イクリプスと番いではない入れ替わりの花嫁の幸せな結末
嗚呼、イクリプス。神の庭
嗚呼、イクリプス。神の庭
その国は神に守られているという。
だが、侵略戦争をすれば、必ず負ける。
防衛戦なら、必ず勝てる。
勝てたとしても、それで国土が広がっても、その国土での防衛戦は必ず負ける。
そんな、摩訶不思議な国イクリプス。
そんなイクリプスには不思議な伝統がある。
信託で指定された日に生まれた娘は、神の花嫁になる。
その信託はいつも唐突で、しかも、娘が16になった日にいきなり降りてくる。
それから二年、彼女らは花嫁になる日を迎えるべく、家族との別れに費やされるのだった。
貴族の家では名誉なことだと、娘を送り出した。
貴族の家にその娘がいない場合は、庶民の中から探し出して、養女にして送り出した。
それが何の問題もない場合。
だから、惰性的になっていった。
花嫁に選ばれた、と神官が言えば、若い娘は18になると神殿にやってくる。
その為、年に幾つもの信託が降りるという、異常な事態が起きた。
神の庭で起きた神の名を騙る悪事に黒き獣が舞い降りる。
花嫁たちを強奪しようとした背神者たちは、黒き獣に屠られた。
驚いた神官たちは神に助けを求めたが、黒き獣に屠られる。
黒き獣はこう言った。
神の名を騙る不届者を誅殺した。其方らが神官となり、二度と同じことが起きないようにせよ
それに対して、娘の一人がこう言った。
わたしには結婚の約束をした人がいます。神官にはなれません
神官は結婚していても構わぬ
こうして、娘たちは神官となった。
それ以降、神官は女性が務めるものとなった。
ある時、ある貴族の娘は自分がなるのは嫌だと言い出した。
両親は娘に似た少女を代わりに花嫁として送り出した。
作物は育たなくなっていった。
神官たちは神に尋ねて、花嫁ではなかったことを知らされる。
急いで本当の花嫁を送り出そうとしたが、神は拒否した。
そして、不作がニ十年、続いた。
それ以降、花嫁は確実に花嫁にされたのだった。
嗚呼、イクリプス。神の庭
嗚呼、イクリプス。神の庭
『イクリプス~神の庭~ 第二章より』
◇◆
「すまない、マリー」
そう言うのは、同じベッドの隣りで横になっているマリーの夫。若い頃の面影はまったくなく、死期が近いせいか、生気も目に見えてない。
マリーは大丈夫よ、と目で応える。
「あの時、お前ではなく、他の番いを選んでいれば、お前をこんなに早く死なせることはなかった」
いいのよ、とマリーの目は言っている。
「お前だって、人並みの幸せを得られただろうに」
違うわ。あなたがあたしを娶ってくれなかったら、家族が殺されるところだった、とマリーは瞳で語った。
「だが、だが・・・」
いいの。あたしはあなたの妻になって幸せだった、とマリーの瞳は語る。
マリーの身体は指一本、もう動かない。
イクリプスが話せるのは、人間ではなく、神と呼ばれる存在だからだ。
死ぬ時まで神は神である。たとえ、もう、寝返りすら打てぬほど衰弱していても。
マリーの目が明滅する。もう、命が消える寸前だった。
「マリー・・・」
あなたと会えて幸せだった、それがマリーの最後の言葉だった。
黒髪の青年がイクリプスの手をマリーの肩にかける。
「愛している」
それがイクリプスの最後の言葉だった。
その言葉と共にマリーの身体が空気に溶けていく。
マリーの肩にかけられたイクリプスの手も一緒に消えていく。
まるでうつったかのように、イクリプスは妻に差し伸べた手から消えていった。
「父上、母上」
黒髪の青年の目から涙が流れ落ちる。
彼はまだ二十年も生きていない。両親の死期が近いから、番いを迎え入れた。
次のイクリプスとして生きていく為に。
精霊を生み出す者として、使命を果たす為に。
母親は番いではなかった。父親が娶る筈だった番いが嫌がり、似た容姿だった母親が番いのふりをした。
家族の命と引き換えだった為にそれは必死に父親に娶ってくれ、と懇願したそうだ。
父親はそれを受け入れ、別の番いではなく、母親を娶った。
その為に二人早く死ぬことになった。
二十年前にはまだ青年と同じ容姿だった父親は、既に100歳と言われてもおかしくないほど、老け込んでしまった。
母親もそうだ。まだ30代の筈が100歳ぐらいに老け込んでしまっていた。
すべては番いではない二人が精霊を産んでいたから。
それでも二人が幸せだったのなら、この結末も幸せな結末だったのだろう。
番い同士ではなかった弊害は生まれた精霊の数にも及んだ。
それでも、世界中で魔法を使わなければ、植物の成長に影響は出なかっただろう。
世界の維持や嘆願された魔法を叶えていたせいで、精霊たちは力を失って消えていった。
消えてしまうとはわかっていても、魔法で嘆願されると、叶えてしまう精霊たち。
人間の世界では作物の不作が続いた。
魔法を用い続けたのだから、自業自得だ。
自業自得といえば、母親を脅して代役を押し付けた貴族の娘は、一年も経たずして社交界に戻って入れ替わりが発覚したそうだ。
元々、番いは身分を問わず複数いた。それを貴族が独占しようとして、その挙句が入れ替わりだった。
馬鹿らしいにも程がある。
その家はなかったことにされ、書物の記述は塗り潰されたそうだ。
脅されたからと、頑なに花嫁になった母親。
花嫁を説得しきれずに受け入れてしまった父親。
入れ替わりの事実を知りながら、魔法を使い続けた人間たち。
そして、直前で花嫁になりたくなくなった貴族の娘。
愚かな選択が重なって、少ない精霊で世界を維持するしかなかった。
黒髪の青年には番いの愛しい花嫁がいる。
番いだから愛しく感じるのだろうけど、黒髪の青年は構わない。
世界を維持する精霊を生み出すのがイクリプスの役割。
番いという、便利な存在がいて、互いに惹かれ合い、愛し合っているなら、誰かに非難を受ける謂れはない。
番いを得た黒髪の青年は百年後にあの二人のように消えるだろう。
普通のイクリプスの寿命は大体二百年。イクリプスの最初の子どもとして生まれ、両親の死期が近付くと、番いを花嫁にし、イクリプスとなる。
黒髪の青年はまだ二十年も生きていないが、残りの寿命はわかる。
花嫁の寿命はそれ以上、伸ばせないからだ。
花嫁は精霊である我が子たちが、力を失って先に逝くのを見送るうちに、耐えられなくなる。
だから、イクリプスは花嫁を得たら、長くは生きられない。
それでも、番いではなかったあの二人のような最期を迎えられるのなら、幸せなことだろう、と黒髪の青年は思うのだった。




