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 六蔵が止まったことに満足したのか、男は口の端を持ち上げて笑った。

「とぼけずに、きちんと答えろ」

「とぼけてなんぞいない。俺は旅をしているのだ」

「ふざけた男だな」と、男は嘲笑った。

「この星を徒歩で旅するなどと言われて信じると思うのか?」

「信じる信じないは、貴様の勝手だ」

 男は六蔵の言葉を無視して背中の木樽を指差した。

「その樽はなんだ? 何が入っている? 中を改めさせろ」

「断る」

「傘まで持っているな? この星に傘ほど場違いなものはない」

「俺の自由だ」

「口答えはやめて、おとなしく従え」

「いやだね。それとも、」

 六蔵は不敵な笑みを浮かべた。

「街道ってのは子供を追いまわすのでないと使っちゃならん、とでも言うのか?」

 男の顔が歪んだ。銃を向けられていながら恐れを見せず、自分たちの行為を茶化す六蔵に、嘲笑に変わって驚きが、次いで怒りの表情が浮かんだ。そこへ後方にいた兵士たちがばらばらと集まってきた。

「チーフ。どうされましたか?」

 発砲の合図をした兵士が六蔵を睨みながら言った。チーフと呼ばれた男は銃を下げて命令した。

「そこの樽を担いだ男を捕らえよ」

「あの男が何か?」

「この星を徒歩で旅すると言うだけでも怪しい。その上、樽と傘まで担いでいる。どの道、見られた以上放っては置けん。抵抗したら射殺しても構わん」

 命令された兵士は、「はっ」と答えると、すぐに片手を挙げた。マシンガンを構えたままの兵士たちがばらばらと六蔵に押し寄せた。

「やれやれ」と六蔵は呟いた。そして木樽に小声を掛けた。

「姫様。少し揺れます。釣り紐にお掴まりを」

 六蔵の身体がすっと沈み、横に動いた。その動きはあまりに速く、合図を送った兵士には視界から消えたように見えたに違いない。巨大な木樽を背負っているとは思えない滑らかな体捌きだ。

 集まりかけた兵士たちの側面にその姿が現れた時、六蔵の手には閉じたままの黒い傘が握られていた。その傘が手の中で半回転すると、寄せて行った兵士のうち三人がその場に昏倒し、次の半回転で残りの兵士も全員その場に崩れ落ちた。

 合図を送った兵士は五名の屈強な部下達が泡を吹いて倒れているのを驚愕の表情で見ていたが、六蔵が自分に向き直ると、慌ててマシンガンを構えた。しかし銃口の先に六蔵の姿はなく、真横にまで六蔵に踏み込まれた兵士は、銃爪を絞る間もなく地に沈んだ。

 六蔵は傘を手にしたまま、無造作にチーフへ近付いて行く。

「く、来るな!」

 短銃を向けたチーフが叫んだ。その声が震えている。

 六蔵は構わず傘を腰の高さに構え、摺り足で踏み込んだ。

「ひっ!」

 チーフが喉を鳴らし、銃爪を引いた。

 銃が火を噴くのと傘が開くのがほとんど同時だった。銃弾は傘に弾かれた。六蔵が開いたままの傘を下から振り上げると、チーフの身体が二メートルほど宙に浮いてから地面に叩きつけられた。身体を二つに折ってもがき苦しむチーフに向けて六蔵がぼそりと言った。「傘はこうして使うために持っているんだよ」

 六蔵は傘を畳んで逆さに持ち、その柄でチーフの胸を打った。チーフは白目を向いて失神した。六蔵は傘を背中に戻すと倒れている少年の側へ行き、片膝立ちで抱き起こした。間近で見るとその幼さが痛々しい。まだロー・ティーンと呼ばれるくらいの子供だ。

「大丈夫か?」

 声を掛けると少年は腫れていない右目を薄っすらと開き、掠れた声を搾り出した。

「おじさん……強いんだね」

 少年はそれだけ言うと意識を失った。

 六蔵は少年の怪我の具合を確かめた。打撲は多いが表向きの致命傷はなさそうだった。「姫様」

 返答はない。もう一度呼んだが、木樽は無言だ。六蔵はそっと息を吐き、声音を強くして呼びかけた。

「姫様!」

 ようやく返ってきた声は小さくひねていた。

「わらわは喋らんと申したぞ」

「喋っているではありませんか」

 声がか細くなる。

「……怒ってないか?」

「はっ?」

「もう、怒ってはおらぬのか、と訊いておる」

「六蔵は最初から怒ってなどおりません」

 木樽の声が元気になった。

「では、口を利いてやってもよい」

 六蔵は思わず苦笑した。

「ありがとう存じます」

「それで何用じゃ、六蔵」

 六蔵はここまでの経緯を話した上で申し出た。

「姫様には少年の『気』を診ていただきたく」

「よかろう。しばし待て」

 六蔵は待った。工業用ホバークラフトの火勢は既に収まりつつあるが、それは主だった部分が燃えてしまったからで、もはや使い物にはならないだろう。少年が乗ってきたのなら気の毒なことだと、六蔵は思った。

「六蔵」

 木樽から声が来た。

「はい」

「打撲による内部への影響はないが、しかし……」

 木樽が言い澱む。

「いかがなされました?」

「うむ。そこの少年、長くはないぞ」

 六蔵の眉が片方だけ跳ね上がった。

「と、申されますと……」

「頭の中の気が滞っておる。もはや手遅れと診た」

「腫瘍、でございますか?」

「おそらくの」

 六蔵は少年をその場に横たえ、木樽を背中から下ろして立ち上がった。

「姫様。しばらく」

「うむ。よきにいたせ」

 六蔵はスポーツタイプのホバークラフトから一巻きのロープを探し出し、失神している兵士たちを縛り上げた。それから木樽と少年を一台のスポーツタイプに乗せ、自分は燻り続ける工業用車両を調べた。

 蜂の巣になったユニット倉庫には冷凍保存用のカプセルが納められていた。カプセルも銃弾と火炎で破壊されていた。歪んだハッチを開くと中には一体の裸の人間の死体が横たわっていた。助けたのと同じ年頃の少年の死体だ。侵入した炎に焼かれ、死体の表面は爛れていた。

 恐らく、病人か怪我人を冷凍保存状態で運ぶつもりだったのだろう。しかし兵士の銃弾が冷凍保存用カプセルを破壊し、さらに車両の炎上が、内部の人間も焼き殺した。あるいは、最初から入っていたのは死体だったのかもしれない。いずれにしても、銃弾と炎上が冷凍保存をだめにしたことに変わりない。六蔵はそう結論付けた。

 しかし、胸の前で合唱しハッチを閉じようとした時、六蔵の鼻が、肉の焼けたものとは違う臭いを嗅いだ。それはタンパク質が放つ異臭のうち、外から焼かれたのは異なる、もう一つのおぞましい臭いだった。

 六蔵はもう一度合唱すると、ポーチからナイフを取り出して、胸の辺りの焼け焦げた表皮を小さく裂いてみた。

「うっ」

 予想通り、腐臭が立ち昇り、六蔵は思わず顔を背けた。

 六蔵はナイフを戻すと、ハッチを閉じてユニット倉庫を出た。

銃弾と車両の炎上だけで腐敗が進むはずがないので、カプセルには最初から腐敗した死体が入っていたと考えるのが自然だ。そのことはカプセルの冷凍装置が機能していなかったことを意味する。六蔵が助けた少年は、壊れた冷凍保存用カプセルに腐敗した死体を積んで逃げていたのだ。

 なら、兵士たちの目的は死体ではなく、操縦していた少年そのものにあったのか?

 訳が分からない、と六蔵は首を捻った。

 六蔵がスポーツタイプに乗り込むと、木樽から問い掛けがあった。

「どうするのだ?」

「このホバークラフトで街道を行き、途中に宿場を見つけたら、そこで宿を取ります」

「懲らしめた奴らはどうしておる?」

「気を失っています。縛っておきましたがいずれ目を覚ますでしょう」

「追って来るのではあるまいか?」

「かもしれませんが……その時はその時です」

 六蔵はホバークラフトを発進させた。細く煙を上げる工業用ホバークラフトの側を抜け、車座に縛り上げた兵士たちを横目に、一気に加速させた。

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