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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第二章:惑星イルシャー

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23/24

ウィシュ

「そろそろ晩御飯の準備しよっか。」


「うん!」


 広場ではアティーテ、リタ、ニルの3人が夕ご飯の準備に取り掛かっていた。

 今日のメニューは鹿肉のソテー。

 熊肉からとっておいた重厚な油をふんだんに利用し、その上で鹿肉を贅沢にソテーする。

 パラの実を刻んで入れることで獣独特の臭みを消し、最後の仕上げに持参の塩を振りかければそれはそれは美味なるものであった。


 もはや火の場として定着した焚き火のもとにアティーテが食材を並べる。

 ニルはその焚き火をキープする係で、持ち前の洞察力を活かしてちょうどいい強火を実現していた。


「ねぇリタ、そろそろルシャにも声かけてきてくれない?」


 アティーテは並べた食材から目を離し、リタに向かってそう言った。

 その言葉尻は少し浮かない。

 彼女なりの配慮が伺える。


「あの子、アスヤーくんを傷つけちゃったことに酷く心打たれちゃってると思うから…、もし難しそうだったら無理にとは言わないわ。その時はそっとしておいてあげて。」


「そうですね…。ルシャさんは私たちの中でも一番人情に溢れるお方ですから、立ち直るのには時間がかかるでしょう…。ご飯だけでも食べに来てくれるといいのですが…」


「オッケー、分かった。じゃあ僕、ルシャさんに今晩はご馳走だよ!って伝えてくるよ。」


 リタは若干の駆け足で研究用テントまで赴き、入り口の手前で少し息を整えてから中に首を出した。


「ルシャさーん、今日の晩御飯は…って、あれ?」





「ルシャがテントにいなかった!?!?」


 アティーテの高い声が黄昏時の広場に鳴り響いた。


 いつの間にかルシャがテントからいなくなっていたことが発覚した。

 一旦夕飯の準備を中断し、皆で捜索にかかる。


「女子トイレ見てきたけどいなかったわ…。」


「僕たちのテントにもいなかった…。多分お兄ちゃんたちのテントにもいないと思うし…。」


「無線通信も試みましたが通じませんね…きっと、ヘルメットを脱いでいるのでしょう…。

 ルシャさん…どこに行ってしまったのでしょうか…」


「あーもう、あの子ったらホントにどこ行っちゃったのよ!?」


「まさかルシャさん、森に一人で入ったりはしてないよね…?」


 リタが不安げに言った。

 可能性として言っただけで、本当にそうだとは信じたくないといった感じだ。


 しかし皆の心には妙な騒めきが走った。

 不吉な予感がプンプンする。


「しょうがない、私、ルシャ探してくるわ。あんた達は二人でご飯作ってて。」


 アティーテはやれやれと両手を上げて見せた。


「アティーテさん、本気ですか…?それなら私が探しに行きますので、是非アティーテさんが調理の方を…」


「バカね、あんた無しで誰が火力調整すんのよ!さらに私たちみんなの約束じゃない、火を扱う時は男最低ひとり!私とリタだけじゃ、なんかあった時手に余るわ。」


「じゃ、じゃあ僕が探しに…」


「もうじき日が沈むっていう森の中にあんたを行かせる訳ないでしょ〜?まぁ大丈夫よ、近場をちょっと探してみるだけだから。

 見つけられなかったらすぐ帰ってくるわ。その時はシャンティたちが帰ってくるの待つわよ。」


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「あーもうあんたって本当に面倒な男だわね〜、これくらい大丈夫よ。私だって先生の訓練を受けてるのよ〜?

 大丈夫、10分以内に切り上げて戻ってくるわ〜。」


 そう言って、アティーテはオレンジ色に染まり始めた森の中へと姿を消した。


「アティーテさん、大丈夫かな…」


「そうですね…。でも大丈夫だと信じましょう。ルシャさんも、そう遠くには行っていないはずですから…」




 アティーテはこの二週間、広場で作業することが多かった。

 故に、この森の中に入ることもあまりなく、たった一人での探索なんてもっての外だった。

 アティーテは過去に何度か通った道を行き、そこからはアドリブで通りやすい道を探した。



「ルシャー!!いるなら返事してーー!!ルシャーー!!」


 私はルシャの名前を叫びながら森の奥に進んだ。


 私は妙に落ち着いていた。

 多分だけど、あの子は大丈夫だと思う。

 と言うのも、恐らくあの子の側にはパーパちゃんがいるはずだから。

 アスヤーくんも言ってたもんね、パーパちゃんはそこらの猛獣より圧倒的に強いって。

 だからきっと大丈夫。

 ただただ、一人になりたかっただけなんだよね、ルシャ?


 私はあそこまで精神を病んでるルシャを初めて見た。

 だから、正直あの子が今何を考えているのか想像つかない。

 自分のせいで…とか考えちゃって責任感を感じているのだろうか。

 その罪滅ぼしで、みんなに何も言わず出ていってしまったのだろうか。

 

 ルシャはエーカンテに来てからずっと控えめな子だった。

 授業中も特に発言しないし、先生に指されても発言する声は小さいし。

 だから最初、ルシャが初めてエーカンテに来た時はただ「地味な子が来たな」くらいにしか思って無かったし、将来仲良くなるビジョンなんて見えなかった。

 ルシャもルシャでいっつも俯いて暗い顔してるし、私たちには一切心を開いてくれそうに無かったし。

 ま、エーカンテにくる子は大体みんな、最初はそうなんだけどね。


 それでもだんだんとA組の雰囲気に慣れてきた頃の彼女は、その第一印象とは裏腹に可愛くて元気な子なんだなって思った。

 サハ筆頭にみんなが冗談を言い合っている時にあの子も混じってジョークを言ってみたり、みんなでサハを悪者にする流れができた時にもそれに乗ってくれたりした。

 くだらないことでふざけ合っている時のルシャはなんだか活き活きしてて、すごく幸せそうだった。

 初めてエーカンテに来た時からは想像もできない、明るくて柔らかい笑顔。

 だから、きっと大丈夫。

 あの子は強い子。見かけより、ずっと。


 私は広場を中心にぐるっと一周回ってみようと思っていた。

 研究用テントから外側に適当な距離進んで、そこから半径を保って大きな円を描くように捜索する。

 とは言っても、全部感覚頼りのガバガバ測定なんだけどね。


 ルシャの名前を叫びながら森の中をなるべく真っ直ぐ突き進む。

 ある程度歩いてきたし、そろそろ横に回ろうかと思っていた時だった。

 

ーーーーーーービュンーーーーーーー


「は…?」


 目の前が急に真っ白に光った。

 まるで立ちくらみをしたみたいに一瞬の閃光が視界を遮り、脳の思考が停止する。

 理解しようとした時にはすでに、辺りの暗闇は元に戻っていた。


 いや嘘、完全には戻っていなかった。

 目の前に一つ、真っ白の光線が空までビシッと刺さっている。

 それは恐らく大気圏を雄に超えているんだろう、地上からでも周りにある雲の様子が伺えた。


 その光はここからそう遠くない場所から発生しているっぽい。

 その付け根は木に隠れて見えはしないが、その光線の太さから察するにその距離は1キロもないだろう。


 私は感じた。

 ルシャがいる。

 光の発生源に、絶対ルシャがいる。


 助けなきゃ。


 どうしてだろう、自分の行動に根拠はなかった。

 ただ一つ確かなことは、あの光はきっと良いものではない。

 綺麗に輝くそれは一見美しく写るけど、その裏に何か不吉な運命を隠している気がする。


 そしてそれにはきっと、ルシャが関係しているんだ。

 きっと、ルシャが今、助けを呼んでいる。

 今私が行かなくちゃ、何かもっと悪いことが起きてしまう。

 そんな気がした。


 もう進みやすい道などと言っている余裕はなかった。

 ただひたすらに天へと昇るその光を追いかけ、その下で待っているルシャを助けなければ。

 早くしないと、取り返しのつかないことになる気がする。

 早く、早く、早く。

 いつの間にか私は全速力を出していた。


 その距離は思っているより遠かった。

 走れど走れど空に浮かぶ光線との距離が縮まっているようには見えず、だんだんと不安が増して来る。

 体力的にも限界が近づいてきて、息が切れてきた。

 重力の軽いこの星では全力疾走に使う筋肉がドーラムとは違うみたい。

 おかげで全力で走っているのに思ったように速度がつかない。

 歩くのと走るのってこんなに違かったっけ。


 それでも少しづつ距離は縮んでいる。

 近づくにつれどんどん太くなっていくその白線はまるで天から下された巨槍のようだった。

 見ているとその中に吸い込まれそうな錯覚に陥る。

 芯に近づくにつれ純白に色づくそれは神秘的であり、同時に畏怖を感じさせるものでもあった。



 慣れない疾走をすることどれくらいだろうか、

 私はついに光の根本に辿り着いた。

 

 そこにはこじんまりとした小さな空間があった。

 中心には中くらいの湖があって、その奥には真っ白に輝く大岩。

 それはまるで白熱電球みたいで、直視するのも眩しいくらいだ。

 思わず目を細めて周囲を観察する。

 すると、もう一つ、見つけた。


 発光する大岩の横、湖の辺りで緑が薄い場所に小さな人影があった。

 それは膝から崩れ落ちたような体勢で俯いていて、全身から力が抜けているようだった。

 

「ルシャ!!!!」


 遠くからでも分かる、それはルシャだった。

 私は急いでルシャの元へ向かう。

 顔を覗き込むと、そこには私の想像していたものとは違うルシャがいた。

 目は完全に見開き、口角は少し上にあがっている。

 隣にこんな眩しい光があるのにその瞳孔は開きっぱなしで、それは狂気に満ちた形相と言ってもいい。

 けれどその体は力無くペしゃんと座り込んだ状態で微動だにせず、私は命の危機まで考えた。


「ルシャ!!あんた大丈夫!?何があったの!?!?パーパは守ってくれなかったの!?!?パーパはどこ!?!?」


 ルシャの体を揺らす。

 それでも彼女の体に力は入らず、グラグラと頭が揺れるだけだった。

 目の前に私がいるっていうのに、全然私のことを見てくれない。

 この症状は何?脳震盪?それとももしかしてこの光で失明したとか…?


 唐突に生じる初めての事象の連続に私の脳内では混乱が治らない。

 それがいいのか悪いのかも分からなかったが、私はただひたすらにルシャの名前を呼び続けた。

 すると


「ア…アティーテさん…」


 ふと気づいたように弱々しく呟くルシャ。


「ルシャ!!意識があるのね!!そうよ、私よ!何があったの!?あんた大丈夫なの!?!?」


「いいよね、アティーテさん。」


 意識があることにひとまず安堵した私は、とりあえずルシャをおぶって広場に戻ろうとした。

 けど、ルシャが発する言葉には違和感があって、まるでルシャのものじゃないみたいだった。


「え…?なんて…?」


「アティーテさんのお顔、可愛くて綺麗。アティーテさんだったらきっと、あのオーディションも合格してたよね。」


「オーディション?なんでもいいから今は早くここから離れるよ!ここ、多分やばいから!」


 そうして無理やり背にルシャを背負いながら私はこう思った。

 きっとルシャは錯乱してるんだ。

 ギラギラ光るこの眩白がルシャの網膜を通過し、脳にダメージを与えたんだ。

 今、彼女の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 現実と妄想が混濁してるんだ。


 この場所は怖い。

 やけに静かで、やけに幻想的で。

 まるで絵本の中に吸い込まれてしまったような場所だ。

 ファンタジーのような恐怖を感じる。


 ここに居てはマズイ。

 この不愉快な桃源郷感に心が狂わされそうだ。

 何か得体の知れない感情が胃の中から膨らんでくる気がする。

 解放させてはいけない何かが胃の下あたりから込み上げてくる。

 早くここから離れなきゃ。


 そう思って私が無理やりルシャをおぶった、その時だった。


 ガリッ


 頬に刺されたような痛みが走った。

 薄皮が裂け、外の空気が体内に染みる感覚。

 何かに掠めた?


 私は振り返った。

 何に引っかかったのか見るために。

 ルシャにも当たったらいけないと思った。


 しかし

 そこにあったのは手だった。

 小さく華奢で細い手。女の子の指。


「ル…シャ…?」


 その子は笑っていた。

 引き攣ったような、悲しみを隠すような乾いた笑顔。


「その顔、私も欲しい。

 私のじゃダメだったの。

 アティーテさんのその、綺麗で可愛いやつじゃないと、ダメなの」


 その瞬間、ルシャは手を大きく振りかぶった。


 殴られる


 そう思った私は思わずルシャを後ろに突き飛ばしてしまった。

 ドス…と鈍い音が鳴ると同時に、私はたった今自分のしたことを理解した。


「ごめ…ん…ルシャ…?」


 私に突き放されて盛大に尻餅をついたルシャ。

 けれどその顔には歪み一つ無かった。

 そこにはただどこかぎこちなく苦しそうな笑顔があるのみだった。


「アティーテさんのその顔に、なりたいの。

 私、オーディションに合格(うか)らなきゃ。

 だから、

 ちょうだい」


 ルシャの手が私目掛けて勢いよく迫ってきた。

 視界に飛び込む全ての情報が危険だと警鐘を鳴らす。


「ちょっ…と!!!」


 咄嗟の判断でまたも私はルシャの手を跳ね除けた。

 が、今度は完全に避けれなかった。

 その指はまたしても私の右頬を擦り、裂けた線がヒリヒリと痛む。


「ルシャ!あんた、どうしちゃったのよ!!!」


 必死に問いかけたが返答はない。

 目の前のルシャはルシャの姿をした別人みたいで、絶えず作られたその笑みには狂気すら伺える。


「逃げないでよ、アティーテさん。

 私、あなたのこと

 とっても尊敬してるの!!!」


 三度飛びかかってくるルシャ。

 今度は私も体制を立て直せてたおかげで完全に避けれた。

 と思ったのも束の間、

 既に次の攻撃が始まっている。

 ギリギリのところでそれも避け、やっと自力で立てたその瞬間。


 視界からルシャが消えた。

 いや、跳んだんだ。


 それを見上げる時間をルシャが待ってくれるはずがなかった。

 上半身を反らしながら振りかぶるその右手は爪がしっかり立っており、それを喰らえば私の顔は吹き飛んでしまうって思った。


 時間がゆっくりと流れる感覚がする。

 走馬灯だ。

 今でも何が起きているのか分からない。

 後ろには光るでっかい岩があるし、そもそもこの場所のことだってよく分からないし。

 目の前のルシャは未だ笑顔をキープしていて、まるでこの状況を楽しんでいるみたい。


 何が楽しいの?

 何が苦しいの?

 ねぇルシャ、

 どうしちゃったのよ。

 昨日まではあんなに楽しそうだったじゃない。

 嬉しそうだったじゃない。

 あんなに自然な笑顔をしてたじゃない。

 あなたのおかげで、水が飲めるようになったんだよ?

 みんな、感謝してるんだよ?

 ねぇルシャ、

 何があったのよ…


 反射だろうか意図的だろうか、私は自然と目を瞑った。

 

 ドン…!!


 強い衝撃が全身に流れる。

 でもそれはルシャの攻撃じゃない。

 私の脇腹を誰かが全力で突き飛ばしたんだ。

 予想外の突き出しに私の体は宙に浮き、そのまま短い距離飛んだと思う。

 

「ルシャ!!お前何やってんだ!!!」


 聞き慣れた、男の声がする。

 私の体はそのまま地面に落下し、その衝撃に耐えるや否や元いた方向を見た。


 そこにはサハがいた。

 今さっき私がいたポジションは今、サハにすり替わっている。

 その体は土で汚れていて、狩猟からそのままやってきたんだって分かった。

 サハの視線の先にはルシャがいる。

 ルシャはびっくりしたような顔で、でも笑顔はそのまま残っていた。


 サハの左腕から何かが滴った。

 逆光でその色は分からない。

 けれど、見なくても分かった。

 それはきっと赤色だ。


 サハはあの一瞬で、左腕で私を突き飛ばしながら右腕一本でルシャの攻撃を抑えたんだ。

 よく見るとルシャの爪がスペーススーツの上からサハの右腕を貫き、等間隔に広がる4点から少量の血が流れ出ていた。


「おいルシャ!!答えろよ!!!」


 そう言ってサハはルシャの手首を逆の手で掴む。

 それでもルシャは笑っていた。


「サハ、離れて!!ルシャは今、錯綜してるの!!!!」


 私は全力で叫んだ。

 今のルシャは危ない。

 きっと、何か悪いものに取り憑かれてるんだ。


「錯綜…?私が…ですか?」


 ルシャが悲しそうに言った。

 その声色は表情とマッチしない。

 彼女の感情が揺れ動くたび、その表情はますます硬く固定されていく。


 するとルシャはサハの方に視線を戻し、目を真っ直ぐ見ながら言った。


「サハさん、こんばんは。

 私、サハさんのことも尊敬してるんです。

 特にその強い正義感。

 すっごく勇気があって行動力があって、私にはないものばかりです。

 ですから、それ…


 ください!」


 それを言い終わるかどうか、

 ルシャはなんと回し蹴りをした。

 それをサハがギリギリで躱す。


 しかしそれは彼女の先制攻撃に過ぎない。

 ルシャは絶え間なく攻撃を繰り出し、サハは防戦一方になる。

 こんなに早く動くルシャなんて見たことない。

 訓練でも対人訓練は苦手だって言っていたのに、こんなことあり得ない。

 ルシャの動きは乱暴で、手当たり次第に攻撃を繰り出す感じだ。


 そんなルシャの猛攻にサハも喰らい付く。

 でもそれじゃ足りなかった。

 ルシャの攻撃はますますスピードを加速させ、執拗にサハの胸の辺りを狙う。


 そしてついに

 サハが受け方を誤った。

 攻撃を受け流した拍子にその方向に体が持って行かれ、体勢を大きく崩してしまう。

 ルシャの目がギラリと光った。

 

「あはは!

 もーーらい!!」


 ルシャの追撃は的確にサハの心臓を狙い、それは不可避の一撃だった。


 ビュン…


 その時、一本の光線が戦場を横切った。

 それはサハの目の前を過ぎ、

 突き出したルシャの右腕を貫いた。


「があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 

 途端、右腕を抱え蹲るルシャ。

 ルシャの右手がドスンと音を立てて地に落ちた。


「シャンティ…お前…」


 アシュの声がした。

 声の方を振り返ると、そこにはアシュがいて

 その奥には銃口を構えたシャンティがいた。


 シャンティのその姿を見て理解した。

 撃ったんだ

 光銃を。

 ルシャの右手に。


===

 俺たちは狩りを終え、ちょうど広場に帰っている最中だった。

 今日は何故だか動物たちの警戒心が露骨に強く、なんの野生生物とも出会えなかった。

 そんな帰り道。


ーーーーーーービュンーーーーーーー


 世界が一瞬、色を失った。

 眩しくて思わず目を瞑り、開いた時にはもう元に戻っていた。

 その時


「おい…なんだよあれ…」


 アシュが空を指差してそう言った。

 その理由は明白だった。

 アシュが指さすその先には、白いレーザーのようなものが見えなくなるまで上に伸びていたんだ。

 まるでエイリアンでも降りてきそうな、いや、降りてくるなら天使かも知れない、そんな光。

 古代の人物が見たらきっと龍かなんかだと思うだろう。


 それは俺たちの向かう先、広場の方とは少しずれた方角だった。

 一瞬流れた閃光も考慮すると、何か異常が起きたことに違いないだろう。

 噴火かなんかか?それとも落雷?


 そんなことを考えているとサハが叫んだ。


「おいお前ら!何かに見られてるぞ!」


 サハはすでに銃口を構えていた。

 訓練の成果は頼もしく、その動きは軍人顔負けだろう。


 我に帰りその先を見ると、奇妙にテカリのある気持ち悪い頭部が目に入る。

 それは一度目にしたことがある形をしていた。

 パタンブーカだ。

 

 パタンブーカは木陰からじっとこちらに視線を送る。

 威嚇するでも逃げるでもなく、ただ見つめてくる。


 その視線は前にアスヤーくんと交わしたあの会話を思い出させる。

 その回顧からは当時の映像記憶、そして当時の感情までもが蘇る。

 あの日、こいつが最後に送ったあの視線も。


「サハ待て、こいつは大丈夫だ。前言ったパタンブーカ、特に脅威じゃない。

 それより、嫌な予感がする。あの光の発生源にいち早く行かなくちゃいけない。

 あの場所できっと、何か起きたんだ。」


 頭の中が混沌としていて、うまく自分の思考が説明できない。

 なるべく要点だけを押さえるように自分の考えを伝えた。

 

「おいシャンティどういうことだ。話が読めん。あの光が嫌な予感するってのは同意だが…」


「いや、ごめん。今のは俺の説明が悪いな。

 こいつは人の心を読める、そうアスヤーくんは言っていた。

 そして同時に、こいつはある程度の意思疎通ができるとも。

 俺が前にコイツに出会ったのはまさにあの光る方向にある湖で、コイツは俺を一度そこまで案内してくれたんだ。」


「へー、じゃあコイツはあの光のことについてなんか分かってるってことか?」


「分からん。ただ、コイツがもう一度俺の目の前に現れた。

 この事実だけで俺は今何か行動を迫られている気がするんだ。」


「えー、とは言ってもこいつの気まぐれかもしれないじゃーん。」


「それなら良い方だぞサハ。

 おいシャンティ、これが罠だったらどうすんだよ?」


「いや…

 それでも、だ。

 今あの場所に行かなかったら、俺はきっと後悔する。

 俺はそれだけこいつを信用しちまってるんだ。

 でも大丈夫、お前らは着いてこなくて平気だ。

 先に広場に帰っててくれ。」


「おいおい〜珍しいな、お前がそんなに言うなんてよ!

 でもどうすんだよ?あそこまでだいぶ距離あるぞ?」


「そりゃ…頑張って走るさ…。」


「マジかよ、お前」


 すると、パタンブーカが茂みからゆっくりと歩き出し、その姿を露わにした。

 そして


ミュー、ミュー。


 何やら音を出しながら首を背に曲げる。

 それはまるで、「後ろに乗れ」と言っているみたいに。


 その意味は明白だった。

 こいつはまた、俺をあの場所に連れて行ってくれようとしているのだ。


 俺は既に一度こいつにあの場所まで案内されている。

 でもあの時はただ、俺に後を追わせただけだった。

 コイツが自らタクシーの役を買ってでるということは、それだけ今あそこは危機的状況なのかもしれない。

 もしかすると、アティーテ班の誰かが巻き込まれているかも。

 今はコイツの良心に甘えて、全速力で向かわなくては。


 シャンティは感じていた。

 あの時感じた衝動を。

 理性がさまざまな理由を探す中、ただそれを信じることが最重要であることを確信する。

 これはきっとパタンブーカからの切実な願いだ。

 彼はそれを無碍にしてはならない。


 いや、彼のみじゃない。

 アシュやサハも同様に感受する。

 その熱い眼差しに対する無根拠の安心感と無差別な信用を。



「どうやら俺を乗せてってくれるみたいだ。」


 そう言って俺はパタンブーカの上に跨った。

 それは見た目より筋肉質で安定感がある。

 しかし首のあたりから表面の体毛が薄くなるため、掴むところを探すのに少々苦戦した。


「お、おいお前、マジでそれで行くのか?」


「ああ。前はコイツが背を貸してくれるなんてことは無かった。きっと、今はコイツの脚力が必要なんだ。

 とりあえずその場に行って、状況を確認してくる。

 その後で何かあれば、その時お前らに無線を送るようにするよ…」


 …と俺が説明している途中なのに、サハはニヤニヤしながら俺の顔を見て徐にこちらに近づいた。

 そして


「よっ…と、お、案外乗り心地いいな!」


「ちょ、お前、俺の話聞いてたか?」


「バカだな〜シャンティは。一人で行かせる訳無いじゃんかよ〜、な、アシュ?」


 さも当然かのように同調の視線をアシュに求めるサハ。

 それに観念したようにアシュも頷いた。


「これが罠だったら、絶対お前ら殺す。」



 一頭のパタンブーカに男性3人が跨ると言うのは少々無理があり、みんなでぎゅうぎゅうに押し合いながらバランスを取る。


「おい、早く走らせろ。こんなん生き地獄じゃねぇか。」


「分かってる、けどどう合図したらいいか…って」

 

「「「わぁぁあああ」」」

 

 きっと俺たちの会話を読んだのだろう、パタンブーカは急発進した。



 それはものすごい速さで森の中を駆け抜けた。

 俺たちは振り落とされないよう必死にしがみ付き、前を見る余裕すらままならなかった。


 あっという間に周囲が白く照らされ始め、目的地までもうすぐであることを理解する。

 パタンブーカはそれでも勢いを落とさずに終始全速力をキープした。


 そして、ついに帰ってきた。

 あの小さな湖に。

 その頃には既に俺たちは木の枝葉をかぶりボロボロだった。


「おい、あれ誰だ!?」


 パタンブーカから順に降りていくと、アシュが真っ先に光源のすぐ側を指差した。

 まず目が行くのはその眩い光。

 それはあの丸い大岩だった。あの苔まみれだった丸岩が、今は直視できないほど明るく輝いている。


 そしてその隣に視線を動かす。

 アシュの言うとおり、そこには二人の人影があった。

 一人がもう一人の前で凄み、何やら言い寄っているように見える。


 この森で人型の生物なんて俺らしかいない。

 そしてその髪色と長さから、それが誰かすぐに断定できた。

 アティーテとルシャだ。

 こんなとこで二人は何をしてるんだ。


 俺のそんな呑気な考えは次の瞬間吹っ飛んだ。

 その時

 アティーテと見える人物にルシャと思わしき人が殴りかかった。

 それを両手で突き飛ばし、アティーテはフラつきながらも立ち上がる。


 しかし

 ルシャの方が早かった。

 ルシャはそこから高く跳躍し、アティーテ目掛けて拳を振り下ろす。


 その勢いは並々のものではない。

 それをモロに喰らえば、確実に重症になる。

 目に当たれば失明だろうし、頭蓋に当たればヒビがはいるだろう。


 そんな絶対的な攻撃を俺は見ていることしかできなかった。

 状況はコンマ単位で目まぐるしく変化する。

 それを理解するだけで脳はパンクし、それに反応して行動を起こすなんてもっての外だった。

 そもそも、湖が邪魔をしてそこまで辿り着くことだってままならない。

 ぐるっと回ってそこに駆けつけられるほどの時間なんて、とっくの昔に失われている。

 今から行動しても、もう遅い。

 俺はこれから、目の前でアティーテがルシャに殴られる様を目撃するんだ。


 諦めたくない。

 その意識とは裏腹に体は行動を起こさない。

 俺はただその光景を傍観している。

 その時


 俺の左側に旋風が巻き起こる。

 

 何かが発出されたと肌で感じた俺はその行き先を目で追う。

 それはサハだ。

 アイツはこの状況で、湖関係なく対岸までジャンプしたのだ。

 だが、それはただのジャンプじゃなかった。

 サハのスペーススーツ、最新式の探索用スペーススーツにのみ許される機能、スラスターを使ってだ。

 ただでさえ重力の弱いこの惑星。

 全力ジャンプをかましたサハの体はスラスターによって強く押し出され、旋風を作り出すほど早い並行移動を可能にした。


「シャンティ、俺らも!!」


 アシュの声で我に帰る。

 俺も行かなければ。

 サハに、追いつかなければ。


 湖の外周を全力で走る。

 その間、俺らはその光景から一瞬も目を離さなかった。

 サハが無事アティーテを救うことに成功したことを目の当たりにする。

 そして同時に、ルシャの攻撃がサハに命中したと言うことも。

 サハの腕から何か噴き出したように見えた。

 そんな訳がない。

 俺たちの着るスペーススーツは防刃加工がなされている。

 ちょっとやそっとの攻撃で破けるようなものでもない。

 ましてやそれがルシャなら。

 そんなはず、絶対にない。


 そんなことが頭の中を駆け巡る中、戦場は俺の理解を待ってくれはしない。

 ルシャとサハは少しの間見合ったように膠着していたが、再度ルシャの猛攻が始まった。

 側から見たら分かる。

 あれはルシャの動きじゃない。

 機敏すぎるし動きが滑らか。

 そして何より、単純な力が圧倒的に異なる。

 普段のルシャは華奢で少し小さい普通の女の子。

 あんな化け物じみた動きなんてできるはずがないんだ。


 その野生はサハにも通用した。

 その軽快な攻撃にサハの重心が傾いたのが目に見えて分かる。

 そしてその隙をルシャが見逃すはずもない。

 今度こそ 


 避けられない。


 そう思った。

 それはアティーテを見た時と同じ考察。

 この状況は、二度目だ。

 だから

 俺の行動はその先まで辿り着いていた。


 ビュン…


 俺の放った光銃は見事目標を貫き、その手首から先を焼き飛ばした。


〜イルシャー豆知識その12〜

 調理において欠かせないのは調味料!

 ということで、シャンティたちは食材以上に調味料をたくさん持ってきているぞ!

 塩、砂糖、酢などに加え、醤油や味噌、料理酒やうま味調味料にスパイスも持ってきているんだ。

 実際、サバイバル環境なんかじゃ食材は豊富に落ちているけど、それらを美味しくいただくことは至難の業。それを可能にする調味料って実はすごいんだ!

 さらにさらに、大抵の調味料は食品よりも長持ちするため便利極まりないぞ!

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