいつは、私に掴まること自体が目的か。


「あぁ、神よ……」


「あぁぁぁ……! 早く終わってくれぇ……!!」


 まるでこの世の終わりかのように連続する揺れを恐れ、地に伏せながら手を組み祈る人々。その中を駆け回る影が見られる。


「皆落ち着いて! 深呼吸したらゆっくりでいいから大聖堂に向かって! そこなら大丈夫! 神殿騎士達は皆を誘導してあげて!」


 後ろで一つくくりにした赤い髪を振り乱しながら走る、シスターのような姿をした少女は声をあげる。

 その言葉は人々に希望の光を灯す。

 先ほどまで立つことで精一杯だった騎士達は人々を先導するように動き。地に伏せ震えることしかできなかった者達はほんの少しずつではあるが、その後を追うように大聖堂へと歩み始めた。


 その様子を少しの間見届けていた赤髪の少女はこちらへと駆け寄り、口を開いた。


「お願いします天使様! どうか、この街を救ってください!」







「何故、こいつがここにいるのだ……?」


 ルージュと名乗った赤髪の少女の頼みを了承した私は、この聖都を守る外壁の上でそう呟いた。

 そんな私が視線を向ける先には空気が歪むほどのオーラを纏った雲を突き抜けるほどに巨大な紫色の馬。

 その歩みは一歩ごとに地を大きく揺らしている。


 アレはたしか、ここがゲームの世界だった時に裏世界というマップでフィールドボスの一体として存在していたものだ。

 かつてアバターパーツのひとつであるエフェクトを手に入れる為に倒したこともあるが。表の世界であるこちら側にアレがいるのはおかしい。

 いや、まあ。ここが現実世界になったことで裏と表が統合されたとでも言うのなら納得はいく。

 しかしそうなると、この世界の人類が軒並み死滅してしまいそうだ。


『……おねーさん。あれが何か知ってるの?』


 首を傾げる私に対してそう投げかけたのはミラ。

 私が与えた日傘のようなものを差している少女は、フードがついたぼろぼろの布を既に脱いだ状態で私の横に立っていた。少し不安そうな表情を浮かべている。


 私は頷いて肯定すると共に少女の頭を軽く撫で、やつから入手したエフェクトを体から放出した。


 エフェクトを獲得すると基本的には攻撃した時、例えば斬撃等にその対応した色が付与されるだけといったものなのだ。が、使いなれると、やつがやっているように力の形として自身に纏う事が可能となる。そしてそれはパラメーターの上昇にも繋がる。


『すごーい! おねーさんの方が強そうだよ!』


 私から溢れるオーラに、ミラがそんな感嘆の声をあげた。

 しかし、ひとつ間違っているな。

 強そうなのではない。私の方が強いのだ。


 さて、たしかアレの名前は紫皇だったか。

 やつが何故ここにいるかなど、最早どうでも良いことだ。


「……どちらが上か、理解させてやるとしよう」


 達成すれば、図書館の禁書指定された本も解放されるらしいからな。


 私は外壁の上から飛び立ち、紫皇の目の前へと移動する。

 私の姿を目に捉えたのか、やつは足を止めた。


 少しの間向かい合った後、やつは何かをするつもりなのかその身に力を溜めていく。

 大気は震え、空が割れ。行き場を無くした雲は散り散りに消え去り、集束していくオーラに空間が歪んだ。


 そう言えば、ゲームの時にもこの溜めはあったな。

 まあ、その最中に削りきって終わらせたが。一回くらい何が起こるのかを見届けても良いかも知れないな。


 そうして、やつの動向を観察していると、突如としてやつの纏うオーラが霧散した。

 そして何事もなかったかのように景色が元に戻ると、目の前の馬は私に対して頭を下げた。その姿は、まるで己の主人に対して礼を示すかのように見えた。


 いや、なんだと言うのだ。これは。


「……終わりか?」


 私の言葉に、目の前の馬は肯定するように頷いて見せた。


『今しがた、我はかつての記憶に貴女を。いや、主人の姿を見た。為す術もなく屈服させられた我が、主人となった貴女に刃向かうなど……』


 馬が話しているのか、頭の中に言葉が響く。

 まあ、状況から見ればこの馬以外に居ないな。それにしても、フィールドボス共はこの話し方しかできないのか。クロノスもそうだが。


「……ならば、裏世界に戻れ。必要となれば呼ぶ」


 私の言葉に馬は頭を下げると、空間に裂け目を生み出して帰って行った。


 この世界が現実になって初めての、手ごたえのある敵かと思ったのだが。期待はずれも甚だしい。

 あっけなく終わってしまったイベントに、私は消化不良のようなものを抱えながらミラが待っている場所へ戻った。







「この度は聖都を救っていただき誠にありがたく、感謝申し上げます」


 そんな言葉と共に、石畳の地面に平伏して頭を下げるのは三人の少女。

 三人の中でも代表格と思われる、巫女服のようなものを着た黒髪の少女。彼女が先ほどの言葉を述べた。

 そしてその傍らの少女二人は、二人共が同じくシスターのような格好をしており、それぞれ赤髪の少女と白髪の少女である。ちなみに髪型も同じく、長い髪を後ろでひとつにくくっている。


「……必要ない、顔を上げろ。そんなことより、私は図書館に案内して欲しいのだが」


 ふかふかの椅子に座っている私は、必然的に机を挟んだ向こう側の少女達を見下ろす形となっている。

 私の膝の上に座るミラがこちらを見上げており、少しだけ目が合った。こういう場所では気分が悪くなるだとか言っていたが、一向にそんな様子は見当たらない。


「──勿論、神の遣いである貴女様をこの場に長く押し止めるつもりはございません」


 白髪の少女が少しだけ顔をあげて、そう言った。

 真っ直ぐにこちらを捉えている金色の瞳からは、誠実さを感じられる。


 まあ、それなら良い。


 いや、待て。今、白髪の少女は私の事を神の遣いと言ったか?

 時戒神を名乗る知り合いはいるが、その遣いになった覚えはない。


「……私は神の遣いなどではない」


 私が事実を告げるように言葉を発すると、黒髪の少女が驚いたように顔を上げてこちらを見つめてきた。「もしや」だとか、ぶつぶつと独り言を呟いているが気にするほどのことではないだろう。



 部屋の中を暫しの沈黙が包み、やがて巫女服の少女が傍らにいる二人の少女を退室させた。何やら私と二人で話したいのだと。

 私の膝の上に依然として居座るミラはおそらく梃子でも動かないので、あいにくと二人きりではないが、巫女服の少女は特に構わないらしい。


「貴女はもしや……。いえ、確認をとること自体礼を失する行為故、わざわざ口に出すことは致しませぬ」


 少しして、口を開いた巫女服の少女。

 彼女が並べ立てた言葉は何とも意味不明なあやふやなものであった。


 さて、何を言いたいのか全く理解できないのだが。

 私は無表情のまま、無言で少女の動向を見つめる。


 彼女は改めて姿勢を正すと、三指をついて再びの礼を見せた。


「無論、不躾な事とは存じ上げております。ですがひとつ、嘆願したいことがございます──」

「……お前、本を読めるのか?」


『喋るのは無理だけど読むのはだいじょーぶ』


「話すのは無理……? ……そうか」

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