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少女騎士と黒帯のジュドウ  作者: 八握 紫電
手紙来たりて
8/24

4-01

 日の出から少し天頂へ登った太陽の下、練兵場でジゼーレは不思議そうに首を傾げた。


「……? 立ち会って欲しいの?」


 ジュドウは真剣な面持ちで頷く。

 天鵞絨(ビロード)の詰襟ではなく動きやすい水夫服姿だが、袖はすっかり捲り上げられている。

 対するジゼーレは常通りの戦装束、鎖帷子、黒に白鳥の騎士上衣(サーコート)姿。


「それは、私としても、否やはないけれど……」


 腰に佩いた剣の柄を弄りながら、彼女は何処か照れたように頬をかく。

 心なしか嬉しそうで――事実、ジュドウに頼られることは、彼女の喜びでもあった。


「私だって弱いつもりはないけれど、剣と盾は使うわよ? 良いの?」


 ジゼーレがそう言って武具を掲げると、構わないというようにジュドウは頷く。

 知り合ってから短いが、こうして、互いの意図が通じ合う時があった。

 それがわかる瞬間、どうしたわけか、ジゼーレの胸の内に暖かなものが広がる。

 彼女はそれが何かを知らないけれど、決して悪い気持ちではなかった。


「わかった。付き合ったげる。……ハイジ!」

「はぁい!」


 名を呼ばれた幼い従者が、元気よく転げるように主のもとへと駆けて来る。

 彼女の姿が小さい頃の自分を見ているようで、ジゼーレは眩しそうに目を細めた。

 自然、その表情と態度も柔らかいものになる。


「悪いのだけれど、刃引きされた剣を持ってきてくれる?」

「あ、はい、刃引き剣ですね。えと、その……」

「なぁに?」


 ちらちらとジュドウの方を見ながら、言葉を濁して言いよどむハイジ。

 ジゼーレは不思議そうに首を傾げる。


「木剣でなくて、良いのですか?」

「ああ……」


 ジゼーレは苦笑した。

 成程、確かに薄手の衣服のみ纏った彼へ、刃がないとはいえ鉄剣を振るう。

 些か憚られる状況であるように思えたからだ。

 けれど、ジゼーレはゆるゆると首を左右に振った。


「良いのよ。木剣だと重心が違うから、勝手も変わってしまうし」


 それに、と思う。

 彼を相手にするのであれば、そう言った意味での気遣いは無用だろう。


「わ、わかりました!」


 ハイジを見送ったジゼーレは、ちょっと待ってねと呟いて、髪を纏めにかかる。

 唇に髪留めを咥えながら黒髪を束ね、片手で抑えながら手早く結いていく。

 兜を被る時は勿論、剣を振るう時も、長い髪は無用の長物、邪魔でしかない。

 ……のだが、ジゼーレはどうにも、断髪する気にはなれなかった。

 ことに最近は、特にそうだ。昔はそれほど考えもしなかったものだけれど……。


「おまたせしましたーっ!」


 と、明るい声がジゼーレの思索を遮った。

 訓練用の刃引き剣を抱えて走ってくるハイジへとジゼーレは頷く。

 鞘ごと剣を入れ替え、彼女へ愛剣を託すと、ハイジは恭しくそれを捧げ持った。

 まるで神聖な宝剣を扱うような丁寧さだ。


「別に、大したものじゃあないのよ? 父の形見とはいえ、単なる広刃の剣だし」

「とんでもありません!」


 ハイジは悲鳴のように声をあげた。


「ジゼーレ様の大切な剣ですもの。落としたりなんかしたら、大変です!」

「そこまでのものじゃあ、ないのだけど……ううん」


 悩ましくはあっても、後輩の無邪気な慕情を否定する気にはならない。

 大事に思ってくれるのならそれで良いかと結論づけて、ジゼーレはジュドウへ向き直る。

 彼は自然体だ。

 肩幅に両足を開いて、何処か楽しげに、けれど真剣に、二人の様子を見守っていた。

 ジゼーレはゆっくりと息を吐いて、顔を引き締める。


「ごめんね、ジュドウ。始めましょうか」


 ジュドウが頷き、深々と一礼をした。ジゼーレもそれに倣って、ぎこちなく頭を下げる。

 間合いを取る。徒手空拳にしても、剣にしても遠い。十フィート(約三メートル)ほど。

 彼が両手を天地に構えたのを見て、ジゼーレは腰の剣を払い、囁き窓に構える。

 両手でしっかりと剣を握って腕を伸ばし、切っ先を真っ直ぐに敵へ突きつける型だ。

 それに対し、ジュドウは、些かたじろいだ様子を見せた。

 決して侮っていたり、油断していたわけではない。

 しかしやはり怪物や魔術師といったものより、剣は現実的な脅威である。

 如何に訓練用に刃を落とし、切っ先を丸くしたとしても、剣は剣だった。

 ジゼーレとジュドウは、じり、じりと互いに摺り足で、慎重に距離を詰めていく。


 先に、ジゼーレが動いた。

 彼女は囁き窓から、肩口に剣を引き寄せて垂直に立てる屋根の構えに剣を振りかぶる。

 相手の頭蓋を狙っての大上段からの一撃。天辺切りだ。

 本来であれば腕と剣の長さ分、遥かに間合いの広いジゼーレの有利は揺らがない。

 だが、その瞬間ジュドウは両腕を突き出し、真っ直ぐに飛び出していた。


「この……ッ!」


 ジゼーレの剣は、ジュドウの頭に届かない。

 振り上げた両腕を、飛び込んできたジュドウの両腕がつっかえ棒のように阻んでいた。

 こうなると一種の鍔迫り(バインド)だ。


 ――組み討ちに持ち込まれる!


 如何にジュドウが小柄とはいえ、ジゼーレはそれに輪をかけて華奢だ。

 押し倒されれば勝ち目はない。振り放そうと身動ぎをした瞬間、彼と視線が交わった。

 すぐ目の前。互いに額に汗し、息を荒げ、熱を持った頬が触れ合うほどの間近に。


「…………ッ!?」


 さっとジゼーレの顔が赤く染まり、弾けるように二人が距離を離したのは一瞬の後だ。

 彼女の振り下ろしは空を切り、ジュドウが戸惑うような表情で、再び天地に構える。

 ジゼーレもまた息を整え、顔を左右に振って熱を払い、続いて愚者の構えを取る。

 剣を下段に落とし、頭上をがら空きにして、相手の攻勢を誘う構えだ。

 侮る者こそが愚者であるという、それが名前の所以である。

 しかしジュドウは、それを見て攻めこむようなことは無かった。


 ――やはり、ジュドウは剣士ではない、という事ね。


 ジゼーレはかすかに唇を釣り上げて、笑う。

 『真の剣士とは、防御をしない。切られたら切り返し、突かれたら突き返す』。

 これは鉄則だ。ジュドウは、ジゼーレの攻撃を防いだ後、反撃に転じるのだろう。

 彼の武術、その術理を見抜くことはできないけれど、ジゼーレにはそれがわかった。

 木剣だと勝手が違う。手加減無用。どれも偽りなしの彼女の本音だった。

 だが何より、自分の本気を、限りなくそれに近いものを、彼に知って欲しかった。


 ――気を引き締めてかかりなさい、ジゼーレ。


 ジゼーレが、素早く踏み込んだ。

 下げていた切っ先を後に引き、鉄の門の構えから一息に切り上げる。

 ジュドウはその腕を取ろうと手を伸ばし――互いに、空を切った。


「甘い……わよ……ッ!」


 ぐんとジゼーレの傍らで、剣が渦を巻いた。

 切り上げと見せかけて剣を振り上げ、間髪入れず次撃を放つ。騙し技である。

 ジュドウの肩口を目掛け、ジゼーレの剣戟が振り下ろされた。


      *           *            *


 ハイジに水と手拭とを取りにいかせ、二人は並んで練兵場の端に座った。

 太陽は既に天頂近くまで昇り、じりじりと熱持つ日差しを投げかけている。

 ジゼーレも、もう髪留めを外していた。

 汗ばんだ頬に触れ、髪を流して抜けていく風が、ひどく心地良い。


「……どうしたの?」


 そういえば、というようにジュドウが刃引き剣を手に取る。

 そしておっかなびっくり、それを逆しまに握る。

 鍔と柄を振り上げるような形だが、刀身を上手く掴めないようで、些か頼りない。

 見覚えのあるその握り方に、ジゼーレはすぐ得心がいった。


「ああ」


 ジゼーレは、くすりと娘らしい笑いかたで微笑む。


「それはね、殺撃とか、破衝甲って言うの。技というよりも、剣の使い方の一つね。

 鎧には金槌とかの方が通じるのだけれど、ほら、剣と合わせて持つと嵩張るから」


 言葉があまり通じないのはわかっていても、それでも話さないのは、やはり違うだろう。

 逐一説明してやりながら、ジゼーレは、ふと視線を彷徨わせた。

 そして彼の傍へ、そっと身を寄せる。


「……よかったら、握り方を教えたげる。コツがあるのよ。

 こう、刃を親指と掌とでしっかりと抑えて、動かないように――……」


 ふんふんと興味深く頷くジュドウを、頬を赤く染めたジゼーレはそっと盗み見る。


 先日の訓練で彼女が見せたその技を、ジュドウは覚えていたらしい。

 自分の細やかな振る舞いを彼が忘れていなかった事。

 それだけで、どういうわけかジゼーレの胸は高鳴るのだった。


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