リセット
「先生に俺らの計画がバレた挙句、この逃亡に同行してもらうことになっただぁ!?!?」
外はすっかり日が沈み、人工的な灯りがラウンジ内を明るく照らす。
その日の疲れがそこはかとなく醸し漂うその静かなラウンジに、アシュの声が響き渡った。
「一体全体どーなったらそんなチグハグな冗談作り出せるんだよ!?」
「いや…その…冗談とかジョークとかでもなくて…」
「んなもんわかってらぁ!!俺が言ってんのは、どうしてそんな冗談でも笑えねぇ状況になってんのかってことだよ!!」
隣にいたリタとニルが「まぁまぁ…」とアシュを宥める。
「みんな…ごめん。俺のせいなんだ。サハが物資を船内に運んでいる間、俺が周囲の警戒を怠ったんだ。」
「し、シャンティさん…。」
深々と頭を下げて謝罪したシャンティに思わず寄り添う素振りを見せるルシャ。
しかし、今のシャンティには皆の顔を直接見ることができなかった。
「おいシャンティ、頭上げろ。これは別にお前のせいじゃねぇんだ。どのみち、俺たちの計画は先生に筒抜けだったんだよ。」
口調がいつもより強めなのに対し、声色はいつもより優しい。
これがサハの優しさだということは、付き合いの長いシャンティにとっては嫌でも気付ける事実であった。
しかしこうして人の優しさに触れるたび、シャンティはより一層自分のことが酷く惨めに思えてならなかった。
「…サハさん…それはどう言うことでしょうか…?」
「先生が突然聞いてきたんだ。『宙路はどれを使うんだ』ってな。」
二人にとって、先生があの時発した一言一言は、その時の先生の表情や風景と共にあらゆる五感に焼き付いて離れない。想像だにしなかった質問の数々。とりわけ回答がすぐに準備できなかったものを筆頭に全て鮮明に記憶に刻まれていた。
「それはあんたたちが作業中に見つかったからじゃないの〜?」
「いや、俺たちは先生にその場の状況以外なんの情報も与えなかった。だから、先生が持ちえる情報はせいぜい、俺たちの不審な行動と新しい宇宙服の話くらいのはずなんだ。」
「そ、それってつまり、先生たちは前から僕たちの計画のことも知ってたってこと…?」
「なに、宇宙船の中でコソコソ作業してたやつがさらに宇宙服の話までしてたんだ。その時点でそんくらいのこと、誰でも思いつくだろ。」
「作業してたのがうちらだったら分からんでもないけど、なんせサハだからな〜。浪漫オタクのこいつが宇宙服の話してようが船内で暮らしてようがあんま違和感ない気もするし〜?」
「それでサハさん、そこからどうして先生も同行していただけると言うお話しに…?」
「ああ、先生は俺たちに宇宙を舐めてるってそう言ったんだ。そして、究極の二択を俺たちに投げかけてきた。宇宙船のキーをその場で手放して全てを放棄するか、先生を俺たちの逃走に連れて行くか…。」
あの時の先生は、確かに言った。俺たちの『逃走劇』…と。
やはり先生は知っていたのだ。俺たちがこの星からの逃走を図っていることを。俺たちの計画の根幹部分から、根こそぎ全部…。
その時の先生は悪魔のように笑っていた。まるで焦る二人を揶揄っているかのように、ニヤニヤと。
笑うその悪魔は、ほんの少し前に説教していたその人とは到底同一人物のようには似つかない。
いわば「先生」という大人な一面から、急に「探検家」という子供心あふれる一面に切り替わった瞬間だった。
まさにこの、どこに本心が向いているのか表情からは全く推察できない所が、シャンティが先生を不気味に思う理由の一つでもあった。
「そ…それって、な、なんか変じゃないですか…?」
皆の顔色を伺いながら、ルシャが恐る恐る言った。
「変ってなにが変なんだ、ルシャ?」
「い…いや…、その…せ、先生という立場で…ましてや生徒を取り締まっている状況で…わ、わざわざ同行の許可を求めるのってなんだか遠回りだな…と思って…。」
「え、どーゆーこと?うちちょっとよく分かんなかったんだけど?」
「つまり、先生の立場なら、わざわざお二人に先生の同行か計画の断念かを選ばせる必要がなかったのではないかということですね?確かに、わざわざそんな、先導権をこちらに握らせるような形式取らなくても、ただ一言『俺が同行する。さもなくば諦めろ』とかいえば済む話なはずですが…」
「きっと、先生は俺たちを試したんだ。ここでYESと言えないものには宇宙なんて行かせてやんねぇ、みたいな感じでさ。」
「んなこと最初っからどうでもいいだろ。それより問題は、先生が同行を求めたってとこだ。
オメェら忘れたんか?あいつは、俺たちを見殺しにしてでも自分の立場を守ろうとした大人の一人なんだぞ?そんな奴が何を急に『俺も一緒に行きたい!』だぁ?そんなもん端から嘘に決まってる。きっと俺たちを監視して、近い将来政府にでも売るつもりなんだろ。」
「お兄ちゃん…ちょっと言い過ぎだよぉ…。もしかしたら、先生だって今からでも助けてくれようとしてるのかもしれないし…。」
「…いや…アシュの言う通りかもしれない。俺たちの仲間になった体を為して俺たち内部に忍び込み、確たる情報を抜き取ってから追放するつもりなのかも…」
シャンティは先生に怯えていた。一度尽く負かされた後だ。無理もなかった。
しかし、その発言は酷く現実を悲観しており、その語気からは一切の威勢も熱意も感じられなかった。
「おいシャンティ!!」
突然大きな声をあげるサハに驚き顔を上げると、彼はこちらをまっすぐ見つめていた。
その一直線な視線に耐えられなくなり即座に顔をそらす。
「おい!さっきも言っただろ、これはお前のせいじゃねぇ!いつまでそうやってウジウジしてるつもりなんだ!!!」
サハが唾をそこら中に撒き散らしながらシャンティに叫ぶ。
チラリと視線を端にそらすと、みんなが俺を見つめているようだった。
その眼は俺をジロジロ睨みつけている。
それは俺を責め立てる。俺の失敗を強調し、反省を促してくる。
それはとても…恐ろしい。
彼は己を責めていた。
ひどく自分を責め立てるあまり、周りの声が届かない。
否、届かないのではなく、聞く耳を無意識に閉ざしていたのだ。
今まであらゆるチャレンジから彼は身を引いてきた。それ自体に興味がなかったのもあるが、一番の理由は、彼は誰よりも失敗することを恐れていたのだ。彼にとって、挫折や不首尾は無能の烙印そのものであった。
あぁ、これは俺の失態だ。
たとえ俺らの計画が元から筒抜けで、先生に捕まるのが時間の問題だったとしても、俺の罪は変わらない。
それは、先生を軽視したという罪。
俺は先生を甘く見積もっていたのだ。心の中ではその脅威を知りながら、過去にはそれを体験しておきながらも、それを軽視していた。理由は分からない。もう十分大人になったと思ってたのかもしれない。小さい頃のあの感覚は嘘だったのかもと疑っていたのかもしれない。
それでも、どうであったとしても、俺はみんなに伝えるべきだったのだ。先生には気をつけろ、と。リーダーとして、先生を最も長く知るものの一人として、唯一それを意識させることができたのは俺のはずだったのだ。
人はいつしも、失敗をするまでその脅威に気づかない。それがどれほど致命であるか意識することすら怠るため、その対策もまた、常に等閑に付される運命にあった。
人はいつも、後悔してから後悔の種に気づくのだ。
サハは、項垂れ自分の殻に閉じこもるシャンティをただ見ていた。彼もその場にいた当事者として、罪の意識は人一倍感じている。
だからこそ分かる、今シャンティを襲っている絶望が。自らの責苦に苛まれ、その傷をこれ以上抉られまいと惨めに庇うその行為の痛苦が。
「(こいつ…責任を感じちまってるな…。)」
サハは徐に一歩前進し、シャンティの頭を両手でガッと捕らえ無理やり面と面を向かわせた。
「おい、いつまで床見てんだ!!お前が前を向いててくれねぇとダメだろ!お前は俺たちの、リーダーなんだからよ!!!」
サハは自分で言っていながら、酷な話だと思った。元はと言えば勝手に彼をリーダーにしたのはサハ本人だ。その挙句、その責任を最後まで果たせと命じるのだ。
だが、サハは知っている。シャンティはきっと、自分を追い込み過ぎているのだ。彼のその完璧主義は時に、彼自身を滅ぼしかねない。
サハはなんとしても、シャンティに気付かせてやらねばならないと、直感した。彼は前を向かなければならないと。後ろではなく、前を。
かつての自分が、そうだったように。
俺はその言葉を聞いた瞬間、脳内に蔓延する濁り澱んだ思考の渦に一裂きの切れ目が入った気がした。
視界がクリアになり、止まっていた思考が動き出す。
俺は…まだリーダーなのか…?みんなはまだ、こんな俺をリーダーとして見てくれるのか…?
「お前の悪い癖だ、シャンティ。別に反省する分には一向に構わんが、そろそろ次の目標を決めてくれ。結局、先生は連れて行くんか?まさか、怖くなってやっぱドーラムに留まるとか言うんじゃねぇだろうなぁ?」
心に残る、灰色に燻る不安を完全に吹き飛ばしたのは、そのアシュの言葉だった。
あぁ、なんて愚かなんだ、俺は。
ついこの前まで、俺は立派なリーダーだった。
その場の誰よりも多くの情報を把握し、それを元にみんなの行動を裁定し、チーム全体の意図を進める司令塔。
みんなの成果を誰よりも早く知り、みんなの悩みを誰よりも親身に聞き、みんなの困難に誰よりも近くで寄り添い解決を助けたはずだった。
それなのに、たった一度自分がミスを犯した途端、これまでの全てを放り投げ、一人後悔と絶望に塞ぎ込んでいた。
それはなんとも自分勝手で、なんとも責任感のないことか。
いや、俺は確かにそれを持っていたはずなのだ。リーダーとしての意識を。使命感と信念を。
それらが全て、あの衝撃的な出来事で全て白紙に戻っていたんだ。
ハリボテの信念が剥がれ落ち、本性が剥き出しになったのだ。
それは、この三ヶ月で俺という人間の本質は何も変わっちゃいないんだということを知らしめると共に、己の精神の貧弱さをまざまざと露呈させた。
自らの過ちを看過できない自分と、それを許さないかもしれない仲間の顔。それら全部が怖くて、恐ろしくて、みんなの顔を直視できなかった。
しかし、みんなが俺に喝を入れてくれている。あのアシュでさえも、だ。なんて優しいことだろうか。言いたいことが山ほどあるだろうに、全て飲み込んで今はただ俺を奮い立たせようとしてくれている。
応えねばならない。彼らがまだ俺をリーダーとして扱ってくれるのなら、チャンスをくれるのなら。
俺は決意を胸に顔を上げた。
目に入るみんなの顔が立体的に見え、そこには一切の敵意を含まない、普段通りのみんながいた。
そう。みんな、いつもとなんら変わっていない。ジロジロ睨んだり、軽蔑の眼差しを向けたりしてなんかいない。
変わっていたのは、歪んでいたのは、俺の方だったんだ。
あぁ、俺は本当に馬鹿野郎だ。ここで不貞腐れて一体何になると言うのだ。ただでさえ取り返しのつかない失態を犯し、それでも飽き足らず自らの顔にひたすらに泥を塗りたくる。それはもはや反省ではない。ただ惨めなろくでなしに過ぎない。
状況はガラリと変わった。先生の同行に際して、今まで積み上げてきた計画の全てを見直さなければならない。今ここでその情報をまとめ上げ、チームの動向を方向づける役職は俺たちの中でたった一人しかいない。
シャンティは徐にゆっくりと深呼吸をした。
「サハ、アシュ、ありがとう。
ーーみんな、改めてごめん。この件はやっぱり俺の慢心が原因だ。
だからせめて、それを挽回する機会を、俺にくれないだろうか。」
今度は頭を下げなかった。代わりに全員の目を見た。
それは俺の決意表明であった。
「ああ、もちろんだ。だからなんだ、お前の判断は。あのクソ野郎を信頼するのか?」
アシュが表情を一切変えずにそう言う。だけどほんの少しだけ、その声は浮き立っている気がする。
「…俺に案がある。」
俺には考えがあった。と言うより、元々このケースを考えていた。
それは決して先生に計画がばれるケース、というわけではない。
それは先生と一緒に逃亡するケースだ。
「こちらも、先生に条件を出すんだ。」
「そ、それは…一体どういう…?」
「さっき話してた通り、先生は俺たちに選択肢を与えた。それはつまり、俺たちのことを上から縛りつける気がないということだ。」
実際、先生はその立場を濫用することは無かった。
そもそもあの会話の後だって、
「…まぁ、どーせお前ら二人だけの計画じゃねぇんだろ〜?お前らに一日やるよ。みんなでどうするか話し合うと良い。明日の訓練後、答えを受け取ることにしよう。別に明日までに結論付けなくたっていいぞ?まぁその場合、こちらも答えはNOと受け取って色々と策を講じさせていただくがな。」
そう言って、先生は俺たちの明確な回答なしにその場から居なくなってしまったのだ。あれはきっと、俺たちに思考する猶予を与えたかったに違いない。
やはり、先生は頗る恐ろしい。その行動の意味も意図もなんも分りゃしない。
だが、それでも。いや、それなら。いっそのことこちらも大きく出てしまおう。こちらに選択肢を与えたことを、後悔させてやるほどに。
「そこで、俺は先生に条件を出そうと思う。その条件とはズバリ、俺たちに同行する場合、先生には制御船を操縦してもらうことだ。」
「制御船…!?それってあの…?」
「ああ。俺たちの毎日の訓練でもお世話になっているあの、司令塔が入った巨大宇宙船だ。」
この星の宇宙船には、ざっくり分けて二つの種類がある。
一つは俺らが訓練で使う、戦闘用船。比較的近年に作られたモデルで、サイズはプライベートジェットほどと言ったら良いだろうか、乗れたとしても計三人ほどであまり広々とはしていない。その代わり光銃を4基装備しており、またその鉛筆のような先の尖った独特なフォルムにより素早く器用に動かせる。
一方、俺たちには遠征用船というのも存在する。ドゥルバーと戦争する以前、まだ活動領域を外に広げている頃にメインだった型だ。その名の通り遠征用に製造されたそれは、サイズがとにかくバカデカい。A、B、C組のメンツ全員くらいは余裕で入ってしまう大きさだ。
大事なのはサイズだけではない。宇宙遠征というのは下手すれば余裕で年単位に及ぶこともある世界。よって、その中には洗濯機、冷蔵庫、ストーブ、キッチン、トイレにベッドなど、あらゆる生活必需品を持ち込めるよう設計されている。
俺たちの計画立案段階では戦闘用船しか択に無かったため、わざわざ簡易的な設備で妥協することとなったが、もしも遠征用船を使えるのなら話は大違いだ。近頃ずっと頭を抱えてきた「どうやって健康な生活を保ちつつ宇宙を長旅するか」という最大の難題にかけた膨大なリソースが無駄になるのは少々勿体無いが、それはそれだ。
俺たちの孤児院には、たった一機だけ、その遠征用船が残っている。それはあの、俺たちの言うところの司令塔だ。もはや固定施設として運用されているそれは、訓練時に俺たちA組全員の宇宙船に一斉に指示を出す際に先生が用いる。もう空を飛ばないこと十数年といったところだろうから起動は若干怪しいが、もし使えるとしたらそれは俺たちの渡航を大いに助けてくれるだろう。
こんなチャンス二度とこない。元々は俺が犯したミスだ。いっそのこと、それを帳消しにするほどの利益を、この状況から生み出してやろうじゃないか。
「なるほど…。よく思いつきましたね…シャンティさん。」
「確かにスゲェ!!前聞いた時、先生権限であの船動かせるって言ってたし、その案すげぇよ!もし遠征用船が使えるんなら、ありとあらゆるもの乗せたってお釣りが出るほどのスペースだ!」
「なんか色々設備も整ってるみたいだしね〜。キッチンがもっとちゃんとしてくれるのはうちもありがたいわ〜。今の状態だと、焼いたり切ったりできるだけで料理とは言えないレベルの装備だし。ね、リタ?」
「うん!料理しても毎回みんなのとこ運ばなきゃならなかったのもなくなるってことでしょ?それ、すごいよ!!」
「え、遠征用ってだけで…貯蔵できるエネルギー量も爆増すると聞きました…!も、もしかしたらそれでより遠くの、より安全な惑星のみに絞って飛べるかもしれませんね…!」
「それだけじゃありませんよ!遠征用船には搭乗者が負担なく長距離を往復できるよう、重力ジェネレーターが備わっているんです!もしそれを起動できるのなら、ありとあらゆる日常の動作がうんと楽にこなせます…!」
挙げればキリがないほど出てくる遠征用船のメリット。実際、シャンティもこの三週間、どれほど遠征用船にヤキモチを妬いたことか数えきれない。
「盛り上がっているとこ悪いが、俺はまだ先生の同行には反対なんだが。シャンティ、遠征船の利用は天才的だ。できることならそうすることこの上ねぇ。だけど問題は、どうして先生を信用できるのかってところだ。どんなに計画が完璧でも、出発直前に裏切られたらみんな揃いも揃って牢獄行きだぜ?」
半ばお祭り騒ぎのようになっていたその場にアシュが一石を投じた。
その場が一瞬静寂に包まれる。
しかし
「それに関しても、俺に考えがある。」
そうシャンティは澱みない返事を返した。
その考えは、仮にでも彼を10年以上育て上げてくれた事実上の父親にするにしては少々恩を仇で返すところがあった。
「先生には嘘の情報を伝えるんだ。まず、俺たちチームの構成員は俺、サハ、アシュ、リタの四人だけと言っておく。総数をちょろまかして、他の奴らをフリーに動かせるようにだ。さらに、出発予定日を実際の日から数週間遅めに伝えよう。これで、俺たちを宇宙に行く直前に捕まえる計画は難しくなるはずだ。
そして、俺たちは4機の個人宇宙船でここを立つ。」
「は?制御船の話はどこに行ったんだよ?」
「それもまだ生きてるさ。俺たちの戦闘用船は制御船にドッキングできる。最大四つ、左右と上部にな。」
「なるほど…。どうせ俺たちは各々がここを出立した後、宇宙空間で互いにドッキングする予定だった。それを戦闘用船同士じゃなく、制御船ベースに連結しようって訳か。」
「ああ、その通りだ。当初の計画通り、この連結は加速器までの宇宙トンネル間で行う予定だ。だから、4つの宇宙船は、それぞれ宇宙船操作技術精度の高い、俺、サハ、アシュ、アティーテで操縦したい。」
宇宙空間での他機とのドッキングには腕が必要だ。慣性の法則にモロに支配される宇宙上では、ちょっとの推進力もやがてとんでもない距離を移動してしまう。このドッキングを七人分、それも戦闘用船に許される連結方法は並行接続(つまり左右に一機ずつ)のみだから連結すればするほど操作が困難になるその状況下で、加速機突入前に完遂するというのは机上の空論レベルの難易度だった。
その問題も、制御船ベースのドッキングにすることで緩和できるという一石二鳥の戦略だ。
「こうすることで、先頭を俺たち戦闘用船が行き先生の操縦する制御船がその後を追うことになる。最悪直接的攻撃されたり、何かしらのトラップを仕掛けられていたとしても、みんなが個々にバラけて逃げれば、最悪の状況は防げるだろう。」
この流れるような説明にはアシュも納得をせざるを得なかった。
もちろんそれでもイレギュラーは考えられるのだが、それは先生を連れていかなくとも同様の話。先生同行に際して追加で発生するであろう事態に十分対策が打たれているのであれば、アシュとしてもこれ以上言うことはなかった。
「みんな、改めて、俺はこの先何があろうと、俺たち全員で宇宙へ行くと誓おう。もう二度と、情けねぇ姿を見せたりしない。だからどうか、この最後の作戦をみんなで乗り切ろう。」
こんなことを人前で言うなんて、俺も変わってしまった。過去の俺が嘲笑する。
だけどそれでも構わない。俺は俺が変わっていくのを感じる。だけど、それに抗う必要なんて全くないんだ。
「俺たちは見つけるぞ。みんなで幸せに暮らせる、安寧の地を。」
〜ドーラム豆知識その8〜
遠征用船はその名の通り、長期宇宙遠征に必要とされるあらゆる設備が内蔵されているぞ!その中でも特筆してすごいのは、重力ジェネレーター機能と超光速ブースターだ!
重力ジェネレーターは船内全体に一定の重力を形成する装置だ。重力のおかげで船内でも地上と同じ感覚で生活できる上、出力を操作することで着陸予定の惑星における重力にあらかじめ体を慣らしておくことだってできるぞ!
遠征用船に内蔵されている超光速ブースターは、戦闘用船のものと比べて出力が高いのにそのエネルギー効率はずっと高いんだ。本来なら加速器を使わずとも近隣の惑星に辿り着けるほどだぞ!
これらを全て携える遠征用船の動力エネルギーは膨大なものだが、なんと太陽光(正確には光)によってその動力をチャージできるため、恒星が近くに存在する以上半永久的に稼働すると言うのも戦闘用船にはない特権だ!




