肉屋
少年は答えずにじっとカハクの顔を見つめた。その目は何かを探っているように、六蔵には見えた。カハクもそのことに思い至ったのだろう。目元を和ませて言った。
「信じていいのよ。私は肉屋の味方ではないから」
それでも少年はしばしの間、口を閉じていたが、やがて小さな声で「はい」と答えた。
「やっぱり、そうだったの……よく生き延びたわね」
しきりに感心するカハクに、今度は六蔵が尋ねた。
「肉屋とはなんだ?」
カハクが驚いた声を挙げる。少年も頭を持ち上げて六蔵を見つめた。そして二人同時に口を開いた。
「知らないのか?」
「知らないで助けてくれたの?」
六蔵は二人を交互に見やり、「知らない」と答えた。
「あんたは、」とカハクが言う。「この星で何年になるんだ?」
「標準月で八箇月だ」
「ならば知らなくても仕方ないね」
カハクと少年が顔を見合わせて頷き合う。
「だから、肉屋とは何なのだ? まさか、ただの食肉店ではないのだろう?」
カハクが吐き捨てるように言った。
「移植用の人体を切り売りしてるんだ」
「なんだと?」
六蔵がイスを引き寄せて座ると、カハクもベッドの端に腰掛けて語り始めた。
「この星、タイカンは行政自治惑星としての認可を東銀河連邦から得ていない」
つまり、未開拓惑星と同じ扱いなのだと言う。
「従って、両極地帯とトワイライトゾーンに置かれた生活区も正式には鉱業用プラント設置区として、資本を投入している六つの企業が合同で運営する私有地だ」
「なら、そこで生活できるのは運営母体の企業に関わる人間だけなのか?」
六蔵の問いにカハクは頷いた。
「建前上はそうだ。しかし、実際には来る者を拒むことはない。多少とも外貨を落として行く来客として行動の自由を守られている。その上、商業活動も概ね自由なんだ」
「随分と管理が緩いな」
「仕方ないだろう。生活の全てを企業が賄うのは無理だからな。もちろん、正社員については福利制度が適用されるが、下請けやアルバイトまで面倒を見られないのが現実だ。その上この惑星の環境は劣悪だ。最初の頃は、そうした環境下では身分に関係なく助け合うことが必要だった」
「いいことじゃないか。で、肉屋は?」
「慌てるな」と、カハクが苦笑する。「もうすぐだから」
タイカンは未開拓惑星ながら、企業体の管理の下、自由な生活区が作られて行った。
「私もそうした中にこの星を訪れ、トワイライトゾーンで開業医として生計を立てていたんだ。人が増えると医者も必要になるからな」
人の集まる場所には、他にも様々な商売人が乗り込んできた。生活区は活気に満ちて行ったが、同時に治安も悪くなった。
「そこで、企業合同体は、少しずつこの星を管理し始めたんだ。まず、企業合同体が発行する購買券を通貨として定着させた。次いで、水を独占した」
「水の独占だと?」
「タイカンでは、極地を除いて降雨がない。海も河川もない。水は地下三〇〇〇メートルからの汲み上げに頼っていたんだ。その時点で、工鉱業技術を有する企業合同体に管理されていたんだが……」
さらに、僅かに発生する雲から、水を採取する技術を確立したのだと、カハクは続けた。
「今では、大陸各地に採雲艇を飛ばして、雲を集めている。もっとも、最近では、そうした技術を盗んで、雲を掠め取ってる命知らずな連中も現れたから、企業合同体は警備艇も飛ばして、管理を厳しくしている」
「なぜ、雲を? 地下水があるんだろう?」
「地下水汲み上げには、設備投資と維持が必要だ。費用が掛かりすぎるのさ」
「雲から集めた方が安上がりなわけだ」
カハクは、その通りだ、と頷いた。
「地下水の枯渇を恐れているってこともある。そうした管理体制の一つとして、合同企業体は私兵を雇い、警察機能を強化した」
六蔵が目を見開く。
「軍人に警察権力を与えたのか?」
「私兵と言っても『派兵サービス』から借り受けたサラリーマン兵士だ」
『派兵サービス』は一種の派遣会社で、独自に訓練した兵士を貸し出している。
「それに企業の私有地内でのことだから無茶なことはしていない」
今も私兵警察は機能していると言う。
「なら、この子を追って来たのはどこのどいつだ?」
「肉屋の私兵さ。とは言え、企業の一つが又貸ししてるって噂だ」
「何のために子供を追うんだ」
「ことの発端はこの星の風土病だ」
「どんな病気だ?」
カハクが少年をちらりと見てから言った。
「太陽光による放射線被爆だ」
三つの太陽に照らされ続けるタイカンに長く住んでいると、放射線被爆症状を呈するのだと言う。特に内臓組織の癌化が著しく、企業は合同でこの問題に取り組むことになった。
医療施設を充実させ、放射線防御の工夫を凝らしたが、年々増加する人口に対しては焼け石に水で、せいぜいが正社員、それもある程度の役職にある人間と家族を救うのがやっとだと言う。
「そんな時に現れたのが肉屋だ」
「やっと出てきたな」
「放射線被爆者に対して有効な治療方法に臓器移植があるんだが、肉屋はそこに目を付けた」
薄暮の街では、臓器移植を行う医療施設は充実している。もちろん、社員以外もその恩恵を受けることが可能だが、肝心の移植臓器が手に入らない。企業は社員に対しては、福利厚生の一環として優先的に臓器の輸入を行っているが、それで手一杯だった。結局、社員でない人間は自分で臓器を調達しなくてはならず、莫大な金額を払って個人輸入するか、他の惑星へ行って手術を受けるか、もしくは安く出回っている人工臓器で急場を凌ぐより手がない。
そこへ、格安で臓器を提供する、移植サービス会社ペレットが登場した。ペレットは街道沿いに忽然と現れた。
「街道沿いに? 両極でもトワイライトゾーンでもなくか?」
「そうだ。彼らは地下に社屋を建築した」
当初ペレットは歓迎された。企業の正社員の間にも利用者が出てきた。
「いくら安くても、適合しなければだめだろう?」
「もちろん免疫の問題はあるが、それは抑制剤を用いることで緩和できる。生体補完素子が手に入れば一番いいんだが……」
「生体補完素子?」
「どこかの独立惑星の王族にだけ伝わる幻の技術さ」
その技術を使うと人間同士の組織移植はおろか、異種動物間であっても拒絶反応を抑えられるのだと言う。
「まぁ、手に入らない技術を羨んでも仕方ない。それに、この星で生きていく以上、被爆は続く。移植も一度で済むとは限らないからな」
何度でも移植するなら、自分に適合しなくても移植し、だめになったらまた移植すると言うのが一般的だと言う。
そうなると臓器も消耗品だ、と六蔵は唸った。
しかし、と六蔵は疑問を口にした。
「この星には組織培養臓器はないのか?」
「いいところに気付いたな」
カハクは一瞬唇を吊り上げるようにして笑ったが、すぐに苦い物を噛むような表情で続けた。