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俺は腕時計をもう一度覗き込んだ。

これでもう何回目になるだろうか。

腕時計の針は十時三十一分を指している。待ち合わせの時間を三十一分過ぎていた。

遅いなぁ。俺は騙されたのだろうか。

俺は辺りを見回して、「彼女」が周りにいないことを再確認した。幸か不幸か「彼女」らしき姿は見当たらない。いるのは改札をさっさと後にしていく者か、俺と同じように誰かの到着を待っている者だけだ。

これも何回目になるだろうか。

逆に周囲を歩いている人々がこちらを見てくる。俺は表情を変えずにポケットから携帯電話を取り出し、視線をそんな彼らから携帯電話に移す。「彼女」とのメールのやり取りをもう一度確認してみた。

「じゃあ、十時に駅の東改札集合ね。」

間違いはない。少なくとも俺には。

悪戯なら早くそれを俺に伝えて欲しかった。携帯電話を閉じてジーパンのポケットに押し込み、また周囲を見渡す。「彼女」はまだ来ない。俺の足はいい加減疲れてきた。右足に重心を移し、後ろにある駅付近の地図に寄りかかる。

そのまま突っ立っていると、改札から出てきた女性が俺のいるほうへ歩いてきた。その女性を気に留めさせたのはハイヒールの冷たい足音であった。雑踏のなかにもかかわらず、カコンカコンと人一倍その音を響かせていたからだ。その女性は俺より五歳くらい年上で、俺はその女性の顔に見覚えがなかった。その女性の肌は白く、髪の色と服の色と対照的で映えた。目は細く少し鋭い印象を与えるが真っ赤な口紅の塗られた唇は適度な厚さで優しい印象を与えた。美しいがどこか影のある、俺にはそんな女性のように見えた。

俺に何か用だろうか?

「あの…。地図…。」

彼女はそう俺に声をかけてきた。静かな弱弱しい声だった。その声に気を取られ、「地図」が俺の寄りかかっている地図のことを指していることに気がつくまでにしばらく時間がかかった。

「あっ…。ごめんなさい…。」

そう言って、数十センチ右にずれて俺は何も貼られていない壁に寄りかかった。それと同時に彼女は一歩前へ出て、地図を舐め回すかのように見始める。そんな様子を横目に見ながら俺は今度、左足に重心を移して突っ立っていた。

「あの…。すみません…。ブックファーストはどちらですか?」

彼女がこちらを向いて尋ねてきた。

ブックファースト、あれは確か西口にあるはずだが…。

そんなことを思いながら俺も彼女の方へ向いた。こうやって間近で見ると彼女の美しさが身に染みてわかる。

「ブックファーストは確か西口にあったと思いますけど…。」

「西口ですか…。」

「よかったら案内しましょうか?」

俺もブックファーストの場所を正確に覚えているわけではなかったが、反射的にその女性にそう言っていた。何だろうか。彼女が美しかったからだろうか。いや、恐らく俺は「彼女」に腹を立てており、気分転換したかっただけなのかもしれない。

「あっ…いいんですか?」

「別にいいんです。俺、待ち合わせしているんですが、相手を待っていてもなかなか来ないんで。」

「それでも案内している間にそのお相手さんが来たら…。」

「気にしないでください。相手が遅れてくるのが悪いんで…。そうなったとしても連絡しておくんで大丈夫ですよ。」

「じゃあ…お言葉に甘えて。」

俺はとっさに「彼女」のことを「相手」と言っていた。別に深い理由があるわけではない。心のどこかで、「彼女」の存在をその女性に伝えたくなかったのかもしれない。俺はどこかでその女性に惹かれていた。彼女の言葉の遠慮深さや慎ましさのようなものに魅せられていたのだ。


俺は携帯電話をポケットから再び取り出して、「彼女」から何も連絡が来ていないことを確認した。そして、壁に寄りかかっていた体を起こし、

「こっちです。付いてきて下さい。」

と言って、西口の方へ向かって歩き始める。彼女も俺と並んで一緒に西口へ向かった。

「ブックファーストに何か用事でもあるんですか?」

俺たちは無言だったので、彼女にそう尋ねてみた。

「こう言うのも何なんですが、別に大した用があってブックファーストに行くわけではないんです。ただ、私の友人に勧められて…。それで一度行ってみたいなって思って…。」

「そうなんですか。そうすると本とか結構読まれるんですか?」

彼女の方を振り向いて俺はそう尋ねた。

「えぇ、まぁ。そんなに読むほうではありませんが…。人並みくらいには…。」

俺の方を向いて微笑みながらそう答えた。

「へぇ、そうなんですか。」

「…。」

「…。」

会話が止まった。こういう時、何を話すべきなのだろうか。俺は考えながら歩き続ける。

「ここをまっすぐ行って、あそこらへんに地下鉄の改札があるんですが、そこを左に曲がります。」

「あっ、はい…。」

とりあえず案内をしてみるが、そこから会話は広がるはずがない。どうしたものか。

「あの…本とか結構読まれるんですか?」

彼女が俺の方を向いて、同じ質問をしてきた。俺も驚きながら彼女の方へ向いた。急だったので、

「えぇ、まあ。俺も人並みには。」

とだけ答えた。

「そうですか。」

彼女はそれだけを言って、また前を向いて歩き続ける。何かの義務で俺に質問をしたようなそんなやり取りだった。彼女は思い立ったように不意にまた質問をしてきた。

「どんな本読まれるんですか?」

「どんな本ですか…。結構いろいろな本読みますよ。外国の作品にしかり、日本の作品にしかり、雑誌も新書も…。多趣味なんですよね。悪く言えば、飽きっぽいって感じです。」

彼女は黙々と俺のほうを見て頷きながら、俺の話に耳を傾けていた。

「あなたは?」

そう俺が尋ねると、彼女は不意打ちを食らったかのようにビクッと体が動きゆっくりと口を開き始めた。

「そうですね…。私も色々な本を読みますかね…。」

「例えば?」

「例えば…。石田衣良さんとか…。東野圭吾さんとか…。」

名前は聞いたことがある。最近流行の作家たちだ。ドラマや映画などでその手の作家は人気があるらしいということは知っている。しかし、俺はその人たちの本を読んだことがなかった。だから、話の広げ方がわからなかった。

「そうなんですか。結構人気ありますよね。」

「そうですね。『白夜行』はわりとお勧めです。少し長いんですが…。」

『白夜行』。名前は聞いたことあるがどちらの作品だか知らなかった。なんとなく石田衣良の作品だろう、そう思った。

「それってどちらの作品でしたっけ?石田衣良の作品でしたっけ?」

「えっ、いや…東野圭吾さんの作品ですよ。」

外した。

お互い、気まずい感じになる。

二分の一の確率で外すなんて…。

どうやら今日は「彼女」との待ち合わせにしても運が悪いようだ。こういう日は何もせずにおとなしく家で本でも読んでおくべきだったのだ。


初めて投稿させていただきます。

最近、Raymond Carver氏の小説を読み、感銘を受けました。その影響を少し受けている気がします。

つたない文章ですが、よろしくお願いします。

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