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君に出会ったあの日を忘れない   作者: さかき原 枝都は
5/11

瞳のわすれもの Ⅱ



「せ、狭ーい」


「ちょっとぉ、一緒に入ろうって言ったの磨緒くんなんだからね」


「だってほら、ギブスお湯の中に入れるわけいかないだろう」


「私風邪ひいちゃう」


「ほいよっと」瞳を後ろ向きにさせ俺の前に座らせた。


「これなら何とか入れるだろ」


「うん」二人狭いながらも一緒に湯船につかることが出来た



「ねぇ磨緒くん、あなた初めてじゃないでしょ」


「えっな、なんで」


瞳は少し恥しながら

「だって、なんか慣れてたもん」


慣れてたと言われても、本当はもういっぱいいっぱいだった


「正直に言ってごらんなさい。今まで何人の彼女を泣かせてきたの?」


ちょっと皮肉ったトーンで瞳は訊ねる。


「何人泣かせたって、中学んときに付き合ってた彼女となんとなく、そう言いう雰囲気になって、その、やってたから・・・」


「あらまぁ、早い初体験だったのね。それもなんとなく?そうねぇ、なんとなくなのよね。私とも?」

ぐちっいぽく言う彼女に俺は軽く頭を小突いて


「ばぁかぁ、そんなんじゃないよ」


瞳は後ろ向いて


「怒った?」

「少し」


「可愛いぃ、磨緒くん」そう言って浴槽から出た。


「上がろう、のぼせちゃう」


「うん」


体をふきながら、瞳がふと思い出したように


「ねぇねぇ、磨緒くん、あなたいくら慣れているからって「アレ!」いつも持ち歩いているの?しかも使いかけの箱ごと」


なんてぼっそり言いうもんだから


「あ、いや、あれは、一緒に来た友達が忘れていったんだよ。そう忘れ物。ハハハ、」


それは、優子が持ってきた避妊具。


「楽しい人生を踏み出そう・・・0.01mm6個入り」とばっちり書かれたコンドーム。


実は、昨日寝る前に叔父さんから、唯人から預かりもんがあると渡された。


口をテープで止められた茶色い紙袋。


部屋で中を開けると、優子が用意した旅のお供セットの残りとタバコが一つ。最後に四角い箱が一つ。優子が訳も分からず持たされたコンドームの箱だった。


その箱を開けるとメモが入っていた。唯人の字で一言「健闘を祈る」と書かれていた。


「ば、馬鹿な事考えやがって、唯人の奴」


恥ずかしくなって声に出してしまった。


裏を見るとそこにも何か書かれていた


「2個使用済み。残り3個で耐えてくれ!耐えたくなかったら使うなよ!」


2個使用済み?箱の中には3枚のパックがあった。確か1個は優子が膨らまして使ったってい言ってたけど、残りの2個は何に使ったんだ?


ふと頭に浮かんだのは。唯人があの二人、優子と実来ちゃん2人といやらしくも絡み合う姿が浮かんでいた。

「はは、まっさかなぁ」と思いながらも


唯人に感謝と手を合わせ、その箱をバックに押し込んだ。


瞳は疑うように


「本当?本当に忘れものなのぉ」

「そうだよ、忘れ物」

「だとしたら、磨緒くんのお友達も相当のヤリ磨なのね」


俺はハハハ、と笑ってごまかした。


「でも、無かったら・・・大変だった?」


瞳は備え付けのバスローブを着て


「うむぅ。た、大変だったけど・・・一応安全日だったから・・・」


「なぁんだ、じゃぁつけなくてもよかったんだ。じゃ、次は生で行きまそうか、瞳さん」


瞳はうっすらと桜色をした頬を赤くして


「馬鹿ぁ、赤ちゃん出来ちゃうじゃない。まだ駄目よ、まだ」

と自分の言ったことに反応して耳まで赤くなった。


「まだって、それじゃ・・・」と言いながら瞳に抱き着こうと手を伸ばすと


ごん!


と瞳に頭をたたかれた。


「もういい加減にしなさい」瞳のほほはぷうと膨れていた。



・・・・・・・・・・・



湯上りは、真冬の寒さだとすぐに湯冷めをしてしまう。厨房からつまみになるような残り物とビールを暖房の効いた部屋へと持ってきて、すぐさまキンキンに冷えたビールをグラスにあけた。


冬は、暖房を利かせた部屋で冷えた細かい泡の立つビールを飲むのが最高にうまい。


「ぷはー、やっぱ風呂上がりのビールは、ぅんまい」


と中年の叔父さんが言うような言葉が似合う?いや単なるひねくれた高校生、そんな俺を瞳はあきれたように


「ねぇ、磨緒くんて本当は何歳?実は歳ごまかしてない?」なんて言ってくる。


口に白い泡ひげをつけながら

「ごまかしてなんかないよ」


「そうぉ、今どきの高校生って皆こうなの?」


疑問詞のつくトイ。瞳の話す口調でおおよそ見当がつく様になった。


「みんなが皆、俺と同じかと言ったらそれは間違いだと思うよ。ん、まあ、ほとんどの奴らは真面目なんじゃないかな。俺みたいにタバコや酒なんか大っぴらにやんないし、見るからに、こいつは高校生っていう感じゃないかな」


と、少し得意げに言ってみたが、何も自慢することじゃない。


「そうなのかなぁ、なんか磨緒くん見てると、そっちの高校生ってみんな大人って感じに思えて来て「ふぅ」なんか大変そうだなぁ」


「なんで大変なんだ?」


「だって、高校生なんだか大人なんだか解らない人たちと大勢付き合わなきゃいけないのよ。それってやっぱ大変でしょ」


なんか前途多難といった表情をしていた。でも瞳の言っていたことが引っかかった。


「なんで、大勢と付き合わなきゃいけないの?」

平然と、当たり前のように瞳は


「だって、高校の教師って言ったら、大勢の生徒と接しないといけないでしょ」


俺は思わず含んでいたビールを噴き出した。


「ヤダ、磨緒くん」


「なっなんだよ瞳、高校の教師って、大勢の生徒って・・・」


「あら、私言ってなかったけ。私、4月から高校の教員になるのよ」


ま、まじかよ。瞳から出たた教員になるという事、それに高校、東京に行くって言っていたから、東京の高校・・・まじかよ、瞳が高校の先生になるなんて想像もしていなかった。


「言ってなかったけって、お前先生になれるの?」


「あら、失礼ねぇ、大学でちゃんと高校の教員免許取ったわよ」


「で、で、東京のどの辺なんだよ瞳の行く高校は?」


「ええっとねぇ、確か中野だったはず」


中野?俺が知っている中野にある高校は3つ。まず、有名なのがお嬢様高校で名高い私立黎明れいめい女子高校、ここに通う生徒はみんな高貴なお嬢様ばかりだ、俺たち平民には縁高い女子高だ。次にあるのが少し離れて都立豊崎高校、ここは高い進学率を誇る、都立から大学に行くならここに行けと言わんばかりに、大学進学を視野に入れている奴らばかりが集まる高校。


そして、俺が通う都立中ノ原高校。


ここは特別進学校と言う訳でもなく、偏差値もそこそこで中学の時、成績が悪かった俺でもなんとか入れた高校。それにお袋が「あの高校は制服がないから安上がりだよ」なんて言ってたが、私服の方がはるかに金が掛かっているのはお袋の誤算だった。


「中野、俺の言っているのも中野にあるけど」


「えっ、そうなの。ええっとねぇ、確か・・・磨緒くん知ってるとこ言ってみて」


「まったく大丈夫かよ。俺の知ってるのは、女子高の黎明、都立の豊崎、俺の行ってる都立の中ノ原」


「あ、そうそう、その中ノ原高校だった」


え、


「え、って何よ。磨緒くん驚いたときの顔してる。私の行く高校に何かあるの?」


ビールで酔っているのか、疎いのか?これが瞳の自なのだろうか?


俺はあきれたように

「だから、中ノ原は俺が行っている高校だって」


「え、」


今度は瞳が目をパチクリして


「磨緒くんが行っている高校?ということはそこの生徒?そして私は教師?」

「そうみたいだね」


「え、嘘。ヤダぁ磨緒くんが生徒で私が先生、そんなぁ信じられない」


信じられないと言われても、これが事実のようだ。実際、俺が一番驚いている。


口を手で覆いながら固まっている瞳に


「これって運命?瞳が俺の高校の先生になるなんて、ほんとびっくりだよ。で、瞳先生は何を教えてくれるのかな」


その問いに我に返った瞳は静かに


「音楽よ」

「音楽?音楽かぁ。残念だなぁ」


「どうして?」

「俺、4月から多分3年生。音楽は選択授業で、2年までに終わらせれば良かったから、2学期で終わっちゃったよ」


瞳は驚いたように


「え、そうなの。磨緒くん高校って音楽選択なの?それも2年までに取ればいいなんて」


「そうだね、でも残念だなぁ。瞳の授業受けてみたかったなぁ」


「あら、よく言うわね、ほとんど真面目に授業受けていなかったくせに。授業を真面目に受けている人は、ノクターンの第2番すぐにわかるのにねぇ」

「はは、確かに」


素性がばれた恥ずかしから反論する気にもならなかった。


しかしなぁ・・・と瞳の方へ眼をやると、、あの驚いた表情と俺をちゃかした時のような表情が急速に冷めてきた。


そして次第に瞳の顔つきは雲行きが怪しくなったかのように暗くなり俯いてしまった。


「どうた?瞳」


急に黙り込む瞳に下から顔を除きこむようにして聞いてみた。


瞳は確かに俺の声を聴いていたが、すぐには答えようとはしなかった。

少しの間が空き、瞳は重い口を開きだした。


「私ね、本当はこっち、秋田で就職することになっていたの。仕事はこっちでって思ってたの。少し離れてもいいから、秋田市にも面接しに行ったわ。でもね、ほとんど駄目でお父さんが勤めてる市役所の観光課で、空きが出来るからそこへ入るようにって。私初めはそれでいいと思ってた。お父さんもお母さんもとっても喜んでいたから。そこに入って仕事をしていると、必ず目にする字が「東京」だった。東京って言う文字が毎日目にして耳にして、東京で辛いことあったから秋田に返ってきたんだけど、あんな辛い思いをした東京なんだけど、私、東京に行かなといけないって思うようになって、必死に音楽の教科教員の募集を探したわ、東京の高校で」


瞳は少し肩を震わせ、勝手に出て来る涙が、今にも零れ落ちそうになつているのを必死にこらえていた。

瞳が言った「東京での辛いこと」それは昨日の夜、叔父さんから聞いたあのことだろう。瞳が好きになって、そして別れたあの男の事。


あえて、瞳に問正すことは俺にはできなかった。今の俺では。


涙がほほを伝わりだした。


込み上げる胸の痛みを必死に抑えながら、さらに声を小さくして瞳は話し始めた。


「東京にはもう二度と行かないと思って帰ってきた。初めは「東京」って聞くのも嫌だった。でも、時間が経つにつれ、私東京に何かやり残した事があるように思えて、あの観光課で東京からの観光客を呼ぶプランを考えながら、やり残した事が何かも解らないまま、観光課を退職して東京で採用試験を受けたの。だ、だから、お父さん怒って、そ、それからずっとギクシャクしてて、私」


瞳は顔を手で覆い本腰しで泣き出した。


肩を震わせ、自分はどうしようもなく駄目な人間だと自分で自分を戒めているように、瞳は泣いた。


人から受けた傷は、やった当の本人は何ともなくても、受けた自分自身には思いのほか深く刺さっていることを、俺は小学校の頃いやというほど味わった。


だから、そんな瞳がとても愛おしく思えた。


自分で背負った苦悩を自分で抑え込む瞳の姿が。


瞳の肩に手を回し、体を引き寄せた。

瞳の肩が俺の胸の中に納まる。

俺の鼓動が瞳の肩に伝わる。

瞳の体の力が次第に抜けていく。


肩は胸から外れ瞳の頭が胸へ落ちてくる。俺の鼓動が直接瞳の耳に入る。

「ドックン、ドックン」と脈打つ心臓の鼓動が


その音を静かに聞きながら、瞳は落ち着きを取り戻していった。


俺は静かに


「瞳、その忘れ物、見つかった?」問いてみた。


彼女はよっくりと俺の腰から背中へ腕をまわして


「ううんん、今までそれがなんだかも、私解らなかった。でも、今日磨緒くんから言われて私、はっきり解ったの」


「え、本当?でも俺なんか言ったけ、瞳の忘れ物思い出させるようなこと」


「うん、言った」


「なんて?」


「好きだって」


「え?」


「え、って、磨緒くん言ったじゃない、私の事好きだって。だから解ったの私の忘れ物」


どっきりとした俺に、瞳は顔を上げ目を見て


「だから、私が東京に忘れてきたのは、あなた、磨緒くんよ」


「お、おれぇ」


「そうよ、あなた」


体を起こした瞳の顔は、泣いた後の腫れぼったさが残っていたが、いつもの優しい面影を見させてくれていた。



「ほ、本当は、私から磨緒くんに言わなきゃいけない事だったんだけど、でも私、磨緒くんの事ずっと想っている事自分で隠していた。東京であった辛い事を磨緒くんで誤魔かしたくなかったの」



辛いことを誤魔かしたくなかった。



でもその言葉自体自分自身に嘘をついている。



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