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君に出会ったあの日を忘れない   作者: さかき原 枝都は
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瞳のわすれもの Ⅲ お守りの秘密

お守りの秘密


磨緒くんとは、中学の頃から一緒に歩く様になった。その頃はまだ、弟の大と同じように、東京から来た弟としか思っていなかった。


磨緒くんが、お母さんと別れて暮らした半年間。短い間だったけど私と唯一長い時間暮らした時。


一人寂しく、泣いてばかりいた磨緒くん。こっちの学校でもあまり馴染めず、いつも私と一緒にいた。


彼はそんな私を姉じゃなく、多分突如いなくなったお母さんを映していたのかもしれない。


もしかしたら、離婚して会うことがなくなったお父さんをも映していたのかもしれない。


そんな磨緒くんと歩くと、次第に私は実の弟大とは違う感情を少しづつ抱く様になった。


それは、まだ経験も実際に生んだことがなくても生まれてくる愛おしさ。


でもそれが何かは、まだ解らなかった。

私もまだ幼かったのだから。


磨緒くんが帰った後の寂しさは「なんで?」と自分でも理解しようとしない気持ちが大粒の涙を誘い私の頬をつたわった。


最後、磨緒くんと出会ったのは、高校3年生の夏。


私は志望する音楽大学を目指し1週間合宿の夏期講習へ参加していた。


夏期講習の最終日、東京の大学から来た講師の先生からお守りをもらった。


帰り際教務室で


「墨田、お前よく頑張ったな。今回の講習で一番の進捗率だ。ただ講習受けただけじゃ、こんなに伸びはしないぞ」


先生は私にがんばって成果を出した事をほめてくれた。


「聞いたぞ、同じ部屋の子たちから、お前いつも遅くまで勉強していたそうじゃないか」


この夏期講習の初日講師がずらっと並ぶ中、紅一点若くてかっこいい先生がいた。


お決まりのようにはしゃぎ目をつける女子。私も初めはその中のひとりだったかもしれない。


でも彼の始めた挨拶は


「想いは自分には歩んでくれない。想いを勝ち取るには、自ら想いに歩まなければならない」


正直、胸に刺さった。


とても痛かった。


彼はまだ大学3年なのに、ズバットこんなに重い言葉を言い切れるなんて


初めに抱いた彼のイメージは吹っ飛んでしまった。


想いを抱くのは簡単だ、でもそれを現実のものにするには至難の業だ。


誰でも知っている。でも解ろうとしていない。そして想いをあきらめる。


私もそれを知っていた。


彼はあの言葉の通り、自分が思いを寄せた志望する大学に在籍している。



「本当ですか?本当に一番だったんですか」


「そんなことに嘘を言ってどうする」


うれしかった。あの私の胸を刺す言葉を放した彼に認めてもらえたようで


「ところで墨田、お前東京の音大希望なんだって」


「ハイ、そうですけどなにか」


およそ1時間位だったと思う。彼といろいろな話をした。


彼、いや、先生も音楽が好きで、吹奏楽団に入っている事、私が音大のピアノを選考していることを知ると、ものすごくピアノが上手な先輩がいること、また彼の家はそんなに裕福な家庭ではない事


「どうして秋田の予備校の講師をしてるんですか」


何気ない質問だった


「ここの塾の待遇が一番良かったからさ。でもまさか秋田に配属になるとは思ってもいなかったよ」


「あら、秋田もいいところですよ。田舎ですけど・・・それじゃ、彼女と離れて寂しいですね」


ちょっと得意げに、意味はなかった。


私の言った彼女の言葉に彼は顔を曇らせ悲しげな表情を投げかけた。


うん、そうだね。でも僕はいつも彼女と「一緒なんだよ」だから寂しくはないんだ。


「じゃっ、彼女さんも一緒に来てるんですか」


「そ・・・・・そうだな。・・・・」


少し俯て返した。


そして、ふと思い出したかのように、自分のリュックから二つの小さなお守りを取り出した。


手に取り、お守りを見つめながら


「墨田、お前にこれやるよ」


赤と紺の小さなお守り、その表に刻まれた文様は二つが揃うと一つの絵柄になるように描かれていた。


あまりにもそのお守りを見つめる彼の姿が寂しく見えて、思わず言ってしまった。


「でも、大切にしているお守りじゃないんですか?大事なものあげちゃっていいんですか」


「ああでも、もう俺には持っている必要がなくなったからな。このお守りは、由緒ある神社から戴いて来たものだ。とってもご利益のある神社で縁結びでは有名なところなんだ。そこで特別に作ってもらったお守り。非売品なんだぞ」


「縁結びですかぁ。でも私今彼氏いないし、受験でそれどころじゃないですからね」


ハハハ、それは失礼したなと言わんばかりに笑い出した。


でも本当は付き合っている人がいた。


その人は、同じ高校のクラスメイト。そしてバスケット部の部長だった。


2年の時親しくなって彼氏と呼べる人になっていた。


3年の夏休みの前、私は彼の進路を知った。彼は仙台、私は東京、この距離を埋めることは出来なかった。彼は私に仙台に来るように勧めた、でも私は東京にこだわった。


その頃から二人の間に溝を感じるようになっていた。


「なぁ墨田、縁というのは何も人との出会いだけを言うもんじゃないぞ。確かに人との出会いやつながりを示すんだろうけど、俺はその他に場所や物、なんかにも言えるんじゃないかなって思っている。まあ、いろんなところに縁はつなげる事が出来ると思うよ」


ハット、ひらめいた。


「それじゃ、大学にその縁を結べれれば合格で来るかしら?」


「おい、それじゃ神頼みじゃないか。でもまぁなんだ、何かご縁が生まれればいい方には向くんじゃないかな」


なぁんだ合格のお墨付きじゃないんだ。と肩を落とした。


人生そんなに楽じゃない。その次に


「想いは自分には歩んでくれない。想いを勝ち取るには・・・・」


彼の後に続いて


「自ら想いに歩まなければならない」


解ってるじゃないかと私の顔を見つめ、お守りを手渡した。


そして私の頭に手をやり


「そのお守り大切にしてやってくれ。墨田に素敵なご縁が結ばれますように」


彼がそう言うと、お守りを持つ手のひらがほのかに暖かさを感じ、体全体が暖かくなんだか幸せな気持ちが満ち足りてきた。


「先生、ありがとう。大切にするね」


彼は静かにうなずいた。


「そうだ墨田、もし墨田に良いご縁があって縁が結ばれたのなら、そのお守りを次の人に渡してやってくれ、そして新たな縁を結ばせる。それがこのお守りをもらうときの約束なんだ」


「ふぅんそうなんだ、次の人ねぇ。私しばらく掛かりそうだから大事に持ってるね・・・・待って、先生が私にこのお守りを渡したっていうことは、先生結ばれたの?」


少し寂しい表情をして


「ああ、そうだよ」とつぶやいた。


もっと先生の事を知りたかった、でも次の電車の時間が迫っていた。


腕時計を見つめあと何分、あと何分先生の前に居られるのかと、動く秒針が気になった。


その私の姿を見て


「墨田、もう時間じゃないのか」


優しく私を自分のテリトリーから放す。


放されたことを私は感じ取り、ゆっくりと荷物を自分の手に取り


「それじゃあ先生、お世話になりました。いつかどこかで・・・また」


「いつかどこかでまた」この先生とは、いつかまた会うことが出来るような、そんな気がしたから付け足した言葉


そして足早に私は教務室を後にした。


手を小さく振り、一人教務室にいる先生が


その後、つぶやいた言葉を、私は聞いていない。


「俺の縁は永遠に結ばれた。天国にいる彼女と・・・・」






私は電車を1本、いや実際は2本遅らせた。


講習会場から駅まではバスでおよそ10分


余裕で間に合っていた。でもその日はいつになく渋滞していて、そしてついてないときは本当についてなくて、乗っていたバスが故障で動かなくなった。


立往生をしておよそ30分が過ぎた。


ようやく駅に着いたときは、乗る予定の電車がホームを出た後だった。


発着の時刻を告げる電光掲示板を見上げながら


「まったくもう、本当についてないんだから」


次の電車まであと1時間。こんなことだったら、先生ともっと話をしていればよかったと後悔した。

しかし2時間も帰りが遅れるとなっては、家で待つお母さんも心配するだろう。


そう思い電話をした。


「あ、お母さん。ごめんね、電車乗り遅れちゃって・・・」


先生と話をしていて、1本遅らせたこと、乗るはずの電車には途中バスが故障で遅れてしまったこと。

別に隠すことでもなかったから、全部正直に伝えた。


お母さんは、機嫌がよかったみたいで咎めることはなく、いつもの調子で笑いながら、私の報告を受けてくれた。


もし、お母さんの機嫌が悪ければ話も聞いてくれなかっただろう。怒ったときのお母さんは物凄く怖い。


だって、熊のように大きくて柔道の師範をしているお父さんが、小さくなってしまうんだもの。


「ハハハ、そりゃ大変だったね。仕方がないでしょう、次の電車で来なさい。でも残念だね、せっかく磨緒ちゃんが来ていたのに」


「え、磨緒くん来ていたの?」


「ええ、瞳ちゃんが講習会に出かけた次の日に来てね、今日帰るって言った、本当にさっきまで居たんだよ。磨緒ちゃんも会いたがっていたけどね」


私は慌てて聞き直した


「本当に磨緒くん来ていたの。どうして、連絡くれなかったの」


少しお母さんを咎めてしまった、その反応だろ言葉に自分の故郷である京都弁が交じる言葉が返ってきた。


「私、あんたの事思うて連絡せえへんかったんで、連絡すると勉強に身が入らんようになると思うてな。ほんまは、磨緒ちゃんも瞳ちゃんに会いたがっておったんやけど」


京都弁が交じるお母さんの言葉は、今でも慣れない。


そんなことは今は言っていられない。つかさず磨緒くんたちが乗る新幹線の時刻を聞いた。


大曲駅 15時39分発


私が乗る電車の時間は、秋田発 14時39分、大曲着 15時32分、ちょうどこの電車と大曲駅で乗り継ぎ連絡をするように組まれていた。でも東京行きの新幹線が発車するまでの時間は、たった7分しかなかった。


でも大曲から磨緒くんたちが乗ってくれてよかった。もしそうでなければ、7分という時間もなかったのだから。


ホームに電車が入りドアが開くとすぐに乗車した。


座席に座り、窓ガラス越しに向かいのホームから発車する新幹線を眺めながら


「あ、あれに乗ればもっと早く着けたのに」


特急券を足しても大した金額じゃなかった。でも磨緒くんのことで頭がいっぱいだったんだろう、新幹線の存在をすっかり忘れていた。


揺れる電車の中で、東京行きの新幹線に抜かれた。焦る気持ちと重なる自分の失敗に情けなさを感じていた。


車内に車掌のアナウンスが入る。


「次の停車は大曲。秋田新幹線こまち号東京行き・・・・」


電車は駅のホームに入る。


この電車を追い抜いた新幹線はホームに停車していた。


必死に東京行きの新幹線ホームを見た。


でも磨緒くんの姿を見ることは出来なかった。


電車は止まりドアが開いた。


後7分しかない。そう思いながら荷物を持ちながら階段を駆け上がり、新幹線の改札へたどり着いた。急いで自動改札機に自分の切符を差し込んだ。


ゲートを抜けようと前に進むと


バタンとゲートが閉ざされた。


この切符ではこの先には行くな。そう改札機に言われてしまった。


駅員に事情を話、新幹線のホームに入れてもらった。


あまりにも悲痛な表情をしていたから、特別に入れてもらえたんだろう。


新幹線の乗車口を端から見ていく。


もう、ホームには乗車する人の姿はなかった。


必死に乗車口を見て、新幹線の窓から車内を見回した。


後残り3分を切った。


もうすでに5両目、車内の乗客を一人ひとり見た。


その車両の終わり3つ前の窓に磨緒くんは座席から外を眺めていた。



「磨緒くん」



思わず叫んで名を呼んだ。


私の姿を見て目をぱちくりさせて驚いていた。


「瞳ねえちゃん」


そう言いながら、座席を立ち乗車口に来た。


「ま、磨緒くん、良かった間に合って」


「瞳ねえちゃん、どうしたの?勉強の合宿で会えないって、叔母さんが、瞳ねえちゃん」


磨緒くんはぐしゃぐしゃな顔をして大粒の涙を流し始めた。


「ごめんね、せっかく来てくれたのに会えなくて。でもね、お母さんから磨緒くんが来てるって聞いて、急いで来たの」


「瞳ねえちゃん、おれ、もう瞳ねえちゃんに会えないと思って、寂しかった」


下をうつむいて泣いている磨緒くんを抱きしめた。


「馬鹿ねぇ、もう会えないわけないでしょ。ほら、また泣いてる。もう泣かないで」


「瞳ねえちゃん、また会える」


磨緒くんは恐る恐る小さな声で、もうこれっきり会えなくなると思いながら、私に言った。


「また会えるよ。うん、絶対に会える。そうだ磨緒くん、いいものあげる」


バッグからさっき先生からもらった2つの小さなお守りを取り出して、手のひらに乗せた。


「このお守りは縁を結んでくれるお守りなんだって、だから磨緒くんにこのひとつをあげる」


「瞳姉ちゃん、縁てどんな事?」


発車のメロディがホームに流れる


「また会えるっていう事」


青い小さなお守りを磨緒くんの手に渡した。



「大切にして、そうしたらまた会えるから・・磨緒くん」



「うん、わかった」

にっこりと微笑みながら応えてくれた。


列車のドアが閉まる。



「磨緒くん・・・また会えるよ。きっと・・・」



駅員の鳴らす笛の音がホームに響く


ドアの窓から必死に私を見つめる磨緒くんの姿が焼き付いた。



磨緒くんを乗せた新幹線はゆっくりとホームから離れていく

次第に加速を増して最後尾が私の横を流れるように過ぎていった。




そして私たちは6年間、それぞれの時間を歩んでいった。




今思えば、このとき磨緒くんにゆっくり会うことは出来たはず、でもそれは出来なかった。そして6年間会う事が出来なかったのは、あのお守りが成した事だったのかもしれない。


6年という歳月がお互いを戒め経験を乗り越え成長させた。



次に会うときに、お互いが想い会えるように。


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