ホバークラフト
六蔵がその音を耳にしたのは、さらに十日ほど旅を続けた日の、第三太陽が第一太陽に取って代わられようとしている時のことだ。背後から微かに聞こえた小さな音は、次第に大きくなりながら近付いて来た。六蔵は足を止めて半身で振り返った。
木樽から声が来た。
「どうしたの、六蔵?」
「北から何か来ます」
「何が来たの? わらわも見たいぞ」
はしゃぐような声に六蔵はぴしゃりと言う。
「姫様、お静かに」
「退屈しておるのだ。少しくらい覗いても……」
「開けてはなりません」
「な、なによ!」
木樽の声が不貞腐れる。
「六蔵のばか! いじわるっ! 頑固オヤジ!」
駄々を捏ねる木樽の声を、六蔵はゆっくりと穏やかな声で嗜めた。
「静かになさいませ」
「あっ……わ、分かった。怒るでない。わらわはもう喋らん」
途端に木樽は静かになる。ゆっくりと喋った時は、六蔵が怒ったことを告げていた。
六蔵はぴくりとも動かずに街道の彼方を睨んだ。やがて何も見えなかった道の先に、ポツンと小さな黒点が現れた。一度見え始めると、その黒点はみるみる大きくなり、外形が判別できるまでになった。それに合わせて音も大きさを増して行く。
それは一台の資材運搬用の工業用ホバークラフトだった。
それが真っ直ぐに飛んでいるのではないことはすぐに分かった。ゆらゆらと左右に揺れ、上下にも浮き沈みする不安定な飛行だ。しかも発する音が異常だった。どうやら吸気系統が壊れているらしい。
万一の危険を避けるため、街道を外れてやり過ごすことを考えた時、ホバークラフトの遥か後方に土煙が起こるのが見えた。土煙は見る間に大きくなり、それを起こしているのが三台の新たなホバークラフトであることもすぐに確認できた。先の工業用とは違い、こちらは明らかにスポーツタイプだ。推進装置が発する音も正常で飛行も安定している。六蔵には一台の工業用ホバークラフトを、三台のスポーツタイプが追っているように見えた。
工業用ホバークラフトが間近に迫ると、六蔵は街道を外れて荒野に立った。その横をホバークラフトはゆらゆらと揺れながら通り過ぎて行く。埃に汚れた窓からは、操縦席の様子は見えなかった。荷台にはユニット倉庫が搭載されている。
やはり追われていると、六蔵が確信したのは、車体の表面にいくつもの弾痕を見たからだ。工業用ホバークラフトは銃撃を受けながら逃げているらしい。
六蔵は乾いた土と無数の石が転がる大地に立ったまま、さらに来た三台もやり過ごした。都合四台のホバークラフトが行き過ぎると、風のない街道は土煙に覆われた。
街道に戻ると、土煙に霞む先に四台のホバークラフトが止まっているのが見えた。
追いつかれたか……
工業用ホバークラフトは半分街道を飛び出して止まっていて、それを数人の兵士が銃を構えて取り囲んでいる。一人の兵士が手を挙げると、それが合図で、全員が一斉に発砲した。連続した破裂音はマシンガンのものだ。
工業用ホバークラフトは瞬く間に蜂の巣となり、炎上した。六蔵はその横を黙って通り抜け、燃え上がる車両の前方に出た。見ると、そこにも人影があった。
六蔵は足を止めた。一人の男が少年の腕を後ろで固めて地面に押さえ付けている。幼い顔は血まみれで、やっと開いている片目で燃えるホバークラフトを見ていたが、視線はうつろだ。男の方は後方の兵士たちよりも明らかに階級が上の制服姿で、色白な顔は酷薄な笑みで歪んでいた。その顔が立ち止まった六蔵の方に向いた。笑みを消し、尋問口調で言った。
「なんだ貴様は? ここで何をしている?」
「旅の途中だ」
六蔵はそれだけ言うと歩き始めた。それを追うように声が来た。
「待て」
六蔵は無視して歩を進めた。
「止まれ。撃つぞ」
相手が挑発に乗ってきたことに六蔵はほくそえんだが、更に一歩進んでから止って、ゆっくりと振り返った。男は大口径の短銃を向けていた。