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第二の人生 ~女アバターで異世界ロールプレイ~  作者: 暗鬱な曇天
第一章 穢れた祭壇
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第五話 足音は重い

「おーい! それはこっちに運んでくれ!」


「……ああ、それは大体これぐらい発注しておいてくれ」


 聖都の中心に位置する大通り。

 即席で木を組み上げたような出店が所狭しと並んでいるこの通りは様々な人々が行き交い、まさに活気に溢れていると言えるだろう。


 私はとある目的の為に、ここ聖都アルテサントに来ている。

 まあ、目的とは言うものの。実際の所はただの興味本意だ。

 ここのところ私はアイゼンの書庫に籠り本を読んでいたのだが、知らぬ間に全てを読み尽くしたらしく。「新しい本はないのか」と、やつに言ったのだ。

 するとやつは「図書館でも探せ」と私に返したのだが、アイゼンの国にそんなものはなかった。

 しかしその案自体は良いものだと、私はすぐさま一番近い街の場所を聞くとその日の内に飛び立った。


 到着したのは数日後の夜だった。

 訪れた時に遭遇した少女に一応聞いてはみたが、やはり夜は開いていないらしい。

 と、言うわけでその翌日である今日、ここへ来たわけだ。


 目的の確認を終えた私は辺りを観察する。図書館のような建物は特に見当たらない。

 この大通りを真っ直ぐ行った所に四つの尖塔に囲まれた神殿らしき建物が見えた。出入りしている人間のほとんどはシスターのような格好をしている者か、白銀の鎧に身を包んだ騎士である。

 間違いなく、図書館ではない。


 辺りを見回していると、様々な出店が視界に映る。

 何やら淡い光を放つ花を売っている店や、きらびやかな装飾品を店頭に並べている店。

 先ほどから気になっていたのだが、行き交う人間の中に忙しなく働いている商人の姿が多々見受けられる。それに加えて並んでいる出店の数が妙に多いような気もするが。

 この世界が現実になってから他の街へ行ったことがない。故に比較対象がないとは言え、これが普通なのだろうか。


 少し立ち止まり、首を傾げていた私の耳が変わった音を拾った。

 多数の人間の足音が交差する中に、少し重い音が通っている。

 この音はたしか、吸血鬼の足音だったはずだ。


 ──聴覚スキルEX。


 対象の状態は走っているようだ。こちらに向かっている。

 距離は近い。方角は────。


 とん、と。何か軽いものがぶつかるような小さな衝撃が、背中に伝わった。

 振り返ると、ぼろぼろの布切れのローブを纏った幼い少女がこちらを見上げている。血のように真っ赤な瞳と目が合った。

 少し視線を下げると、血の気が引いたように真っ白な手にトマトのようなものを。いや、ああ。トマトだな、おそらく。


「──待ちやがれ! それはうちの商品だぞこのガキ!」


 そして背後から大声で怒鳴りながら走ってきた筋肉質な男を見た少女は、マントの中へ身を隠すように私の背後へと回り込んだ。


 なるほど。

 おそらくは先ほどのトマトをどこかの出店から盗んだのだろう。


「すまねぇがそいつをこっちに引き渡してくれねぇか、姉ちゃん」


「……すまない、うちの者が迷惑をかけたようだ」


 私はゆっくりと目の前の男へ歩み寄り、その手を掴んで上から幾つもの金貨を落とす。

 この世界が現実になってから金は、メニューに表示された数字より引き落とされた後に手の中から溢れ落ちるように生み出される。

 メニューにある所持金欄の数字がいくつか変動した辺りで金貨の放出を止めた。


「……これで、代金は足りるだろうか」


「と、とんでもねぇ! うちの商品が盗まれた、なんてことは一切ありませんでさぁ!」


 そう言い、頭の後ろを掻きながら安っぽい笑みを浮かべる男の手には溢れそうなほどに金貨が盛られている。


 ああ。そういうタイプの人間か、こいつは。

 実に好都合だ。扱いやすい。


「ところで、随分と商人が多いようだが。この街で何か催しでもやっているのか?」


 腰紐にぶら下げた袋へと手にある山盛りの金貨を入れ終えた男が言うには、今から大体二週間後に六年に一度ある聖女の祭典が行われるそうだ。

 商売に関する税がほとんどないこの街に沢山の人間が集まるからこそ、商人達にとって絶好の時期であり。各都市より様々な商売を行う商人が集まってきているのだと。


 特に聞きたいこともなくなったところで、商人の男は別れの挨拶と共に人波に消えていった。

 商人というものは随分と空気が読めるようだ。いや、それは偏見だろうか。



 別れた今更になって思ったのだが。図書館の所在も聞いておけばよかったかも知れんな。

 少しの間あてもなく街道を彷徨った私は少し後悔した。


 しかし、ちょうど二歩ほど後ろを歩いて私に着いてくる先ほどの少女は何がしたいのだろうか。

 少し考えてみたものの、わからないものはわからない。


 とりあえずは図書館が見当たらない以上はもう一つの目的へ向かうとしよう。謂わばサブミッションだな。

 たしか大聖堂前の広場に面した場所にあり、テラス席からは広場中央の噴水が見える眺めの良いカフェだったか。


 サブミッションというのもこの街を歩いていて耳に入ってきた通行人の会話から唐突に思い付いたものなのだが。

 どうやらそこのパンケーキと紅茶は中々に美味いらしい。

 それはまあ、せっかく他の街に来たのだ。行かないわけにもいくまい。


 さて、大聖堂は神殿の向こう側だったか。

 昨夜訪れた時に大聖堂らしき建物を見たのだ。後は先ほど上空から見た時の景色と記憶を照らし合わせればたどり着けるだろう。


「……そこの吸血鬼。お前は血液しか食せないか?」


 振り向いて声をかけると、顔を隠すように下を向いていた少女は驚いた表情でこちらを見上げて固まった。

 まさか私に気付かれていないと思っていたのだろうか、この少女は。

 このままでは話が進まないので再度同じことを問うと、少女はふるふると首を左右に振って否定した。


「……それなら良い」







「これは……、中々に良いものだ」


 目的地であるカフェに到着した私は、二階のテラス席で紅茶を嗜んでいた。

 この世界は良い。口に運んだフォークに刺さっているふんわりとした食感に私は改めてそう思った。

 前の世界での肉体ではパンケーキ等の甘いものに興味はあれどとても手を出そうとは思えなかったが、こちらならどれだけ食べても体調に変化はない。

 やはり、こちらの世界は良いものだ。


「……ところで、だ。貴様、親はどうした?」


 目の前で黙々とパンケーキを食べ進める少女に何度か話を振っているのだが、それらのどの問いにもこの少女は答えない。

 時折、口を開こうとはするものの。結局はそこで止まり、何か言葉を発することはなかった。


「……美味いか?」


 パンケーキの咀嚼を行っていた少女は、私の言葉にフォークを置いて悩むような素振りを見せる。

 そして軽く湯気の立っている、ほどよい温度の紅茶で口の中のものを流し込み、肯定するように小さく頷くと食事を再開した。


 どうやら、イエスかノーで答えられる質問なら返事をするようだ。


 この少女のことは追々解決するとしよう。

 そう決めた私は広場中央の立派な噴水を眺めつつ、紅茶の入ったティーカップを口元へ運んだ。

 水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、その頭上には小さな虹の橋がかけられ、周囲にはふよふよと羽ばたいている妖精の姿がぼんやりと見えている。そんな幻想的な風景を纏う噴水の姿は、見事と言う他ないだろう。

 そしてそれが置かれているこの広場には様々な人間が多数見受けられた。

 いくつか設置されている木製の椅子に腰かけて談笑をしている者達。大聖堂前に並べられた女性を象った石像の前で祈りを捧げている者。噴水の近くで楽しそうにはしゃぐ子供とその様子を見守る親。


 少しの間広場全体の景色をぼんやりと眺めていると、突如として天空より降り立った黒い物体にこの広場の象徴とも言うべき噴水が破壊され、砂塵が舞った。

 居場所を失った妖精達が、かつて噴水があった場所の周囲をふらふらと彷徨っている。


『人間共よ! 我らが王の復活を称えよ! さあ、恐怖の悲鳴を! 怨嗟の叫びを上げよ!!』


 煙が晴れ、そこに立っていたものは、禍々しいオーラのようなモノを纏っていることからおそらく悪魔であろうと推測される。

 姿を例えるなら蝙蝠のような羽がついた二足歩行の筋肉質な赤い牛、と言った所か。


 その悪魔のような存在の出現に、広場に居た人間達は我先にと逃げ惑う。

 いや、大聖堂付近に立っていた騎士のような者達は立ち向かうみたいだ。


 まあ、そんなことはどうでも良い。

 やつは私のティータイムを邪魔したのだ。


「五月蝿い羽虫が。悲鳴も上げずに死ぬが良い」


 死をもって償ってもらう他あるまい。

 羽虫、と言ったあたりで少女が少し肩を震わせた気がするが、まあ気のせいだろう。


 私は手に持ったフォークを牛に向かって投擲し、それが標的に突き刺さったと同時に人差し指を向ける。

 するとそのフォークを目印に、破裂音を鳴らして極太の紫の雷が降り注いだ。


 雷の直撃を受けた牛は真っ黒に焼け焦げ、ぼろぼろと崩れるように灰となって消え去った。


「……すまない、新しくフォークを貰えるか」


 私は近くに居たウェイトレスの女を呼び寄せると替えのフォークを頼み、金貨を一枚握らせる。

 一応フォークの弁償として出したのだが足りるだろうか。


 慌てたような様子で店内へと戻って行くウェイトレスの後ろ姿を見つめながら、紅茶を一口飲む。


『……あ、あの。もしかしておねーさんって、言葉がわかるの……?』


 ウェイトレスが新しいフォークを持ってきてから少しした頃、今まで一言も話さなかった吸血鬼の少女がそう言った。


 こいつは何を言っているのだ。

 言葉くらいわかるに決まっているだろう。

 この世界の住人は口の動きを見るにおそらく謎の言語を使用しているが、そこはやはり元ゲーム世界。しっかりと翻訳されているのだ。


 とりあえずは肯定を示すように頷いて見せると、堰を切ったように少女はつらつらと話し始めた。


 なんだこいつは。

 もしかして言葉が通じないと思っていたから話さなかったとでも言うのだろうか。


『……でね、単刀直入に言うと。私をおねーさんのモノにして欲しいな!』


 いや、うむ。

 もう一度言おう。なんだこいつは。

 たしかにいきなり始まった話のほとんどを聞き流していたとは言え、どんな話からそう繋がるのだ。


 少女はもう話すことは全部話したのか、口を閉ざして何かを期待するようなきらきらとした瞳でこちらを見上げるように見つめてくる。


「……好きにすると良い」


『ほんとっ!? えへへ、嬉しいな!』


 吸血鬼の少女は嬉しそうに笑うと席を立ち、私の膝の上に座った。


『私の名前はミラ! 末永くよろしくねっ、おねーさん!』

「……ところで、だ。そもそもなぜ私のモノになりたい等と思い立ったのだ?」


『えーっと……。一目惚れ……、かなぁ?』


「なぜ疑問系なのか……」



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