第三話 時の奔流に身を任せ
しばらくして、私は石で出来た壁に突き当たった。
均一にカットされた石材が規則正しく積み上げられている壁は、少しすべすべとした手触りが心地いい。
そんな壁に少しの切り傷を残して壁沿いに歩いてみた所、道中で木製の大きな扉の前を通過し。
やがて、先ほどつけた切り傷まで戻ってきた。
どうやらこの壁はただの壁ではなく、なにかの建物らしい。
……搭、だろうか。
木製扉の前へと戻ってきた私は、目の前の建物を見上げるように視線を上へと向けた。
先が霞んでいるために頂上は見えないが、それなりの高さを保有することが見受けられる。
「もしかすると、ヤツが居るかも知れないからな。ここを探索するのは、仕方のないことだろう。決して、私の好奇心によるものではない。そう、仕方なくなんだ」
私は自身へ言い聞かせるようにそんな言葉を呟いて、納得するように何度か頷き、目の前の巨大な木製扉に手をかけた。
既に、当初の目的などと言うものは、自身の胸に沸き起こった好奇心に押し潰されてしまっている。
やはり、この私も男だということだ。
男は皆、未知の場所を巡る冒険が好きなのだ。
心踊るような冒険を求めてこのゲームを始めた者も多いはずだろう。
もっとも、既にここはゲームの世界ではなくなってしまったが。そんなことはどうでもいい。
今、目の前に、未知の領域があるということ。それが重要なのだ。
勢いよく木製扉を開け放つと、輝く大理石のような床が目の前に広がる。
私は幼い子供のような好奇心を胸に、一歩を踏み出した。
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──もっとも、既にここはゲームの世界ではなくなってしまったが。
そんなことはどうでもいい。
今、目の前に、未知の領域があるということ。
それが重要なのだ。
勢いよく木製扉を開け放つと、ごく最近に見たような大理石の床が輝いていた。
私は少しの疑問を覚えつつも、思い切って足を踏み出した──。
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──そんなことはどうでもいい。
今、目の前に、未探索の領域があるということ。
それが、重要なのだ。
勢いよく木製扉を開け放つと、頭に思い浮かんでいたものと同じような大理石の床が、眩いほどに輝いていた。
「……何か、おかしいだろう。これは」
そう、敢えて違和感を口に出すことで一歩を踏み出そうとしていた己の足を抑え、その場に留まる。
今すぐにでもこの搭の中へ踏み入って探索をしたいという好奇心。
それを明らかで不明瞭な違和感により阻害され、進みたくても進めないというもどかしさに、私は足元の石ころを蹴り飛ばす。
それは真っ直ぐに飛んで扉が開かれたままの搭の中へと侵入していき、やがては勢いを失って大理石の床に接触した。
その瞬間。
石ころは床へ接地するまでと全く同じ軌道を辿り、まるでビデオを巻き戻したかのような動作で私の足元へと戻ってきた。
私は確認のためにその石ころを拾い上げると、搭の中へ向かって放り投げる。
やはり先ほどと同じく、それは地面に接触した瞬間に同じ軌道を逆から辿って私の手元へ帰った。
よく大理石の床を観察してみると、膜のようなものが張られているように見える。
どうやら、眩いまでの輝きを放っていたのはこの膜らしい。
そして、見る限りこの膜には触れたモノを強制的に元の位置に戻す効果が。
いや、先ほどの違和感から推測するに私は何度か足を踏み入れているはずだろう。
すると、時を戻すと言った方が正しいような効果が付与されていると見て間違いない。
ここから見える限り、床以外にその膜は張られていない。
つまりは床に触れさえしなければ、おそらく中に入れるはずだ。
搭に関しての情報をまとめ、攻略法を考えた私は床に触れないように羽で宙に浮かび、搭と外の世界を隔てる巨大な扉をくぐった。
搭の中へ侵入すると、扉は軋むような音をたてひとりでに閉ざされた。
扉が閉ざされて外からのうっすらとした光が失われると、搭の中に存在する光源は大理石の床に張られた膜が発する輝きのみとなる。
しかしその光は先ほどよりも輝きを増しており、このフロアを照らすには十分な灯りとなった。
私は辺りを見回すが、この階層には特に目立ったモノはない。
強いてあげるならば、壁に沿うような小さな階段が存在することだろうか。
私はその階段の先を目で追うように、視線を上へと移動させる。
永遠に続くかに思えるほど長い階段は壁に沿うような形で螺旋状に上へと伸びている。
吹き抜けとなっている中央は、上へ行き光から遠ざかるほどに暗くなり、やはり頂上は全く見えない。
私はフロアの中心辺りへ移動するとそのまま真っ直ぐ上へ舞い上がった。
搭の中を上昇すると同時に、通りすぎた高さの階段は下から順に、一番下の階層の床と同じような光を放ち出す。
その光は私が進む先を照らし、暗闇は徐々に晴れていく。
しばらくして、下へと視線を向けると既に一番下の階層は光を放つことを放棄していた。
現在、この搭に存在する光源は光輝く螺旋状の階段のみ。それも、私が既に通り過ぎた位置の階段だけが光を発するため、行く先を照らす光は存在しないに等しい。
しかし、永遠に続くかに思えた暗闇にも終わりが近付いてきているようで。自身の進行方向、遥か先に頂上を示すような微かな光が見えてきた。
さて、この先には何が待っているのだろうか。
そんなことを思い浮かべつつ、私は更に飛ぶ速度を上げて光へ向かう────。
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──あれからどれだけの時間を飛び続けたのだろうか。
頂上を示す光はすぐ目の前にある。
手を伸ばせば届くような距離にまで見えているのだが、一向にそれとの距離は縮まらない。
下へ視線を向けると目に映る、己が来た道。
光が灯された階段は暗闇の中で螺旋状の光を作り上げ、闇の底へ向かって延々と伸びている。
再び視線を上へやると、先ほどと変わらない光が目の前で憎らしいほどに眩く輝いていた。
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目を開けると、白くぼんやりとした輝きを放つ空間が目の前に広がっており、そこに存在するどこか神々しさを感じる神殿のような建物の前に私は立っていた。
塔の中を体感的に年単位で飛び続けた私は、いつの間にか飛びながら睡眠がとれるようになった。
つい先ほども睡眠をとろうと目を閉じた、のだが。
何故か閉じたはずの目は、むしろ今まで閉ざされていたような感覚で開かれ、そして今に至る。
ここが、私が追い求めていた、あの光の先なのかどうかは定かではない。
が、まず間違いなく今目の前に広がるのは未知の領域だろう。
私が真に追い求めていたのは光の先ではなく、冒険だ。
つまり、何も問題はない。
『……ほう、ここまでたどり着くとは。お主、ただの人間ではないようじゃな』
頭の中にそんな声が反響すると同時に、突如目の前に奇怪な格好をした幼女が現れる。
この幼女が何なのかはわからないが、攻撃を仕掛けてこないことから推測するに敵ではないみたいだ。
私はそう認識すると、神殿の探索を行う為に幼女の横をすり抜け──。
『いや、待つのじゃ! 何の用で訪れたのかは知らんが、ちっとは話を聞かぬか!』
幼女の小さな手が私の外套の端を掴んだことにより、それは阻止された。
一体、何の話だというのだ。
私はそんなことよりも早く先に進みたいのだが。
振り払って先に進んでもおそらく問題はない。が、確実にこいつが着いてくることになるだろう。
私は軽くため息を吐き、幼女が居る方へと振り返った。
『うむ! それで良いのじゃ! ……して、えっと。何の話じゃったかの……?』
幼女が腕を組みながら小首をかしげ、こちらを見つめながらそう言う。
ふざけているのだろうか、この幼女は。
そんなコントをするために立ち止まったわけではない。
私は再び大きくため息を吐くと踵を返し、神殿らしき建物へと歩を進めた。
『少しくらい待ってくれても良いではないかの?! と言うより、お主は何故頑なに向こう側へ行こうとするのじゃ? 特に面白いものなど無いぞ?』
そんな、引き止めるような幼女の声。それと同時に後ろから引っ張られるような感覚。
また、あの幼女が外套の端を掴んでいるらしい。
しかし、面白いものなど無いとはどういう意味だ。
それにあの幼女は私の行動を『神殿に行こうとしている』ではなく、『向こう側へ行こうとしている』と認識しているみたいだ。
「……どういう意味だ?」
『だって、あれただの幻影じゃし……。ほれ』
振り返った私に幼女が浴びせたのは、残酷な真実を告げる言葉だった。
幼女がした軽く手を振るような動作により先ほどまで見えていた神殿はかき消え、この場に私と幼女以外の存在はなくなり。
ただ、白いぼんやりとした空間がどこまでも広がるのみとなった。
そしてそんな光景を前に、私は思わず地面に膝をつく。
馬鹿な。
こんないかにも何かあるといった雰囲気を出している塔を登り、たどり着いた先が幻影の神殿とこんなわけのわからない格好をした幼女だと。
『む……。お主、今わしのこと馬鹿にしたじゃろ』
心を読めるわけではなさそうだが、何かに気付いたらしい幼女がジト目でこちらを睨んできた。
まあ、そんなことはどうでもいい。
私はゆっくりと立ち上がり、大きくため息を吐く。
「……帰るとするか」
『いや、待たぬか!? 帰るにしてもわしの話を聞いてからでも遅くはなかろ?!』
こうなった以上、幼女が忘れたという話を思い出すまで待ってやっても良いかもしれない。
特に急ぎの用も無いことだ。
……いや。
ここへ来る前に何かをしていたような──。
少し考えたが思い出せなかった。つまり、大したことでもないだろう。
「……いいだろう。だが、まずは椅子と茶を用意しろ。話はそれからだ」
◇
「……ところで、だ。これは一体なんなのだ? お前の下僕か?」
かちゃり、と机の上の小さな皿にティーカップを置くと、隣に控えている何かがそこに紅茶を注いでくれた。
私が幼女に問いかけた『これ』とはその何かについてである。
外見は人間の上半身を模した黒い靄が巨大な歯車をいくつか纏っているような、よくわからないモノだ。
『ああ、まあ、下僕に似たようなも──』
と、幼女は妙な所で口を閉ざし、言葉を止めた。
まあ、そもそもこの幼女は話す時に口を動かしてはいるものの、特に必要な動作ではなさそうだが。
少しして、幼女は指を弾いて下僕のようなモノの内の一体を己の元に呼び寄せ、何かを伝えた。
すると、幼女が座っていた椅子や机を辺りにいた黒い靄共が片付け始める。
私が現在座っている椅子は引き上げられないみたいだ。
ふと横を見ると、私の隣に控えるように浮いている黒い靄は微動だにせずそこに佇んでいる。
どうやら、片付けには参加しないようだ。
『……あー、その、じゃな。わしのすべき事を思い出したでの、あと少しだけ付き合ってくれんかの……?』
相変わらず口をぱくぱくと動かしている幼女が、もじもじとした様子でこちらを見上げている。
そんな幼女に対し、私は特に何を言うでもなく了承の意を示す。
しかし、だ。
私はそれの為にここで待っていたのだから、今さら許可を得る必要などないと思うのだがな。
幼女が指を弾くと乾いた音が響き渡り、それを合図に景色は切り替わった。
天井から吊り下げられた水晶と金のシャンデリアがきらびやかに部屋を照らし、周囲の景色を映し出すまでに磨きあげられた大理石の床が光を反射して輝いた。
巨大な水晶から削り出されたであろう彫像が壁際にずらりと並べられている。
そして私と幼女の間に道を作るように金の装飾が施された赤の長いカーペットが敷かれており、その脇に黒い靄共が並んだ。
その様は例えるなら……そうだな。
豪華な城。その玉座の間、王の御前に騎士が並んでいるような、ファンタジーな光景だ。
まあ、こちらの世界ならどこかの国で似たような景色も見られるかもしれんな。
玉座のようなものに腰かけ、左手で頬杖をつく幼女は軽く咳払いをすると口を開く。
『──よくぞここまでたどり着いた。我は時を司る者、クロノス。お主には時の試練を受ける資格がある。さあ、覚悟があるのならその一歩を踏み出すが良い』
幼女──クロノスに鋭い視線を向けられた私は一歩を踏み出すこともなく、足を組ながら椅子に腰かけたままその様子を眺めていた。
玉座が段差の上にあるため、必然的に幼──クロノスが私を見下ろす形になっている。
そして、どちらともが声を発することなく五分ほどの時が過ぎた。
まあ、体感的な時間の話だが。
既にクロノスを見上げるのが面倒になった私は部屋の中を見回しつつ、アイゼンの所よりも豪華だ、等と思い耽っていた。
さて、クロノスはあれから何も言わずにこちらを見ているが、『すべき事』というのはもう終わったのだろうか。
そんな疑問を口に出そうとした所で、クロノスが小さくため息を吐き、口を開いた。
『……そもそもお主に試練を与えるつもりは無かったが、もう少し乗ってくれても良いと思うんじゃが? 一人で勝手に盛り上がって雰囲気まで作ったわしが馬鹿みたいではないか……。ほれ、受け取るが良い』
──アイテム『孤独な時戒神の心』を入手しました。
──称号『時を司る者』を入手しました。
──『エテルの森』を支配しました。今後、ギルドの拠点を置くことが可能です。
クロノスが私に投げた懐中時計を受け取ると同時にシステムログが流れる。
どうやら、この幼女はエリアボスだったようだ。
かつてこの世界がゲームだった時のことだが、各フィールドにはエリアボスが存在していた。
エリアボスというものはフィールド固定のボスであり、討伐すればレアアイテムのドロップや、大量の経験値。そのエリアを支配領域として得られる等の様々な恩恵がある。
しかし、当然ではあるがエリアボス討伐はLv3000以上推奨という超高難易度設定であり、フィールドボスを倒した等という話はほとんど聞かなかった。
世界チャットで話していたどこかの誰か曰く『無理ゲー』だそうだ。
まあ、国を作る際には支配領域が必要なのだが。その話はどうでもいい。
しかし、だ。
やはりこの世界、ゲームだった頃とほとんど変わらないようだな。
……いや。
今この場で、倒さずに討伐したことになった時点でシステムが変わっているのは間違いない、が。
ここは本当に現実になったのだろうか。
『……お主には随分と待たせてしまったが、これでわしの用件は終わりじゃ。行くのならさっさと行くが良い。……お主なら、案内も必要無いじゃろう』
哀しげな表情のクロノスが軽く手を振ると辺りの景色は切り替わり、最初と同じ何も無いぼんやりとした白い空間がただどこまでも広がるのみになった。
広いだけの空間に、ぽつりと佇む玉座に腰かける幼女。
その姿には哀愁が漂っている。
「……そうだな、私は帰るとしよう。……もし、機会があるのなら今度は貴様がこちらに来ると良い」
『それは真かの?! いや、神の前で嘘を申すことは許されぬ。その言葉、忘れるでないぞ』
──称号『心の隙間を埋めし者』を入手しました。
瞬きをした次の瞬間には目の前に来ていたクロノスがこちらへと顔を寄せて早口で捲し立てる。
先ほどのクロノスによる茶番のようなものに付き合ってやれなかったことから、何気なく口にした言葉なのだが思いの外食い付いた。
どれだけ人に餓えているのだろうか。
……と、言うよりも何の称号なのだこれは。
何にでも称号をつければ良いと言うものでも無いだろう。
いや、そう言うものを収集することが好きな者もいるか。
「……ああ、いつでも来い。歓迎してやろう」
『ほぅ! これが噂に聞く“本”というものかの! どれどれ……』
「……いつでもとは言ったが、まさかその日の内に来るとはな」
『いつでも、と言ったのはお主じゃからの』




