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第二の人生 ~女アバターで異世界ロールプレイ~  作者: 暗鬱な曇天
第一章 穢れた祭壇
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第二話 不完全なる悪意の化身

「……オイ見ろよ、ヴィオレーテ様だぜ」


「あの方は今日も美しいなぁ……。素顔は見えないけど」


「あれでそこらの騎士より強いってんだから憧れるよなぁ……」


 この世界が現実となって一週間。

 ここ毎日のように襲撃を仕掛けてくるモンスターの群れを始末した私は、アイゼンの居る書庫へ向かって城内を歩いていた。

 今日は一週間の間で見つけた、この世界が現実となったことによる変化を話し合うのだ。


 大理石の地面に靴底がぶつかるコツコツという音が、装飾過多な点が見られる無駄に長い廊下へと響き渡る。


 私は今、とても苛立っていた。

 目隠しをしているために周りから見えることは無いが、今の私は人を殺せるような鋭い目つきをしているだろう。

 その理由は、先ほどからすれ違う騎士共がこそこそと私の話をしているからだ。


 こいつらもこの世界が現実と化していない、ゲームの中の世界だった時はもっとNPCらしく、このようなことは無かった覚えがある。

 これはおそらく、今までNPCであったものも実際の人間となったことを示すのだろうが。


 私の精神は男だ。

 当然、男に羨望や劣情が入り交じった眼差しを向けられて嬉しいわけがない。


 私は苛立ちを抑えつつ、アイゼンが待つ書庫へ向けてまた一歩を踏み出した──。





「……おお。よく来たなシエル」


 苛立ちから、壊れてしまうかのような勢いで木製の扉を開け放ち、書庫へと入った私を迎えるアイゼン。

 彼の視線は机の上で開かれた分厚い本にあり、手には虫眼鏡のような物。その傍らには辞書のように分厚い本が山のごとく積み上げられていた。


「……む。随分と機嫌が悪いようだが、どうしたんだ?」


 手元の本に落とされていた視線をこちらへ向けた彼は、そんな言葉を口に出した。


「……何でもない、放っておけ。そんなことよりも、何か発見はあったか?」


 私はそこらに置いてあった椅子を雑に引っ張ると、そこに腰かけて足を組む。

 そこで、誰かが木製の扉をノックするような音が三つ。こんこんこん、と小さな書庫に響き渡った。


 少しして、アイゼンの「入れ」という入室を許可する声と共に漆塗りの扉は開かれ、スカートの丈が少々短いフリフリのメイド服を着た女性が部屋の中へと訪れた。

 その手にはティーセットが乗せられたお盆が見られる。


「失礼します。国王様、お茶をお持ちいたしました」


 メイド服の彼女は深く一礼をすると、手際よく机にティーカップを並べて透き通るように美しい紅茶を注ぐと、再びの一礼と共に静かに書庫を去った。

 彼女が去った後、部屋中にハーブの良い香りが満たされる。


「前から思っていたんだが……。アイゼン、()()はお前の趣味か?」


 私のそんな言葉に、アイゼンは口に含もうとしていた紅茶を思わず吹き出した。

 私が言うアレとは、スカートの丈の長さを指している。


「……そ、そんなわけないだろう! あれはNPCだった時からあのままだ!」


 席を立って机に手を置き、必死の形相で否定するような言葉を並べる彼は、明らかに動揺している。

 NPCが主を務める他の国のメイド達には、もっと丈の長いスカートを履いている者達も居た気がするのだが。


「……そうか。なんだったら、私があの格好をしてやろうとでも思ったのだが」


 私は紅茶を飲みながら、彼をからかうようにそう言った。

 落ち着きを取り戻す為に座り直して白い小さなティーカップを口へ運んでいた彼は、私の言葉に再び口の中身を吹き出す。


「っ! げほっ、げほっ! ほ、本気か……?」


「……嘘に決まっているだろう、愚か者め。やはりアレはお前の趣味だったか」









「……そもそも、この城に書庫なんてものがあったのだな」


 アイゼンをからかうのに飽きた私は、近くに積み上げられた分厚い本の山から適当なひとつを手に取り、弄ぶようにパラパラと捲りながら誰に言うでもなくそんな言葉をポツリと呟いた。


「……はぁ。ああ、それが私の発見した変化だ」


 私の言葉に答えるように、アイゼンはそう語る。

 彼曰く、元々この城に書庫というものは存在しなかったらしい。

 つい昨日にここを発見した彼は、何かがあるのではないかと徹夜で片っ端から本を読み、色々と調べていたのだと。


「……ほら、これを見てみろ」


 そう言って彼が私に対して差し出した手にあるのは、一冊の分厚い本。

 とあるページが開かれた状態のそれには、こんな文があった。


 ──────

 ────


 今から約五十年前。

 デザイア歴四〇二年、アイゼン王一世の手によりアルティエタは国として成立する。

 デザイア歴四〇五年、モンスターの群れに襲撃されるも、『退屈な紫天使(アンニュイ・セラフ)』シエル=ヴィオレーテの手によりこれを撃退する。


 ────中略────


 デザイア歴四五六年現在、様々な窮地を迎えるも王の手腕や『退屈な紫天使』によりそのことごとくを解決し、アルティエタは大国の仲間入りを果たす──。


 ────

 ──────



 どうやら、この国の歴史が書かれているらしい。

 この世界が現実となると言うのは、この世界を構成する全てにそれぞれの歴史が構築され、世界が世界として成立するということなのだろうか。


「……と、言うよりもだ。なんなのだ、この退屈な紫天使(アンニュイ・セラフ)とは」


「……知らなかったのか? ここがゲームの世界だった時から、お前の通り名として有名だったんだが……」


 アイゼンから話を聞くに、天使のような羽で大空を駆け、紫色の長い髪を靡かせて戦い。

 戦闘の後にいつも『退屈しのぎにもならない』と口に出していた、私の立ち振舞いから誰かがそのような名で呼び始めたそうだ。


 私の『ロールプレイング』としては特に問題もないのだが、実際に二つ名を付けられるとなると少し、気恥ずかしいような思いに顔を手で覆いたくなる。


「……ん? どうした? もしかして恥ずかしいのか? シエル。いや、退屈な紫天使(アンニュイ・セラフ)と呼んだ方が良いか?」


 彼は先ほどの意趣返しとばかりに、私の二つ名を口にする。


「なっ……! 貴様……!」


 何とも言えないむず痒い気持ちに襲われた私は思わず立ち上がり、押し殺すような声でそう叫んだ。

 それと同時に、城の外で何かが爆発したような鈍い音が、壁を通して部屋に伝わってくる。


「……こっちだ、シエル」


 アイゼンは静かに立ち上がると、私を先導するように廊下に出た。

 やたらと豪華な装飾が施されたマントをひらひらと揺らして走る彼の後を着いていくと、街全体を見渡せるような展望台にたどり着く。


『純白の心を持つ乙女を贄として我に捧げよ……。さもなくば、この国を滅ぼさん……』


 そこから見えたのは、おぞましい悪魔のようなモノが次元の裂け目からこちらに這い出るように右半身を現して、街の上空に佇む様子であった。

 その姿はとても巨大であり、見えている半身だけでも現在私達がいる城と同等の大きさであるとうかがえる。

 この世界がゲームだった時と現在とでプレイヤー側のシステムに大きな違いはないようで、私は即座にスキルを展開させた。


 ──解析スキルEX。


 ────エネミー名:悪魔王の半身サタンズ・サンクアンテ〈クラス:皇帝級エンペラー


「こいつは……?」


 解析スキルにより視界に表示された、見たこともない名前に私は少しの驚きを含んだ声をこぼした。

 少し似た名前の、悪魔王の右腕(サタンズ・ヴァン)ならば前のゲームだった時代、魑魅魍魎が跋扈するダンジョンの奥底で戦った事がある。

 もしかするとこいつはその進化種にあたるのだろうか。


『……呼びかけに応じぬか。ならば、破壊しつくすのみ』


 頭の中に直接響くような、無機質で不気味な声を発したそれが片手を掲げると空高くに小さな光が一つ、煌めいた。


 ──破滅の冥星(カタストロフ・ダート)


 少しの間呆けるようにそれを見つめていると、それは光ではなく、空を覆うように急激に大きくなっていく影へと変化する。


 それがただの影ではなく、この街へと接近している巨大な隕石だと理解するのに、それほど時間はかからなかった。


「な、なんだあれは……! っ! 逃げるぞ、シエル!」


「……フッ、ハハハハハ! アイゼンよ! 私があの程度に遅れを取るとでも思っているのか?」


 私は口元を歪めて大きな声で笑うと、アイゼンが放つ制止の声を振り払い、背中の羽で天高く舞う。

 私の速度はとどまることを知らずに加速していきやがては雲を突き抜け、摩擦熱により炎を纏った隕石へと衝突した。


 ──剛体スキルEX×反転スキルEX。


 ──装備セット補正:身体能力六六倍。


 ──因果応報ミロワール・ルバンシュ


 私は隕石に手を当てて、加速した勢いのままに反対方向へと押し返す。

 手が触れている部分を中心に魔方陣のようなものが大きく展開され、スキルが発動される。

 今にもこの街に降り注がんとしていた隕石はより勢いを増して空高く舞い戻り、小さな光となって消えた。



 ────称号『破滅の未来に立ち向かう者』を入手しました。



『……馬鹿な……! 人間ごときに……!』


 まさか防がれるとは露ほども思っていなかったらしい悪魔は明らかな動揺を見せ、先ほどまでの無機質なものと違う少しばかり感情の籠った声を放つ。

 そして同時に、奴の手から赤い雷を纏った黒の閃光が放たれた。

 それは拡散に拡散を繰り返し、やがて無数にも思えるほどの光の束となって私に襲いかかる。


 雲を貫いて迫りくる赤黒い光の線を私は躱し、悪魔王の半身サタンズ・サンクアンテに接近していく。

 奴は私を近付けまいと矢継ぎ早にその手から様々な魔法を放つ。

 しかしよほど焦っているのか、その全てが照準の正確なものではなくなっており、楽々と躱す事が出来た。


『ぐっ……あ、あり得ん……! 完全体でさえあれば、貴様ら人間ごときに……!』


「知らん。さっさと死ね」


 必死の抵抗をしながらそんな言葉を漏らすサタンに、私は剣による一撃をお見舞いする。

 奴の巨大な体に、右肩から腹部にかけての大きな切り傷が出来上がった。


『ぐはあぁぁ!!! 下等種がぁ……! 次に合間見えた時には、必ずやその息の根を止めてくれる……!!』


「……次があるとでも思っているのか?」


 捨て台詞のようなものを吐き捨てると次元の切れ目のようなものに己の巨大な身体を隠し、完全にその姿を消すサタン。

 私はやつを仕留めるために背中の六つの羽で空を駆けて追いかけた。

 おそらくアレは今ここで仕留めておかないと後々やっかいなことになる。

 そんな予感がした。









 ────『エテルの森』に移動しました。




 少し先が白く霞んでしまうような濃霧に包まれた森の中。

 風が吹いている様子は見受けられないのにも関わらず、近くの草木が揺れているような、ざわざわとした音が耳に入ってくる。

 そんな不思議な静寂を私は感じていた。


 サタンを追いかけてしばらく空を飛んだ私がたどり着いたのはとある森。

 かつてこの世界がゲームだった時代、ここは不定の森と呼ばれていた。

 この場所は『毎秒地形が変わっている』だの『帰還呪文を使わないと抜けられない』等、本当か嘘かよくわからないような話題しか上らず、終いにはどのプレイヤーもが匙を投げた。

 そしてこの世界でプレイヤー側のシステムとして存在していた攻略掲示板。そこには話し合いの結果、未実装のマップであるとして記されている。


 かくいう私も何度かここに挑戦し、自力で抜け出すことはできたのだが、ついぞ何かを発見することは叶わなかった。


 しかし、この世界が現実となった今。

 それに伴って様々な変化が起こっている以上、ここに何かがあっても何らおかしくはない。

 いや、何かあるはずだ。

 濃霧に包まれた森の中を飛ぶ私はそんな考えに胸が高鳴り、無意識に口角が上がる。


 ……と、いかんいかん。

 今回の目的はヤツの抹殺。そのために、痕跡を辿ってここまで来たのだ。

 決して探索の為に来たのではない。


 そう自分に言い聞かせつつも無意識に上がる口角は止められず、私は好奇心にまみれた歪んだ笑みを浮かべる。

 そして、痕跡が途切れた地点。その周囲の探索を開始した。


 シエル=ヴィオレーテ


 Lv 666(装備効果により表記上の固定)


 装備セット 祝福されし悪魔王の聖衣シリーズ

       ──補正:身体能力66倍

         特殊:悪魔言語スキル

          ──悪魔族モンスターの言語

            を理解できる

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