ウラル
突然の声に驚き、カハクが「きゃっ」と叫んで六蔵から離れる。
「ひ、姫様ぁ」
「年増を相手になんと不埒な。しかも年端も行かぬ子供の前で!」
「だ、誰?」
カハクが両手で胸を隠しながら怯える。
「こ、これにはわけが……」
「ええい。問答無用!」
六蔵が慌てて片膝ついて木樽に頭を下げる。それを見てようやくカハクも声が木樽から出ていることに気付いた。
「何? あの樽に誰か入ってるの?」
「これ、カハクとやら。いきなり女を武器に使うとは卑怯ではないか」
「えっ? だ、誰なの?」
カハクは脱ぎ捨てた短白衣をはだけたままのタンクトップの上に羽織り、六蔵の後ろに隠れるように逃げた。
「わらわは、凍」
「イテ?」
「そう、凍じゃ。六蔵はわらわの家臣。色仕掛けで惑わそうなど、甚だ迷惑」
「家臣? 六蔵、どういうことなの?」
「六蔵と呼び捨てにするでない!」
あまりの怒気にカハクは思わず、「はい」と返事をした。
「ろ、六蔵さん」
六蔵は顔を伏せたまま答えた。
「氷河民族第三百十二王朝にあって、雪原の銀花と謳われた凍姫様である」
そして自分はその守役兼衛兵であると言った。
「ヒョウガ民族? イテ姫? お姫様なの?」
「もっと簡単に申せ! カハクよ。わらわはその昔、雪女などと呼ばれた民族の末裔じゃ」
木樽から声が飛び、六蔵はさらに頭を深く垂れる。
「雪女! 六蔵、さん。本当なの?」
「姫様の申す通り」
「なぜ、木樽に?」
「木樽は冷凍カプセルになっている。この星の気温は姫様には高すぎるのだ」
氷点下でないと普通に生活できないと、六蔵は説明した。
「どうして、そんな人がこの星に?」
「約束の星を探している途中だ」
「約束の星?」
「六蔵、余計なことは言わずともよい」
ぴしゃりと言われて、六蔵は「はい」と更に頭を垂れた。
「ところでカハク。そなたの願いは分かったが、先ほど六蔵も申した通り、少年の話も聞いてみてはどうか? 一人で命からがら逃げてきたのだ。何やら訳があるのではないか?」
それを聞いてから、トワイライトゾーン行きのことを考えても遅くはなかろうと、凍姫は言った。
「わ、分かりました」
いつの間にかカハクの言葉遣いも変わっている。
「うむ。して六蔵。わらわも外に出て良いか?」
六蔵が伏せていた顔を上げ、ゆっくりと言った。
「それは、なりません」
それまで高飛車だった凍姫の声が急に幼児のようになった。
「ろ、六蔵、怒るでない。分かった。わらわはこのまま聞いているとしよう」
カハクが目を丸くして六蔵を見た。
「どうなってるの?」
六蔵は答えなかったが、凍姫は小声で愚痴を零した。
「六蔵がゆっくり喋ると怖いのだ。怒ってないか?」
「怒ってなどおりません」
「お尻をぶつでないぞ……」
「姫様。それは大昔の話ではありませんか」
「分かっておる。でも……」
「それより少年の話を聞きましょう」
六蔵は立ち上がってベッドに向いた。そこでは成り行きに目を回している少年がいた。
呆れ顔でカハクが言った。
「あなたたちの関係って、いったい何なのよ……」
少年はウラルと名乗り、十二歳だと言った。
「ぼくは半年前に薄暮の町でペレットの調達員に捕まったんだ」
肉屋では子供を攫う連中を調達員と呼ぶのだと言う。
「やつらは何箇所かで子供を集めると、工業用の資材運搬ホバークラフトでペレットの施設に運ぶんだ」
自分が乗って来たのも、そうしたホバークラフトの一台だと言った。
「施設では子供は普通に生活させられるんだ。移植臓器を取り出されても代わりの機械を付けられて生かされてる」
臓器を新鮮に保つためだと言う。カハクが口を押さえて唸った。
「ぼくはまだ何も取られてなかったけど、一緒に連れて行かれた子の大半はすぐに摘出されてた」
「よく逃げられたな」
「一人じゃなかったから」
集団で脱走を試みたと言う。
それまで子供だと油断していたペレットは慌てて私兵を派遣した。仲間は次々に囚われ、或いは殺された。そうした仲間の犠牲に助けられる形で、ウラルは逃げて来た。
「けれど、やっぱり追い付かれちゃった……」
「そこで六蔵さんに助けられたのね?」
カハクの言葉にウラルは目を輝かせた。
「このおじさん、強かったんだよ。傘一本でみんなやっつけちゃったんだから」
「そう。傘で」
カハクが穏やかに繰り返しながら六蔵を見るが、六蔵は構わず、積荷のことを尋ねた。
「あの冷凍保存用カプセルに入っていた死体はなんだ?」
「あれは…… 妹のために盗んできました」
意外な答えに六蔵とカハクが顔を見合わせた。
「妹のため?」
「はい。妹は薄暮の町で心臓移植を待ってます」
病院の名前にカハクは「クリス財団が運営運営する総合病院だ」と言った。六蔵が確かめる。
「するとウラルは企業の社員の息子か?」
ウラルは、違うと首を振った。「父は下請け社員です」
下請けでも正社員なら企業の病院は利用できるのだとカハクが補足した。
ウラルはペレットの施設で既に臓器の大半を奪われ、冷凍保存されていた少年の死体を妹の心臓移植用にとカプセルごと盗んだのだと言った。
「だが、あのカプセルの死体はもう腐っていた。冷凍機能が停止していたようだが……」
「薄暮の町まで保つか保たないか、ぎりぎりの電池残量だったんです」
逃げるのに手間取って、電池が切れたのだった。
カハクが妙な表情で尋ねた。
「ウラル。心臓移植と言ったけど、心臓の場合は免疫適合が厳しいのよ。ましてや幼い子供に移植する場合は強力な抑制剤は使えないんだけど、そのことは知っていた?」
「ええ。知ってました」
「なら、君が奪ってきた死体の心臓は妹さんに適合していると分かっていたわけね」
ウラルは沈黙した。
六蔵が促す。
「どうしたウラル? 知っていたのか?」
「……はい」
「どうやって知ることができたのかしら?」
「それは……」
ウラルは言葉を濁したまま黙ってしまった。




