表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

街道を行く

 街道を南に向け、年の頃は二〇代半ばの若い男が歩いて行く。芥子色のポロシャツに下はゆったりとした幌布のパンツ。腰のベルトにはいくつものポーチを下げ、編み上げの頑丈そうな靴を履いている。男は大柄で、分厚い胸板と太い首は襟元のボタンを留めることを許さない。小山のような肩に帯状の肩紐を食い込ませて、巨大な木樽を背負っていた。空身でも十分重そうな木樽を背負いながらも、男はほぼまっすぐに身体を起こして歩いて行く。背中と背負子の間には一本の蝙蝠傘が差してあり、J字の柄が肩口から覗いている。

「六蔵」

 樽の中から名前を呼ばれて、男――六蔵は「はい」と答えた。

「薄暮の町はまだ遠いかのう?」

 聞こえるのは幼さを残した少女の声だ。

 六蔵は足を止めて周囲を見渡した。街道は前も後も彼方まで真っ直ぐに伸び、両側には一面の荒野が果てなく広がっている。空は青く抜け、第二太陽が強い日差しを注ぐ。目の届く範囲に動くものは何もない。

「姫様。まだまだのようです」

「わらわは退屈したぞ」

「ご辛抱ください」

 六蔵はそう言うと、乾いた空気の中を再び南に向けて歩き始めた。


 第二太陽が西の地平線近く、大気による光の散乱で一際大きく見える頃、東の空には既に第三太陽が顔を覗かせていた。

『惑星KH―991、通称「タイカン」は三つの太陽に照らされる星だ。それぞれの太陽が絶え間なく昇るタイカンには、だから夜がない。海も山も、そして地下資源もないタイカンは人類が大規模な植民地を築くには不適格な星だ。

 それでも人が暮らすのは、十八ある衛星にも希少な金属を始めとした鉱物資源が豊富に存在するからに他ならない。人々は比較的気温の安定した極地付近と、ロッシュの限界ぎりぎりに位置し、双子星とも見紛う巨大な静止衛星ロボスが影を落とすと言われるトワイライトゾーンと呼ぶ一帯のみに、まとまった生活圏を築いていた。極地とトワイライトゾーンを結ぶのが街道と呼ばれる粗悪な舗装道路だ。街道沿いには小さな集落が点在し、旅人に宿場を提供している』

 六蔵が入手した「辺境惑星ガイドブック」にも、その程度の記述しかされていなかった。およそ観光目的で訪れる人間はいない、知られざる辺境惑星。それが惑星KH-991だ。

 六蔵が目指す薄暮の町は、静止衛星ロボスによって三つの太陽の日差しから守られると記されたトワイライトゾーンの中心部に位置する、半径一キロメートルにも満たない小さな町だ。

 北極地帯を出立して既に半年が過ぎていた。核融合電池を搭載しているとは言え、そろそろ木樽のメンテナンスも心配しなくてはならない。これまでは無事に旅を続けられたが、この先も安全とは限らない。木樽にもしものことがあれば、それは凍姫の命に関わる。どこかで宿を取りたい、と六蔵は思う。自分のためではなく、凍姫の安全確認のためにだ。だが、最後に宿を取ってから三月が過ぎるのに、街道にはいよいよ人の気配はなく、当然腰を落ち着けるような宿にも出くわさない。

 食糧と水も調達しなくては……

 六蔵は体内に埋め込んだリサイクル装置によって、水も食糧もなしに半年は生きられる。しかし、体力にものを言わせての強行軍では、一月に一度はリフレッシュしないと十分な活動はできない。ポーチに詰め込んだ交換用の水や食糧も残り僅かになっていた。できればあと半月の間にはどこかに宿を見つけ、物資の調達と木樽の整備を行いたい六蔵だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ