あの子はきっと来年も
え? 怖いものについて聞きたい? 公園ならではの怪談があるんじゃないかって?
うーん、わしくらいの年になると、もうお迎えも大して怖くはないんでなあ。
幽霊だの怪異だの言われても、もしかしたら先に逝った妻や息子かと思えて、怖いというより確かめてみたいという気持ちになるんじゃ。
だからといって心霊スポット? なんぞに忍び込むような馬鹿な真似をする気はないぞ。どうせ待っていれば会えるんじゃからのう。
ああ、もちろん現実の事件や災害は怖いに決まっとる。
とはいえこの前まで町中を走り回って、わしが管理するこの公園まで荒らしとった珍走団には恐怖より怒りを覚えておった。
ん? 珍走団ってなんだって?
おいおい、あんた若いのに暴走族のほうが馴染みがあるのか?
あんな馬鹿者どもをそんなカッコ良さげな名称で呼んではいかんだろ。
珍走団じゃよ、珍走団。まあ確かに『珍』は『珍しい』だから、貶めることが出来ているのかどうかはわからんが。言葉は難しいのう。
おお、そうじゃ。怖いことをひとつ思い出した。
あの子じゃ。
来年はあの子の笑顔が見られなくなるかもしれない、そう考えると今年の春は怖くてたまらなかったわい。
あの子ってだれかって?
ううん、孫ではない。
息子が結婚していて孫でも遺してくれていれば……いや、すまん。話が逸れたな。
あの子はその子じゃよ。
ほら、あんたの後ろに立っている。
ははは、怯えんでも良い。あんたも大好きなはずじゃ。何十年も前からこの場所でこの町を見守ってくれている──桜の木。
その品種はクローンだから、すべてが同一の個体だ、なんていうヤツもおるがな、そんなわけがないんじゃよ。
この町でこれまでの時間を見守ってくれたのはあの子だけなんだから。
どの町にもそこだけのたった一柱の桜がいらっしゃる。数柱いらっしゃったとしても、それぞれがたった一柱の大切な存在であることに変わりはない。
あの子の品種は六十年から八十年が寿命だとか言われとるがのう、青森県におる子は百年を越えとるし、人間だって寿命には個体差がある。
病気や害虫に弱いのだって、わしがなんとかしてきた。
どうしようもないときは樹医さんにお願いしたが、なるべく早いうちに病気の兆候を見つけて薬をあげて、虫を近寄らせないように気をつけて来たんじゃ。蜜が吸いにくいからと花ごと毟って食べるスズメや外来種のインコどもも追い払ってきた。
……それでも時間の流れには勝てん。
ずっと一緒に過ごしてきたからこそ、今年の春はあの子が弱ってるのがわかったんじゃ。
市販の肥料をどんなに与えても、あの子の体質に合わなければ意味がない。
近くの山へ行って腐葉土を集めたり、必死で勉強して自作の肥料を作ってみたりもしたんじゃが、結果は出なかった。人間に出来ることには限界がある。
ん? それにしては元気そうだ? 葉っぱが青々としてる?
ああ、今は元気じゃよ。
きっと来年も笑顔を見せてくれるじゃろうて。
うん? ああ、そうじゃ。
わしはあの子が『咲く』ことを『笑う』と言うとるんじゃよ。
ははは、なにかで見たのをカッコ良いと思って真似しとるだけじゃ。わしみたいな爺だってダサいのはゴメン被るよ。
だから見た目や勢いのカッコ良さに流されてしまう人間の気持ちもわかる。
わかるが……だからといってなんでも許せたりはしない。
許したからといって、失ったものが戻って来るわけではないのだから。
おっとすまんすまん、また話が逸れたな。
年寄りはこれだから……ん? 聞いてなかった?
ああ、見惚れとったのか。うんうん、わかるぞ。花が落ちて葉っぱだけになっても美しいからのう。
特に今年の花見の季節は馬鹿者どもに枝を折られて弱り切っていたから、今の美しさには感動するよ。
きっとこれからはずっと笑顔を見せてくれる。
ところでいつまでも暑いところにいては身体に悪い。そろそろ管理事務所で冷たい水でも飲もうじゃないか。
……ん? ああ、梶井基次郎の『桜の樹の下には』じゃな。
そりゃ埋まっとるさ。
どんなにわしが気をつけていても虫どもは勝手にやって来て死んでいくからのう。屍体の上に葉が落ちて、やがて周囲の土と混じっていく。
まあ、あの子が自分に合った肥料を見つけてくれて良かったよ。
この町の犯罪率が減少したら、たぶん観光客も増えるだろう。
人も花も褒められて美しくなると聞く。あの子はきっと来年も再来年も、ずっと美しい笑顔を見せてくれるに違いない。
<終>




