4-02
ジュドウと別れて着替え、後から波止場へ向かったジゼーレは、不思議そうに首を捻る。
青空の下、海辺に、きゃっきゃっと子どもたちの楽しげな笑い声が響いていた。
船着場に出来た、子どもたちの輪。
「なぁに、あれ。どうしたの?」
店の軒先で腕組みしていたベルスが、くっくと笑いながら「いやね」と口を開く。
彼女の頭上では、真新しい貝殻型の吊り看板が揺れている。
「積み荷の上げ下ろしの最中だったんだけどさ。
したら神殿で手習いしてきた子達に目をつけられてねぇ……。
後はあっという間に囲まれて、ご覧の通りさ」
「そう……」
ジゼーレは潮風になびく黒髪を抑えながら、目を細めて頬を緩ませた。
「もうちょっと背が低けりゃ、良い男だよ、ホント。
そのうちに『巨人投げ』の歌でもできるんじゃあないかい?」
「……そうかしら?」
というのは武勲詩に対しての言葉であったが、ベルスは違う受け取り方をする。
赤毛の彼女は、実に圃人らしい快活な様子で、声を上げて笑った。
「あはははっ。ジゼーレはこのままでも十分なんだっけね。そうだったそうだった」
「もう。そういう事じゃなくって……」
頬をふくらませ、抗議するジゼーレ。
それにベルスは、わかってると言わんばかりの仕草で頷いた。
「はいはい。にしても、ありゃあやっぱり素人じゃないね」
誤魔化されたつもりもないが、ジゼーレもまた船着場へ目を向ける。
子どもたちの中心には、ジュドウの姿があった。
水夫服を袖まくりし、首に手拭いをかけ、重たそうな木箱を軽々担いで運んでいる。
停泊していても波に揺れる船上でも、橋場でも、砂上でも、まるで姿勢が揺らがない。
周りを子どもたちに囲まれながらも、その歩みに危ういところはまるで無かった。
「元は漁師か、波止場人足だったのか、単に武芸で足腰鍛えられた感じじゃないね」
「一体、何者なのかしら、彼……」
「異国から来た漂着者。それで良いんじゃないかねぇ」
潮風になびく髪を抑え、ベルスは眼を細めた。
「別に魔剣も持ってなきゃ、予言されてたわけでもなし。あるのは腕っ節と、心根の良さぐらい、だろ?」
「だろ、って。……そりゃ、まあ、ジュドウは、良い人だと思うけど」
「昨今珍しく無いと言ったって、選ばれし伝説の勇者だとか、亡国の王子だとか、そんなんじゃないだろうしさ」
「言葉も通じないものね」
「異国の人間があっさりこっちの国の言葉喋れたら、そりゃ伝説の勇者様間違い無しさ」
「なんにしろ、御伽よね」
ベルスの呑気な言葉に、ジゼーレはくすりと笑った。
「しかし、いっそジゼーレも習えば良いじゃない」
「やぁよ、男の人と密着するなんて、そんな。はしたない」
「男ともチャンチャンバラバラやってるのにねぇ」
――からかわれている。
ベルスのにやついた表情を見なくとも、ジゼーレにだってその位はわかる。
「……時と場合に拠るのよ」
不貞腐れたように呟くジゼーレへ、ベルスは「ふぅん」と小さく漏らした。
「一緒に相乗りしたりする時と場合は良いわけだ」
「見たの!?」
さっとジゼーレの雪のような肌が真っ赤に染まった。
しまった、と思っても既に遅い。ベルスの顔には、にんまりとした笑み。
「あ、ホントだったんだ」
「うう……!」
「図星、図星……ああ、そうそう」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、綺麗に蝋で封印された封筒であった。
差し出され、受け取ったジゼーレ。くるりとひっくり返し、陽光に透かしてみる。
「手紙、よね」
「ジュドウ宛だって、領主様んとこから、さっき使いの人が持ってきたよ」
「ジュドウに、領主様から?」
成る程。確かに押された封印は、公爵家の紋章である。
が、しかし、市井で噂になったとはいえ、ただの漂流者に領主が手紙を出すとは……。
ジゼーレは、背筋に何か寒気が起こるのを覚え、不安げにベルスの顔を見上げた。
「ベルス、これ……」
「読まないわけにもいかないだろ」
彼女は妹分の頭にポンと手を乗せて、その黒髪を軽く梳いてやりながら言う。
「ジュドウは読めないわけだし。一応、ジゼーレが後見人でしょ、ジュドウの。
身元の保証は人足組合がやってても、面倒見てるのはジゼーレなんだからさ」
「うん……」
か細い声で頷くと、彼女は封蝋を剥がして文書を広げた。
と、ただでさえ白い顔から見る見るうちに血の気が失せていくではないか。
「ん? なんだい剣とパンとか。注文……なわけはないし」
見かねたベルスが、横合いからひょいと言った様子で覗きこむ。
「……なにしても、これ。随分と、こう、かたっ苦しい文だねぇ」
「決闘の命令」
低く、鋭い声。今度はベルスの顔が、さっと青ざめる番だった。
「決闘って……ジュドウが!?」
「ええ」
ふるふると、長い髪を乱しながらジゼーレは頭を振る。
「剣は自由の象徴、権利の証。パンは食料……つまり、忠誠を誓う事の比喩」
「勝ったら好きにしろ、けど負けたら従えって事か。そりゃ、また……」
「とにかく、ジュドウに伝えないと……」
さっと文面に改めて目を走らせたジゼーレは、それを素早く丁寧な手つきで折りたたむ。
唇を噛み締め、凛とした表情。緊張と、焦燥感。
潮風になびく髪を、彼女は鬱陶しそうに払った。
そんな妹分に、ベルスは心配そうに声をかける。
「伝えるったって、ジゼーレ。ジュドウに、言葉通じないだろ」
「それでも、よ」
返事は短く。ジゼーレは脇目もふらずに駆け出した。
石造りの波止場から身軽に飛び降り、砂浜を蹴散らして、懸命に叫ぶ。
「ジュドウ! ジュドウ!」
呼ばれて、異国の少年はすぐに顔をあげた。
笑顔で手を振る彼だが、すぐにジゼーレの異変に気づいたらしい。
最後の荷物を下ろすと、足早に二人の元へと船着場を駆けて来る。
「……とりあえず、落ち着いて話せるよう準備しといてやらないと」
その様子を眺めていたベルスが、気遣わしげな様子で呟いた。
「いよいよもって、これじゃあ本当にお伽じゃないかねぇ」