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少女騎士と黒帯のジュドウ  作者: 八握 紫電
黒帯のジュドウ
24/24

6-05


「ああ、ジゼーレ? ジュドウならいないよ」


「もうっ、怪我も治ったばかりなのに……」


「多分、また波止場じゃないかねぇ」


 ベルスの声を背に、ジゼーレは黒髪をなびかせて駆けていた。

 頂点を少し過ぎて、日が下り始めた時分。

 早めに漁を引き上げた人々、夕の買い出しに向かう人々をすり抜けて。

 波止場地区の人々も、街も、何も変わらない。

 あれから双月の一巡りが、瞬く間に過ぎた。

 公爵令嬢お気に入りの騎士が、決闘で敗北した事に関する影響は――無い。

 意外にも、である。

 何しろ治療を受けている当人が、冗談めかして適当な事を繰り返すばかりなのだ。

 アルブレヒトが気を使ったかどうかは、ジゼーレにはわからなかったが……。


 ――成程、彼のような手練の剣士といえど敗れる事もあるのだろう。


 衆人の感想としては、概ねそんなところであったらしい。

 むしろ宮中の注目は、別の方に向けられていた。

 バティルドが、アルブレヒトの手当てに赴いているというのだ。

 それを気難しい令嬢の気紛れと見るか、彼女にも心根の優しい所があるとみるか……。

 周囲の評価は二分されているが、ジゼーレは後者だろうと、疑いなく信じている。

 波止場を駆けて、駆けて、駆けて。

 雲を越えて白く輝ける太陽は、本当に眩しくて。

 目を細めて透かし見たその先に、ジュドウはいた。

 船着場の端、海と光とに向かい合うように立つ、彼の背中が在った。


「ジュドウ……」


 彼が見ているのは、遠く何処までも広がる青い海原。そして色取り取りの帆の数々。

 四方世界の各地から集まり、そして散っていく、無数の船。

 彼の故郷も、この先の何処かにあるのだろうか。

 いつか故郷に帰さねばと考える一方で、そう思うと、ジゼーレの息は詰まるようだった。

 矛盾している。どうしようもなく。それが、情けなくて、悔しいのだ。


 と、不意にジュドウが、背後の彼女を振り向いた。

 出会った当初は刈り込まれていた髪が少し伸びて、潮風になびいている。

 彼が笑って、少し横へ退いた。ジゼーレは、俯きながらその横へと並ぶ。

 ぺたんと、船着場から脚を投げ出すようにして腰を下ろすと、ジュドウがそれに続く。

 肩と肩とが触れ合うような、間近。太陽の日差しとも異なる、微かな温もり。

 頬に熱が昇るのを感じたジゼーレは、ちらりとジュドウの顔を覗き見る。

 彼は真っ直ぐに、何処か眩しそうにしながら、海の彼方を見据えている。


 ――――何を考えているのだろう?


 ジゼーレには、わからない。

 時として通じ合っている、繋がり合っている、そう感じるときも、あったけれど。

 彼と彼女は、互いの事を、何一つ知らない。何一つとして――……


「あ」


 不意に声をあげたジゼーレを、ジュドウが不思議そうに見やる。

 いや、一つ。一つだけ、あった。

 あの決闘の折、嵐の中、彼は確かに叫んでいたのだ。

 『ジゼーレ』と。


「…………」


 思い返すだけで、顔が赤くなる。

 ジゼーレは唇を噛み締めると、意を決して、そっと手を伸ばした。

 すぐ傍らにある、彼の手に、そっと自分の手を重ねる。

 鍛錬を重ねているのに細い自分のそれに比べて、ジュドウの手は無骨で、大きい。


「ジゼーレ」と、彼女は、囁くように己の名前を呟いた。 「ジゼーレ=グリジ」


 ジュドウが此方を見ているのを感じる。心臓が跳ね上がる。

 重ねた手を通じて、破裂しそうな鼓動が伝わるような気がした。

 けれど、聞かなければならない。聞く必要が、あった。


「――あなたの、名前は?」


 彼は。

 彼の名は――――…………。

お付き合いくださりありがとうございました。


最後の投稿日から間があいてしまい大変申し訳ありません。

当初予定ではこれで最後という風に考えていたのですが、

予想外の好評を頂き、続けようかどうしようかと延々と悩んでしまいました。


しかしやはり悩んでいて尻切れトンボのまま放置してしまうよりかは、

予定通り終わらせるべきだという決意が固まりましたので、

もしかしたら続けるやもしれませんが、これにて「一巻の終わり」とさせて頂きたくあります。


次に何か投稿しましたら、その時はまたお付き合いいただければ幸いです。

重ねて、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から最後まで言葉が通じないからこそ、気持ちが伝わっているのが感じられて、とても良い作品でした。
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