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君に出会ったあの日を忘れない   作者: さかき原 枝都は
3/11

彼女はいとこ いとこは彼氏・・・かな Ⅱ


ペンションに着くと叔父さんは見舞いにも行かず、すまなかったと詫びを入れたが


「こんなむさい俺が行くよりも瞳ちゃんが言った方が数倍良かっただろ」


なんて開き直っていた。でも、そのおかげで瞳に会う回数が増えたのだからこれは感謝だな。


「ところでさぁ、瞳ちゃん。折り入ってお願いがあるんだけど」


「ハイ、なんでしょうか」


「実は、磨緒が退院して早々なんだけど、女房の実家に急遽行く用事が出来てな、あいつはもう行ってんだけど、俺も後から行かないといけないから、3日間だけここ見てもらえるかなって。予約は取らなくてもいいから昼のランチと5時までの喫茶だけでいいから」


ここ見ろって、ペンションを瞳に任せるってことか。でも彼女は少し考えて


「ハイわかりました、叔父様。でも、インストラクターの方はどうしましょう」


「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと支配人の許可は取っているよ」


「ちょっと待ってよ叔父さん、いきなり瞳にそんなこと言ったって大変じゃん。それに瞳も簡単に返事出すなよ。大変なだけだよ」


簡単に返事をしたけど本当に瞳は大丈夫なのか?俺も幼い頃ここにいたことがある。その時の記憶にも二人とも忙しく動いていたのを覚えている。


だからこそ俺は心配だった。


「あら、磨緒くん心配してくれてるの?」


何も気後れせず瞳は答えた。


「はは、大丈夫だよ磨緒。瞳ちゃんよく手伝ってくれていたから、大丈夫だぞ」


叔父さんは、笑いながら俺に言った。


「でも、なんだぁ、磨緒お前、瞳ちゃんのこと「瞳」だって、そうか、ははは、そうか。いいんじゃないか。なぁ瞳ちゃん」


と言いながら、何やら目で彼女に合図をしていた。


それに気づいた瞳は、また顔を赤くさせた。その赤くなった顔を見た瞬間、それは俺に向けれれた言葉だったことに気づき、俺の顔も熱くなった。


心配する俺に瞳は「じゃぁ、今晩の夕食私が作ってあげる。ちゃんと出来るとこ磨緒くんに見せてあげるんだから」

張り切って作ってくれた瞳の手料理は驚くほど美味しかった。



暖炉のまきが燃え崩れる音がするホール、テーブルクロスの上には熱々のホワイトシチューにクレソンとトマト、小葉の生ほうれん草にモッツアレラチーズを散りばめたイタリアンなサラダ、赤飯のような色合いの古代米をブレンドしたライス。


濃厚なミルクの風味が一口ごとに広がる美味しさ。東京で小さなお店でも開けば口コミで繁盛するだろう、なんて勝手に想像してしまうような料理の腕前だった。


「どうぉ、磨緒くん。美味しい?」


頬杖をして優しく俺を見つめながら聞いてきた。


こうしているとやっぱり、なんでもこなせる出来た姉と世話の焼ける弟と言ったように他人からは見えるだろう。それは俺があんまり幼いからかもしれない。


でも瞳は俺といると、とっても嬉しそうにしている。それが正直救いになっている。

俺が食べ終わると瞳は


「それじゃ、今日は帰ります。磨緒くんゆっくり休んでね。また明日」


コートを着て帰り支度をしている瞳に


「瞳、いろいろありがとう」


俺は帰り際の瞳に礼を言った。何もカッコつけたかった訳じゃないけど、不思議と自然に口が開いていた。

瞳はその言葉に



「うんん、お礼を言わなきゃいけないのは、私の方よ磨緒くん。ありがとう」



俯きながらそう言った。


ドアのカウベルの音がカランカランとなり、瞳は帰った。


車のエンジン音が聞こえなくなるまで、俺はそのドアを眺めていた。


「瞳ちゃん帰ったか」


奥で作業を終えた叔父さんが戻ってきた。


「いま、帰ったよ」


それを聞いて、叔父さんは暖炉に数本のまきを入れ、カウンターの上に掛けてあるグラスと冷ケースにある白ワインを1本テーブルに置いて「よいしょ」と言いながら椅子に腰かけた。


タバコを咥えながらキュキュとワインのコルクを開け2つのグラスに注いだ。

「ほら、磨緒。退院祝いだ、大丈夫だったら飲め」一つのグラスを俺に渡した。


そのワインは甘くて酸味があってフルーティな味わいの飲みやすいワインだった。

叔父さんは、くいっとワインを口に含み


「瞳ちゃんなんか言ってなかったか」と聞いてきた。


ちょっと不思議に感じたが


「帰り際に、ありがとうって言ったら、お礼を言うのは瞳の方だって言ってた」

それを聞いて叔父さんは「ふうっ」と白い煙を吐き出し


「そうか、そりゃよかったな」


「良かったって、どういうこと。俺、瞳にいろいろ世話になっているのに、お礼言わなきゃいけないの俺なのに、どうして瞳からありがとうって言われなきゃいけないんだ」


「なぁ磨緒そのことなら、俺もお前に感謝しているぞ」


「えっ、叔父さんまで?どうして」


叔父さんは、空になったグラスにワインを注いでくれた。



「瞳ちゃんさぁ、2年前の春東京から帰ってきたとき、ちょっと昔の瞳ちゃんと違っていたんだ。そりゃ4年も東京にいたんだから雰囲気が変わってもおかしくない。でもそれとは違っていた・・・」

叔父さんはゆっくりと話をしてくれた。




大学を卒業し親の勧めもあり、東京での暮らしを切り上げて秋田に返ってきた。



でも帰ってきた瞳は、何か大きなものを失ったかのように抜け殻のようになっていた。

家にいても沈みこみ、ふさぎこんで一歩も外に出ようともしなかった。

しかも、あんなに好きだったピアノにも触れようともしなかった。それどころか、家にあるピアノを眺めながらボロボロと涙を流しだし、号泣するほどだった。


それを見かねた叔父さんは、瞳をこのペンションへよく誘った。

始めは何も反応がなかったが、ある日突然このペンションへ顔を出した。


古いアルバムを見つけて、それを見ていたら懐かしくなったそうだ


叔父さんたちは、特別何かをしたり話しかけたりはせず、瞳をずっと見守っていてくれたらしい。


瞳自身から話すのを待ってくれていた。


それから瞳はちょくちょくペンションを訪れる様になった。

そして少しづつペンションの仕事を手伝うようになり、明るさをゆっくり取り戻していった。


ある日、瞳から


「叔父さま、ワイン頂いてもいい?」


珍しく瞳からワインを飲みたいと言われた、叔父さんは快く

「そっか、じゃこのワイン飲んでみな」今、このグラスにある同じワインを出し瞳に進めた。

「ん、美味し。とってもフルーティで飲みやすい」

「そっかぁ、良かったな。でも珍しいな瞳ちゃんが飲みたいて言うの」

「えっへ、そうかなぁ」

少し照れながらグラスのワインを飲み干すと

「叔父さま、今少し時間ある?」

「ん、どうした?」

「す、少し話を聞いてもらいたくて・・・」

俯きながら話す瞳を見て

「大丈夫だよ、時間なら沢山あるさ」

そう言って、空になった瞳のグラスにワインを注いだ。


====

◆・・・好きだった。でも、言えない言葉

====


私は、大学にいた時、ある男性と付き合っていた。


その人は、音大のピアノ専属講師


中学高校でピアノを弾いていた私は、音大でのレベルの高さについていけず落ち込んでいた。

彼は、私の所属するメンバーを指導する立場にあった。


ほかのメンバーは難なく彼の出す課題をクリア出来ていたが、いつも私だけ残されていた。


「ふう、今日も居残りは墨田か」


そう言って彼は午後3時から私への特別特訓を2時間行う。


同じメンバーの子たちは「ひとみぃ、がんばぁ」と励ましてくれた。でも「今日の合コンK大だったけぇ」などと、すぐに遊ぶことに走って行っていた。


午後3時、大学の講堂ホールはもう使用できない。

第2から第5音楽室は防音壁が施されていた。でも彼はいつも、あえて防音壁のない古い第一音楽室で窓を全開にしてピアノを弾かせた。



「音楽は、自分のためにあるんじゃない。その音を楽しんでくれる人のためにある。だから、どんなに下手でも誰かの耳に届けなければいけない」



彼の口癖だった。


それを聞くたび、私ってどんなに下手なんだろうってよく自己嫌悪に陥った。


そんな時、彼はいつも私に



「墨田は下手なんじゃない。まだピアノに向き合おうとしていないだけだ、本当に向き合うことが出来れば、君は最高のピアニストになれる」


このほめ言葉に似た彼の励ましは、かなりのパターンがあった。


今思えば、褒めれば伸びる子と思われていたのかもしれない。そして彼は口がうまいのも確かだった。

私がミスをすると「ストップ」と言って指を止めさせる。


そして私の後ろ肩から腕を伸ばし、細く長い彼の指の上に私の指を乗せて、ゆっくりとその部分を一緒に弾いた。


彼の顔が私のすぐ横に、彼の息づかいが私の耳に入る。そして彼の鼓動が私の背中を伝わり、自分の鼓動と交じりあう。


その後、優しく「さあ、もい一度469(469小節目)から引いてごらん」とささやく。

指導の終わりに彼は必ず、ショパンの「ノクターン第2番 変ホ長調」を弾いてくれた。


彼のピアノの音は優しく流れるように、そして弾かれる鍵盤から生まれる一音一音が大地にしっかりと足づいた力のあるピアノ。



私は彼の弾くピアノが好きだった。



いつの間にか、ピアノを弾くことがもっと好きに、いいえ、彼にピアノを指導してもらうのが好きになっていた。


そして、彼「向田敦むかいだあつし」を好きになった。


後から知らされた事だけど、私の居残りは向田が仕組んだ事だった。

彼、向田も私に好意を持っていた。だから私だけを残して2人きりになるようにした。


私も向田も本気で、立場を超え周りの声をふさぎ、共に幾度も肌を合わせあった。


でも、彼には妻も、そして最愛の愛娘もいた。


それを私も知っていた。


だけど、お互い離れることは出来なかった。

本当に好きだった。私は何もかも捨ててもいいと思っていた。


大学4年の最終指導の後、向田は九州の大学に移籍することを私に伝えた。


「アイ、一緒に九州に来てくれないか。俺はもう君がいなければ、どうにもならないんだ。一緒に九州へ、後悔はさせない」


その言葉に私は一度は覚悟を決めた、でも彼を好きになれば好きになるほど、私の心は冷たい寂しさと罪悪感が支配した。


そして、卒業式の後

東京駅の新幹線ホームで向田に会った。


18時10分博多行き最終の新幹線は乗客を車内に乗せていた。


「アイ」


向田はホームにいる私を見つけ、手を振って私を自分のもとに導いた。

夕方の東京駅は多くの人が各々の目的地に向かう列車へ足早に行きかっている。

その人のあいだを縫うように私は向田のもとへ歩いた。


「良かった、来てくれたんだアイ。ありがとう」

そう言って私を人の目を気にせず強く抱きしめた。


耳元で彼の息づかいが伝わる。

向田の胸の鼓動が私の胸の鼓動と交じりあう。

敦のにおいが私を包み込む。


「敦」


ホームに発車のメロディが流れる


彼は私の手を取り


「アイ、発車するよ、行こう」


私の手をあの柔らかく細長い指が絡んだ。

彼が新幹線に踏み入れると、敦の指は私の手からほどけ

敦だけが新幹線の中にいる。

彼がふと振り返り


「アイ、どうして・・・」列車のドアと一緒にホームドアがゆっくりと閉まっていく。



私は、頭を深く下げ、大粒の涙で足元のホームを濡らしていた。



あれから、どれだけの着信があったんだろう。

気が付いたら自分の部屋にいた。


スマホの画面は敦からの着信で埋め尽くされていた。

時間は午後9時を過ぎている。


電気も付けず暗い部屋でスマホの光が私を照らしていた。


震える指で、敦にメールを打った。


「敦さん まだ新幹線の中だと思います。ごめんなさい、私やっぱり行けません。私は敦の事本当に好きです。そしてあなたも私の事好きなことは知っています。でも、あなたは、敦は、私に愛してるとは言ってくれなかった。そして、それは私も同じ。人を好きなのと人を愛してるのではまったく別な意味を持つと思います。私は、敦の事大好きです。でも私も、あなたに愛してると言えなかった。ごめんなさい。奥様とお嬢様大切にしてあげてください。あなたの教え子 瞳」


メールは送信された。


スマホの画像を一つ一つ、削除していく。二人で撮った思い出を一緒に心からも消していった。


そして、向田の番号を着信拒否をして、アドレスから削除した。


画面はもうぐっしょりと濡れていた。



その後、一晩中声を殺して泣き続けた。



いつの間に寝ていたんだろう。

日の光を瞳にあてながら、心に大きな穴が開いているのを感じた。



次の週、私はようやく固い蕾が膨らみ始めた桜を後にして秋田に戻った。



・・・・・・・・・・



叔父さんは、私の話を黙って聞いてくれた。


涙がとどまることなくあふれ出していた。

私の頭を軽く抱きかかえ


「辛かったな瞳ちゃん。よく踏ん張ったな」


優しく私の頭を撫でてくれた。

叔父さんにこの話をして私は怒られるか、軽蔑されるかどちらかと思った。


でも叔父さんは



「人間生きている内はいろんな事があるもんさ。でも一番大切なのは、自分で決めたことから逃げない事さ。瞳ちゃんは、その時それが一番最良だと思ったから、その彼と一緒に行かなかったんだろ。だったらそれでいいんじゃないか、自分で決めたことなんだから。これから先のことは、まだどうなるかも想像できないんだから、その時の自分を信じるのが一番だよ」



何かたまっていたものが溶け出していくのを感じた。



「人に話すって大切ね。なんだかすっきりしちゃった」


「良かったよ、こんな叔父さんで良ければいつでもどうぞ」


こんな話、友達にも話せない、まして親なんか話すことは絶対に出来ない。


でも、叔父さんにはなぜか話すことが出来た。

それが分かるように感じて来たのは、6年前磨緒くんに駅のホームで渡した、もう片方のお守りが出て来てからだった。


それからの私は、何かにつけ磨緒くんのことを叔父さんと話した。



なぜか磨緒くんを思い出すと心が安らいだ。




だから、そんな瞳のために俺を秋田に呼んだ



まさか俺が入院する羽目になるとは叔父さんも予想もしていなかったが。


俺は部屋のベットに横になって瞳の事を考えていた。


瞳がこんなにも苦しんだ時があったなんて。


そして、その相手の男の事を思うと無性に腹が立ってきた。



瞳を、あの瞳をそこまで苦しめた男を許せなかった。



俺なら、瞳に言える「愛している」と絶対いえる、いや言おうと心に決めた。


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